第五話

「越蒼真……伯父上の……?」

 蒼仁が信じられないというふうに聞き返す。これは藏真自身も全く知らないことだった——二人ともが呆気に取られているのが気に食わないのか、それともこの反応を予想していたのか、蒼然は口の端の血を拭って吐き捨てるように告げた。

「そうだ。母上が父上の後を追う直前に教えてくれた……仮に父上を倒しても、兄上を永久に除かない限り、私や私の子孫が正当な血筋になれる日は来ないのだとな! 私とて始めのうちは兄上を消す気はなかった。伯父上のように藏姓を与えてどこか遠くに追いやるつもりでいたのだ、だがそれを聞いた途端に追放だけでは生ぬるいと直感した。越蒼真の血筋を根絶やしにしてこそ私の地位は保たれると!」

「だがそもそも、お前はなぜ父親を弑し、兄を排除して王位に就こうと思ったのだ。その最初の動機は何だ?」

「父上がそうしたからというのは理由にならないのですか? 私は蛙の子なのでしょう、先ほどあなたが仰ったように」

 藏真が問うと、蒼然は開き直ったように笑みを浮かべる。

「まあ、それを言うなら、私の詰めの甘さも父上と同じということになるでしょうね。ならばここであんたら二人を抹消するまでだ!」

 蒼然は叫ぶように言うと、呆然としている蒼仁に雄叫びを上げて襲いかかった。丸腰な上にすっかり油断していた蒼仁は血相を変え、しかし立ち竦んだまま動くことができない。蒼然の手にはいつの間に抜いたのか、匕首がしっかりと握られている――


 ドッ、と体に鈍い衝撃が走った。遅れて痛みが襲い来る中、掴んだ腕を力づくで引き寄せる。少しの抵抗があったのちにそこにあった重さは消え、代わりにこの世の終わりのような絶叫が耳を貫いた。


「……上、伯父上!」

 蒼仁の声が聞こえて初めて藏真は何が起きたのか理解した、というよりも、自分が何をしたのかを悟った。

 肩口からは匕首の柄が飛び出している。左手に持っているのは上質な生地にくるまれた一本の腕だった。床に目をやると、片腕を失くした蒼然が痛みに喚きながらのたうち回っている。ここまでを見て取ったところで、藏真は急に眩暈を感じてよろめいた。崩れ落ちる体を受け止めたのは後ろにいる蒼仁だ。

「伯父上、しっかりしてください。すぐに医者を手配します」

 見上げると、今にも泣きそうな顔の蒼仁と目が合った。刃に毒が塗られていたのか、傷口がじんわり感覚を失っているのが分かる――藏真は無事な方の手を伸ばすと、その頬に触れて「蒼仁」と名を呼んだ。

「先にあの不孝者を殺せ……自分で決めたことを、最後まで成し遂げろ」

「そんな、あいつにこれ以上何ができると言うのですか。今は伯父上のお怪我をどうにかしないと」

 藏真に答える間にも、ついに蒼仁の目から涙がこぼれる。不器用ながらもその涙を拭ってやると、藏真はその手で蒼然の方を指さした。

「やれ。やるのだ」

 蒼仁がつられたように藏真の指さす方に目を向ける。その意味するところに気付いたのか、蒼然は這うように後ずさり始めた。

 蒼仁は震える息を吐くと顔を袖で拭い、倒れている近衛兵の中から刀を拾い上げて弟の前に立ちはだかった。

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罪人の王 故水小辰 @kotako

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