天蓋より響くナルカミ
弓チョコ
前編『二枚目の世界地図』
大発掘時代。
人々は、地底に想いを馳せていた。
失われた古代文明を掘り起こし、それを現代技術に応用。文明は高速で発展していった。
その、途中で。とある発掘チームが、1枚の地図を見付けた。
地底世界や遺跡の地図ではない。大陸や島が描かれた地図だった。
だが、その地図はこの地上世界のどの大陸とも形が合わなかった。
未完成で意味のない、価値のない地図だとされた。
「なあに、これ」
「ナル。これは地図だよ。空想の地図だ。遺跡から発掘されたんだが、この世界とは合わないんだよ」
「ふうん」
大発掘時代。
地底には古代文明が眠り、それを掘り起こす時代。人々が皆、下に目を向けていた時代。
「ねえおとうさん。この地図、あれといっしょだよ」
「えっ?」
たったひとり。
発掘隊長の娘である幼い少女だけだ。
この日。
父の顔を見る延長線上で。
上を見た。
☇☇☇
「――首席、ナル・トニトルス」
「はい!」
10年後。
時代は、あのひとことで変わった。人々の目は、空へ向けられることとなった。
あのひとこと以降、度重なる事実の判明があった。
地底に埋もれていた『古代文明の残骸』は、どうやら落ちてきたものなのだという。
つまり、空に。
もうひとつの世界があると。
電撃的なショックが、世界に走った。
「…………これでようやく、飛行許可申請ができる。やっとここまで来れた!」
「……良いから卒業証書受け取れ。ナル」
「あっ。ごめんなさい」
その『二枚目の世界地図』を、羅針盤に。動力に。目的に。
彼女は発掘学校を卒業し、晴れて大人扱いとなった。
ナル・トニトルス。14歳。飛び級である。雲ひとつ無い青空のような髪に、稲光のような黄色の瞳。
髪は動きやすいようにひとつ結びにして、奇蹄類の尾のように後ろから提げている。
肌は生来白いのだが、日焼けしている。健康的な四肢を惜しげ無く曝す半袖シャツとショートパンツ。
「まだ、『二枚目』の世界に到達した人類は居ない。誰にも先を越されるもんか。私が見付けたんだから!」
大飛行時代。
人類がどうにか、『二枚目』の世界へ向かう為に。国を挙げて飛行技術の開発に取り組んでいる時代。
「おいナル! 親父さんが呼んでたぞ。すぐ帰って来いってよ!」
「父さんが? 分かった。ありがとう!」
ナルは町で評判だった。そもそも父親が有名な発掘家である。さらには、『二枚目の世界地図』発見者として、ナル・トニトルスの名は国中に広まっていた。
彼女が父親に匹敵するほど、聡明で優秀であることも。
通りすがりの町人に言われて、卒業証書を握り締めたナルは駆け足で帰宅する。ここはエクリュの町。都市からは外れた片田舎だ。
『天蓋』の隙間から漏れる太陽光を逃さず吸収して生活用エネルギーに変える為、黒い吸収板が屋根に隙間なく貼られた、黒く四角い町並み。
時刻は昼下がりだが、もうすぐ暗くなる。すると、黒い屋根が一斉に光りだす。
古代文明の恩恵を受けた町だ。
「父さんただいま! 何か用? 私、早速飛行士申請しなきゃ――」
「おうナル。ちょっとこの子見てくれ」
「この子?」
世界は。
『天蓋』という空に覆われていた。暗いのだ。一年中、一日中、『天蓋』の影が大陸を覆っている。雲より上。太陽より下。
父と暮らすナルの家には、例の『二枚目の世界地図』が飾られている。何千何万と
その地図の『陸地』とされる形が。『天蓋』と同じなのだ。
いや、逆の形なのだ。これまで、天蓋は下から見上げた時に見える形でしか知られてなかった。だが、『二枚目の世界地図』では、その天蓋を上から見た形で描いている。
人類がこれまで決して手の届くことがなかった天蓋の、上に。
もうひとつの世界がある筈だと。
「えっ。なにその子。誘拐してきたの」
「なわけあるか」
リビングのソファには、少女が眠っていた。
晴れの日の雲のように白い髪は腰まで長く、ウェーブが掛かっている。肌は濃い。異人である。
服装はナルが子供の頃に着ていた白い長袖のワンピース。
「白い髪。褐色肌。異人の子? 珍しいね」
「異人には違いないが、この子は今日、俺が発掘したんだ」
「…………は?」
このエクリュの町の北東には遺跡がある。もう何百年も前からあらゆる発掘家が入り、掘り尽くした遺跡だ。今や観光名所。何も無い遺跡。発掘家を引退した父親が、何も残されていないことを承知で毎日趣味でなんとなく探索するような遺跡。
の筈だった。
「裸だったからお前の昔の服を着せたが、見てみろ」
「えっ」
ワンピース1枚の少女。父親は、その袖を捲る。
少女…………に見えていたそれは。
肘の関節部分に、人工的な球があった。
「…………人形?」
「そう、見えるよな」
「え。ありえない。精工すぎでしょ……」
父親は最初『この子』と言った。まさかこの男に人形を人間扱いする趣味は無い。
だが、『この子』と。言ってしまいそうなほどに人間と酷似した人形であることは理解できる。
この時代。人を模した人形自体は数限りなくあるが、ここまで精工に似せたものは無い。あったとして、高額な彫刻くらいだ。まさか人形とは。
「もう少し調べて発表するつもりだが、先にお前に見せたくてな」
「…………ていうか、可愛い子。何? どんな目的で造られたんだろ。まさか普通に、子供に買い与える玩具とか?」
「分からん。だが、参考にできる。『二枚目』の世界に人が居るなら、このような外見かもしれない」
「確かに。……え、全員美形ってこと?」
「いやそれは分からんが」
「……名前、何ていうんだろう」
「古代人形だな」
「いやこっちでの通称とかじゃなくて。……綺麗な髪。雲海みたい」
父娘ふたりで考察していた。
その時。
「…………再起動シマス」
「! 喋った!」
「なんだと! おい静かにっ!」
人形の口が、突然動いたのだ。そこから、声がした。言語は同じだ。だが、人間とは少し違う無機質な合成音声。
「…………『雲海51年式No.5376Type-C』、起動コードノ音声入力ヲ確認。開眼シマス」
パチリ。
目が開いた。
「わっ」
金色の瞳。ナルと、同じ色。
ナルを見付けた。
「……起動者確認」
「えっ?」
ガバリ。起き上がった。
立ち上がる。背は低い。ナルの頭ひとつ分。
彼女を見上げる。じっと目を。
「……前回の
「なっなっ……。なに? えっ。なに」
捲し立てるように音声を再生する少女人形。ナルは彼女に見詰められて、威圧される。
「起動者分析。前マスタートノ情報照合ヲ行イマス。手ヲ」
「…………えっ?」
「手ヲ」
そう言われ。
ナルは、右手を差し出した。
「血ト細胞ヲ採取シマス」
「えっ。いたっ」
少女人形はナルの右手を両手で包み、人差し指の腹をちくりと針で刺す。針は、人形の指から出てきた。
「照合完了。前マスター『ナルカミ様』ノ子孫ト認定。マスター、名前ヲ」
「は? …………ナル・トニトルス」
最後に。
少女人形は、その無機質な表情を崩して。
「ナル・トニトルス様。よろしくお願いいたします」
「………………お願い、します……?」
先程までのカタコトとは違い、流暢に喋り。
柔らかな笑みを浮かべた。
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