第3話 可愛いって言われたい

 お付き合いを始めた私達は順調に仲を深めて……とか言いたいのですけど、それ以前とほぼ何も変わっていないのですよ……


 私がこんななのが原因なのは百も承知の上です。正田君は相変わらず私に話しかけてくれますよ。すごく楽しそうです。こんな私と話をしていて何が楽しいのかわかりませんが……

 クラスメイト達はまたやってるよくらいに私達を見ていて、私達がお付き合いしてるなんて思ってもみないでしょうね。


 私はどうなんだって?そりゃ、楽しいし嬉しいに決まってるじゃないですか。ただそれ以上に自己嫌悪がひどいですけどね!

 だって心なしか私に話しかけてくれる彼の声が優しくなった気がしますし。


「てことでさ、今週末デートしようよ」


「あ、はい」


 そうですよね。付き合ってればデートとかも……


 ん?デート?デートって言いました?

 聞き間違いじゃないですか?


 ……いつも通りに返事しちゃいましたよ!!

 てことでってどういうことですか!


「映画でもどうかなって思うんだけど」


 やっぱり聞き間違いじゃないみたいです!

 でも映画ですか。映画なら喋らなくてもいいので助かりますが。

 その後で感想とか言い合ったりするのでしょうか?

 それは私には少し荷が重いですね……

 でもですよ!薄暗い映画館で隣りに座って、バレないように横目で彼をチラチラ見たりして……

 ありですね……!

 映画の内容どころじゃなくなってしまいますが……

 あわよくばそっと手を握ってくれたりして……!

 そんなそんな……大胆です!

 だめです、ニヤけてしまいます!

 まぁ、顔には出ないんですけどね……


 本当にこの身体は愚図です。ちっとも思い通りにならないんですから……


 でも映画、楽しみです!



 **********



 ビックリした……

 いきなりあんな顔するんだから。

 勇気を出してデートに誘ったけど、やっぱり反応は薄くて。でも映画って言った途端……

 きっと俺じゃなくても変化に気付いただろう。すぐ元に戻ってしまったけど、一瞬だったけど笑ってくれた、と思う。

 デート、楽しみにしてくれてるのかな……

 それとも……ただの映画好き……?


 うーん、わからない。でもまだまだ。兆しは見えた気がするから、これからだ。



 **********




 まずいです!

 デート当日を迎えてしまいました!


 今、私の部屋はひどい有り様です……

 なんでって?着ていく服が決まらないからですよ!

 どうせなら可愛いって思って欲しいじゃないですか?

 でもね、私……可愛い服が似合わないんです!

 表情のせいです。鉄面皮みたいな表情のせいで可愛い服が絶望的に似合わないんです!

 困りました。いっそクール系で行くべきでしょうか?それならまぁ、見れなくもないですし?


 こうしている間にも待ち合わせの時間は迫っているのです!


 仕方がないです。今日は可愛いは諦めましょう。似合わない服装で笑われる方が嫌ですからね。


 大丈夫でしょうか……?

 あぁ、迷ってる時間はもうないです!

 早く行かなくちゃ!




 ギリギリになってしまいました……

 なんなら少し遅刻です……

 でも、正田君は『大丈夫だよ』って言ってくれますが、その優しさが少しだけ痛いのです……


「私服、初めて見たけど……格好良くて似合ってるよ?」


 !!

 褒められました!

 格好良いって言ってくれました!

 どうしましょう……嬉しいです……

 でも……できることなら

「可愛いって言われたい……」

 だって私も女の子ですからね?

 格好良いより可愛いがいいのですよ!


 え?予定変更ですか?

 映画は1本後のにして寄り道?

 それは構いませんけど……

 どこに連れて行かれるのでしょうか?



 **********



 失言だった。

 つい格好良いって言ってしまった……

 クールな感じに仕上がっててそれしか言葉が出なかったんだ。

 でも


「可愛いって言われたい……」


 小さな声で、でも今度は聞き間違いじゃなくてはっきり聞こえた。

 俺は馬鹿だ。女の子に対して……

 だから予定変更だ。ちょっと寄り道して、可愛い服を試着してもらって、べた褒めするのだ!

 どうせ映画館はショッピングモールの中にある。

 ならついでに寄り道くらい良いだろう。



 **********



 ……なんですか、ここは!

 私には似合わなそうな服しか置いてない店じゃないですか!

 もしかして、正田君はこういうのが好みなんでしょうか?

 それなら申し訳ないです。

 私には似合いませんよ?

 試着してもどうせ笑われてしまいます。


「店員さん、ちょっといいですか?この娘、俺の彼女なんですけど、似合いそうな可愛い感じにしてもらえませんか?」

「は〜い、かしこまりました!」


 ちょっと待ってください!

 私を置いて話を進めないで……え?試着室で待ってろ?

 本当に待ってくださーい!

 無理です無理です!恥ずかしくて死んじゃいます!


 そんな私を置き去りにして店員さんはあれよあれよという間にいくつも服を持ってきます。


 私にこれを着ろと……?

 うぅ……ここまでされたら断れないじゃないですか……


 ちょっとだけですからね……?


 鏡に映る私……やっぱり似合いません……浮いてます……


 ──シャッ


 ちょっと店員さん!なんでカーテン開けちゃうんですか!

 心の準備させてくださいよ!


 ほら……正田君も呆然として……


「……すっごく可愛い……」


 〜〜〜〜〜〜〜っ!!

 お世辞ですよね?!そうに決まってます!!

 でもでも……なんでこんなに嬉しいんですか!

 頭おかしくなりそうです!


 そんなこと言われたら……


「買います……」

「え?」

「これを……」

「あ、ありがとうございます!とってもお似合いですよ!タグとっちゃうのでそのままでどうぞ!」


 店員さんの言葉は私の耳を素通りしていきます。

 私の頭の中にはさっきの『可愛い』だけが埋め尽くしてます。


 本当にこの人は私をおかしくしてしまいます……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る