無口な紡さんの心の中は騒がしい

あすれい

第1話 心の中での自己紹介

 皆様、お初にお目にかかります。私は言葉紡ことのはつむぎと申します。つむぐではございませんよ、つむぎです。女の子ですからね?以後お見知り置きくださいませ。


 いきなりお見知り置きくださいと言われても皆様困ってしまいますよね。私としたことがうっかりしておりました。まずは自己紹介をしないといけませんね。


 名前は先程申し上げた通り、言葉紡。高校1年生16歳です。はい、青春真っ只中です。と言いたいところなのですが、浮いた話は今のところございません。悲しいですね。寂しいことです。でも諦めてはおりませんよ。これからです。憧れの殿方と楽しい思い出作りたいじゃないですか。高校生活なんてあっという間なのです。時間は有限なのです。ですから私からアプローチ、したいのですけどね……こんな私には荷が重いのです。


 どんな私なのかはこの後で語りたいと思いますので、しばらくお待ちくださいね。


 え?憧れの殿方がいるのかって?そりゃいますよ。憧れの殿方……ちょっと言いにくいですね。自己紹介だと思って格好付けすぎました、すいません。


 そう、私にも好きな男の子がいるのです。だって恋に恋する女子高生ですよ?好きな男の子の1人や2人くらい……いやいや、2人もいません。話を盛りました、1人です。2人同時に好きになるなんて私にはとてもじゃないけど無理です。それに不誠実ですからね。私は一途な女なのです。浮気は『めっ!』ですよ?


 恋人もいないのに浮気もなにもないんですけどね。はぁ……


 さて、横道に逸れてしまいましたが、私について語りたいと思います。私は私を知る方々から『つぐむちゃん』などと呼ばれております。直接は言われてませんよ?皆さん、私に聞こえないように言っているのでしょうけど、聞こえてますからね?


つむぐ』を並べ替えて『つぐむ』なんて本当に面白いこと考えますよね。実際、私は結構無口なので仕方がないんですけどね……必要最低限のことは喋りますけど、すぐ口を噤んでしまうのです。


 私がこんなふうになってしまった事の経緯、聞いていただけますか?聞いていただけなくても勝手に語るのですけど。心の声を誰が聞くんだって突っ込みはナシですよ?


 私はこの世に生を受けた時、両親から美しい言の葉を紡ぐ子になって欲しいと願いを込め『つむぎ』と名付けられました。実際そのように成長した私は言葉を紡ぎすぎてしまったのです。それはもう両親が耳を塞ぎたくなるほどです。幼少の私、もう少し加減してほしかったです。そうしたら今頃こんなことにはなっていなかったのですから。


 それはもうやかましく言葉を紡ぐ私に両親は辟易しました。ノイローゼ寸前だったそうです。そして手の平を返したのです。言葉を紡ぎすぎる私に対して『うるさい』『やかましい』終いには『ちょっとは黙ってろ』と言うようになりました。仕方のないことです。半分は私が悪いのですから。でもですね、そうしている内に私はどんどん無口になっていったのです。思っていることを口に出すのが悪いことだと思い込んでしまったのです。


 そうして出来上がったのが今の私、ということになります。心の中ではこんなにも饒舌なくせに、上手く表に出すことができないのです。言葉数が少なくなるにつれて表情筋も仕事を放棄してしまって……はい、無表情、無口な少女の完成です。


 ね?こんな私に好きな男の子へのアプローチができるわけないでしょう?


 しかしそんな私に転機が訪れたのですよ!

 何だと思います?知りたいですよね?知りたくなくても語りますよ?


 なんとなんと、私の好きな男の子から呼び出しを受けたのです!

 はい、拍手!

 パチパチパチパチ

 心の中でやっても虚しいだけですね。やめましょう。


 呼び出された場所はですね、放課後の教室なんですよ。

 このシチュエーション……あれですよね?

 告白ですよね?そうですよね?

 あぁ、どうしましょう……

 困りました。お返事するには私の心の内を口にしなければなりません。でも折角のチャンス逃したくはありません。

 私いったいどうしたらいいんでしょう?



 **********



 俺は今、他のクラスメイトがいなくなり、夕日に染まった教室で人を待っている。なんのためにって?そりゃこのシチュエーションなら告白に決まってるだろ?


 友人には『やめとけ』『相手が悪い』なんて言われたけどさ、それで諦められるほど俺の想いは軽くないんだ。


 あの人は長い黒髪が綺麗で、クール系美人で……いや、見た目で好きになったんじゃないぞ?


 彼女の本当の笑顔が見たい。本当の気持ちに触れたい。そう思っちゃったんだよ。言葉数も少なくて、表情もあまり変えない人だけど……俺は知ってるんだ、感情がないわけじゃないって。


 最初はどうにか喋らせてやりたいって、ただそれだけだったんだ。何度も何度も話しかけて、無視されること数知れず。でもめげずに声をかけてたら次第に短く返事をしてくれるようになってさ。


 そこで気付いたんだよ。口角が少しだけ上がってるって、目尻がほんの僅かに下がってるって。初めは見間違いかって思ったよ。それくらいに僅かな変化だったんだ。それに気付いたらもう止められなかった。好きになってたんだよ。


 だから今日、この時間、言葉さんを呼び出した。呼び出しの返事には『はい』と言ってもらったから来てくれるはずだ。



 ──ガラッ



ほらな?


「来ました、正田まさだ君。用件は?」


 相変わらずの最小限の言葉。それに感情の見えにくい顔。でも緊張してるのがわかる。ほんの少しだけ、口元に力が入ってるから。俺じゃなきゃ、きっと見落としてしまうだろうけどな。


 さぁ……俺の想いを伝えよう!

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