第5話 やっと……
あれから会話が途切れてしまいました。
会話と言ってもこれまでは……えっと……直君……が私に話しかけてくれてるだけでしたけど。
映画の最中、私の名前を呼んでくれたことと、直君の名前を呼んでしまったことばかり考えてしまって全く内容が入ってきませんでしたよ……
チラチラ横顔を眺めて、なんて思ってたのに顔なんて見れませんよ。
私もこれで一歩前進できるかと思ったのですけど、長年に渡ってこんな状態を続けていたので、私の心も身体も思ったように動いてくれません。
やっぱり私はダメダメなんです……
映画が終わってからも思ったように言葉が出ないんです。
それにつられたのか直君も黙ってしまっています。
『そろそろ帰ろうか』それだけでした。
やっぱりいきなり名前を呼んだのがいけなかったのでしょうか?
ビックリさせてしまったんでしょうか?
それとも……嫌……だったんでしょうか……?
そうですよね。
告白されて舞い上がってましたけど、私にはお付き合いなんて分不相応だったに違いありません……
少しずつ改善できるかも、なんて思い上がりだったんでしょう……
きっと今日の別れ際にでも、『さよなら』を告げられてしまうかもしれませんね。
短かったですけど……幸せな時間でした。
恨んだりはしませんよ。
直君には感謝しかありませんから。
あっという間に捨てられてしまったとしても……私のせいですもんね……
諦めるほかありません。
むしろこんな私に付き合わせてしまって、申し訳無さすらあります。
直君……こんなに私を相手にしてくれてありがとうございました……
これからもずっと『つぐむちゃん』として生きていくことにします。
「言葉さん……ちょっと寄り道して、いいかな?」
ほら……呼び方、戻ってますよ。
やっぱりこれでおしまいなんですね……
途中にあった公園のベンチでお別れですか?
薄暗い場所に1人取り残されるなんて、私らしくていいじゃないですか。
私なんてずっと薄暗い場所で生きていけばいいんです。
本当に私って卑屈ですね。
だから……そんな苦しそうな顔をしないでください。
私なら平気ですから。
「ごめん!」
なんで直君が謝るのでしょう……?
悪いのは私ですよ。
「いきなり名前……呼び捨てになんかしたからいけないんだよね……?」
……どういうことでしょう?
私がまた黙ってたせいですよね?
「あれから……目も合わせてくれなくなったから、嫌だったんじゃないかって……」
!!
違いますよ!
恥ずかしくて見れなくなっちゃったんです!
嫌なんかじゃないです!
その……もっと呼んでほしい……そう思ってるんです……!
「俺……思い上がりをしてたよ、言葉さん。俺なんかが言葉さんの抱えてる問題を少しでも軽くできるんじゃないかって。勘違いも甚だしいよな。結局嫌な思いまでさせちゃって……ごめん。だからもう……」
あぁ、なんて私は愚かなんでしょう……
こんなにも優しい直君にここまで思わせてしまうなんて……
違います!違うんです!!
どうしたら……?
私はどうしたらいいんですか!
「これ以上……嫌な思いをさせる前に……」
「ちがっ……」
ちゃんと言わないと……
嬉しかったって!
恥ずかしくなっただけだって!
終わりにしちゃ嫌だって!
直君に苦しい思いをさせたまま終わりたくないですっ!
「ちが……うん、です……」
「えっ……?」
「嫌じゃなかったです!嬉しかったんです!ただ……目を合わせられないくらい恥ずかしかっただけなんです!」
「こと、のはさ、ん……?」
「呼び方戻しちゃ嫌です!もっと名前呼んでほしいです!私も直君ってたくさん呼びたいんです!終わりにしちゃ……嫌です……」
「ごめん……ことの──」
「紡です!紡って呼んでほしいです!呼ばれるだけで胸が苦しくて切なくて……でも嬉しくて幸せなんです!だから……だからっ!」
「紡……でいいのかな……?ごめん。初めてこんなに声を聞かせてくれて、ちょっとビックリしてる」
あ……!私、今……でも今なら……
あぁ……涙もこんなに……止まりません……
「ごめんなさい……悪いのは私ですよ、直君。私、口を開いたらこんなにもうるさいんですよ。直君もきっと耳を塞いじゃいますよ。両親がそうでしたから」
「あ……もしかしてそれが原因で……?」
「そうですよ……うるさいって言われ続けて、喋れなくなったんです。でも……自分が嫌になります!こんな時だけ口を開いて我儘言って。直君を苦しめたのは私なのに、終わりにされるのが嫌なんて!直君の優しさにつけ込んで甘えて、結局自分は何もしなかったくせに!……やっぱり、終わりにした方がいいですよね。こんな私と関係を続けてもまた同じことを繰り返すだけでしょうし。あぁもう……消えてしまいたい……こんな自分が大嫌いです……」
「紡!」
まだ名前を呼んでくれるんですね。
でもこれ以上はダメですよ。
諦めきれなくなってしまいます。
だから終わらせましょ……?
「ごめんなさい……もう……」
「嫌だ!」
そんなこと言わないでくださいよ……
苦しむのはきっと直君ですよ……?
「やっと気持ちを吐き出してくれたのに終わらせてなんかやらない!俺が最初に言い出したんだけど……それは勘違いだったよ。俺はもっと紡のことが知りたい!うるさいなんて絶対に言わないから、もっと紡の声を聞かせてくれよ!もっと紡の心を俺に見せてくれよ!」
そんなの本当に諦めきれなくなるじゃないですか!
初めてですよ……そう言ってくれる人……
これからも繰り返すかもしれない……でも、やっぱり諦められないです!
だって私……まだ直君に伝えてないことがあるんですから!
「直君……告白、嬉しかったですよ……ありがとうございました」
「紡、そんな終わりみたいに……」
「私……やっぱりダメです!直君が好きです!大好きです!諦められません!返事もろくにしない私に話をしてくれたのは直君だけなんです!あんなに楽しそうな顔で話をしてくれたのは直君だけなんです!なくしたくないです!私の前からいなくなっちゃ嫌です!終わらせなきゃいけないのに……終わらせたくないよぉ…………」
やっと……やっと言えました。
ここまでしてもらってやっとです……
情けないですね……
「終わらせない!やっと好きって言ってくれたんだ、離してなんかやらない。これからもあんまり喋らなくても構わない。もし喋り続けるようになったとしても、絶対にうるさいなんて言わない。ただ……笑っててよ。それだけでいいからさ」
そんなこと言われたら……もう何も言えないじゃないですか……
直君がこんな私でいいって言ったんですからね?
私、離れませんよ?
いいんですね?
私、きっと重いですよ?
にしても、年甲斐もなく大泣きしてしまいました……恥ずかしいです。
こんなに叫ぶように泣いたのはいつ以来でしょうか。
でも……好きな人に抱き締められるのって、こんなに幸せなんですね。知りませんでしたよ……
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