後編『始まりを告げる鳴神』
「ナル様。おはようございます」
「………………」
首席卒業の、翌日。
ナルは可愛らしい声で目覚めた。
「…………おはよ」
「はい。食事の準備ができております。この時代の食材は朝の
カミナとは父親の名である。
ベッドから起き上がり、座り直す。そして、目の前の少女の姿をよく見る。
ウェーブ掛かった白髪はヘアピンを留めており。
服装はどこで用意したのか、給仕服。
箒を大切そうに両手で持ち。
慈しむような自然な笑顔をこちらへ向けている。
「…………父さんは?」
「朝早く、私を市に案内していただき、この服を買ってくださり、その後帰宅し、朝食を終えてすぐに遺跡へ向かわれました。ご伝言があります」
「なに?」
「『全て任せる』と」
「………………うん」
あの父親らしい。ナルはそう思った。未知の出来事には慣れっこなのだ。ひとしきり驚いて喜んだ後は、もう次の未知を求めている。現役時代から変わらない。こんなことがあっても、ブレない。
「………………死ぬほど、質問がある」
「はい。ざっと町を見回りましたが、私のような『自動人形』は見掛けませんでした。町の外観も変わっています。……ここは、天蓋では無いのですね」
「…………あなたも、質問があると」
「はい」
「まあ、そうだよね。1万年振りに目覚めたってことなら」
ナルはまず、支度をした。顔を洗い、歯を磨き、休日に着るお気に入りのワンピースを着て。
外へ。
「あなたは何?」
「自動人形。つまりは機械の使用人です。製品名は『雲海』ですが、個別名はありません。好きにお呼びください」
「ならミルクって呼ぶね。私達は天蓋の文明に辿り着く為に古代遺跡を発掘したり、飛行技術を研究しているの」
「ありがとうございます。天蓋の民は、この地のことを『底面』と呼びます。1万年前に底面に降り注いだのは、天蓋で起きた戦争によって破壊されたて落とされたものが大半だと思われます。その他、流刑地として犯罪者を『底面送り』にしていました。一度底面に落ちれば、当時の技術でも天蓋へ再び昇ることはできませんでした」
「なるほど。じゃあ頼れないね。こっちで地道に飛行機を完成させないと」
「ですが、今の時代にどうなっているかは分かりません。ここからでは天蓋とコンタクトは取れません」
「だろうね。だからやっぱり、私は飛行士にならなきゃね」
歩く。斜め後ろに付くミルク。町ゆく人の目を奪う。有名人であるナルが、褐色肌の異人をメイドにして連れ歩いているからだ。ミルクはナルに合わせて、会話をする。情報量の多い、お互いの知識を照らし合わせる会話を。
「私をマスターと判断してたね。じゃあ私はその犯罪者の子孫なのかな」
「分かりません。前のマスターは貴族でした」
「けど、底面に落ちた。でしょ? でないと説明つかない。天蓋人の肌色は?」
「私と同じです」
「なら、1万年掛けて底面人と交じったんだね。日焼けする前も、別にそこまで白くなかったもん。黄色っぽかった」
「……ナル様」
「なに?」
立ち止まる。
ここまでの会話で、ナルは殆どを理解し始めていた。
もう、驚かない。
「……天蓋はこの1万年で滅んだかもしれません。前マスターの子孫が底面に居るなど、あり得ないのです」
「どうして?」
「…………この『雲海』の発明者でもあり、天蓋の王の側近でもありました。それは一時の権力者ではなく、太古より天蓋を治める『神様』の側近だったのですから」
「………………神様」
神様とは。恐らく天蓋の王の呼称だろう。ナルは予想する。権力というより、権威を持ってたのだろう。
「じゃあそれも確かめよう」
「……天蓋へ至る方法は」
「飛ぶ。それ以外ある?」
「……危険です。人が空を飛ぶなど」
「そうだね。もう、この10年、年間で100人は飛行機の設計ミスや動作不良で墜落して死んでる」
「そんな……。そこまでして」
ミルクの表情機能は素晴らしい。眉を自然に動かし、感情を再現している。少なくとも、ロボットという概念すら無いこの世界の人々に見せて、人形だという者は居ないだろう。
「あのね、ミルク」
困った顔のミルク。ナルは少し笑ってしまった。
「もう、1,000人死んでる。私の責任だよ。私が、この底面の人々を、飛ばしてしまった。夢を。天蓋へ。だから行かなくちゃ」
「ナル様」
今日も晴天だ。だが、暗い。天蓋の隙間から溢れる日光が、ちょうどナルを照らした。
「何故そこまで、って? そりゃ、浪漫だよ。夢。……この世界しか知らなかったんだよ。私達は。この地面しか。……それがまさか、もう1枚世界地図があるなんて。あり得ない。見たい。行ってみたい。どんな世界なんだろう。ねえ!」
雷のような瞳。
蒼天のような髪。今日は結んでいない。風に、吹かれて。
靡く蒼空。
「教えて! 1万年前の情報で良い! 天蓋の世界の全て! どこかに、突破口があるかもしれないじゃん! 人を、物を、雲の上まで持っていく方法! 現状さ、手詰まりなんだよ! 気球は途中で空気が漏れちゃうの。飛行機は、一定の高度が限界で、それ以上、上昇できない。私達は天蓋へ行きたいの!」
手を広げて。
語る。
この世界の。この時代の。この大地の全ての人類を代表として。
時代を伐り開いた火付け役として。
「………………天蓋は、平面ではありません。とてつもなく大きなドームのように、半球になっており、底面を覆っています」
「!」
ミルクは。
……いや。彼女のプログラムは誰にも分からない。彼女がどう思うのか。そもそも『思える』のか。
ただ、反応する。マスターの願いを叶えるよう力を尽くす。それが自動人形『雲海』。
「………………その端に行けば。そこからは歩いて上がれるでしょう。当時の天蓋人はそこを『天の果て』と呼び、恐れました。『世界』から落ちれば、待っているのは確実な死のみ。底面送りよりも重い刑だったからです。誰も近寄りません。そもそも、とてもとても遠い。広いのです。ここからですら、そのドームの壁は見えないでしょう」
それは。
底面人がこれまで知らなかった事実。大陸の外の外がどうなっているのかなど、誰も知らない。
「……良いじゃん。じゃあ明日からは、大航海時代だ!」
この日。
もっと詳しく話を聞いたナルと、父親カミナは。
天蓋の情報を纏め、公に発表した。
『自動人形』発掘と、再起動。トニトルス一族の出自と、天蓋の真実。
全て。
☇☇☇
大発掘時代を終わらせ、大飛行時代を拓いたナル・トニトルスは。
大航海時代の始まりをも告げた。
僅か、14歳。
稲妻のように疾く、人生を奔る。
「じゃ行ってきます!」
「ああ。楽しみにしてるぞ」
由緒ある発掘学校を飛び級、首席で卒業した、次の日に新時代を拓き。
最先端を往く。
当時の最先端であった父親を抜き去り。1ヶ月後には、ミルクと共に船に乗っていた。
「でさ。天蓋から底面は観測できてたの?」
「はい。いくつかの大陸を確認しています。航路は船長殿に伝えておりますので」
「ふーん。ミルク、マスターとか言いながら私の知らない所でも色々手回しやってるよね」
「私は下僕ではありませんから」
「高性能過ぎる……。これが1万年前とか」
巨大なガレオン船である。この時代の、最大最強の船。搭乗員は100人。国を挙げた計画である。
旗印は勿論、
「……陽光をエネルギーにする技術はあるのですね」
「それも古代文明に倣ったの。まあそのお陰でミルクも充電できて良かったわ」
国中の期待を背負って。船は出港する。目指すは天蓋の端。
「さあ行こう」
この日から。人々は水平線の向こうを見て、思いを馳せることになる。
天の果てから響く、雷鳴を待ち望みながら。
天蓋より響くナルカミ 弓チョコ @archerychocolate
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