第四話
果たして蒼仁が答えたとおり、波止場の役人は二人の服装と持ち物を見ただけで墨島からの使者が来たと信じ込んだ。蒼仁が王都に火急の用があると伝えただけで、彼らは脚の速い馬まで用意して二人を送り出したのだ。
「王宮勤めでもない限り、彼らは王族の顔など分かりやしません。仮に視察で訪れたことがあったとて、衣服と触れ込みでそうだと判断しているだけなのですから」
蒼仁はやけに達観した口調で言った。追放され、流罪人に混ざって墨島まで密航したのだから、王に連なる身分がどれほど脆いものか身をもって知っているのだろう。
王都に入ったときには雨が降り始めていた。二人は墨島の看守たちから拝借した金で雨具を買うと、笠を目深にかぶって王宮の門を叩いた。
「墨島より陛下へ、急ぎ審議していただきたいことがある。島の罪人どもが蜂起した」
藏真が前に出て用向きを伝え、蒼仁が後ろに控える――二人とも笠で顔の半分が隠れており、さらに墨島の看守の容姿など王宮の者は覚えていない。蒼仁が読んだとおり、守衛たちは何一つ疑わずに二人を宮中に招き入れた。
「伯父上」
だだっ広い広場を突っ切りながら越蒼仁が藏真にささやきかける。
「屋内に入ったらこいつを殺して逃げます。あとは
藏真は前を歩く守衛に悟られないよう小さく頷いた。蒼仁は純朴そうな顔に緊張を滲ませているが、藏真に計画を伝える声には確かな覚悟がある。そして彼に言われたとおり、藏真は迷わず守衛の頭を掴んで梁に叩きつけた。
何食わぬ顔で雨具を脱ぎ捨て、死体の横を通り過ぎた二人だったが、回廊を歩いている間に女官の悲鳴が聞こえてきた。
「見つかったか」
整えた眉をひそめ、歯ぎしりする藏真に、越蒼仁も渋い顔で頷く。
「思ったより早く気付かれましたね。急ぎましょう」
***
王宮に入り込んだ侵入者が、官吏や女官を出会い頭に殺しながら奥へ奥へと向かっている――その話が新王のもとに届けられたのは、なんと騒ぎがすぐそこまで迫ったときだった。肘掛けに頬杖をついていた蒼然が舌打ちをし、武器を持ってくるように側仕えの者に言いつけたが、そのときには観音開きの戸を破るように斬られた近衛兵が玉座の間に転がされていた。
次いでなだれ込んできたのは二人の男だった。着ているものは見覚えのない官服だったが、着ている者の顔には覚えがありすぎる。
「兄上」
薄い唇をめくり上げ、蒼然はうちの一人に呼びかけた。
「今までどこに行っていたのです? 父上が崩じられて大変だったというのに。それからこちらの御仁は一体どなたなのでしょう」
蒼仁は歯を食いしばり、血の付いた刀を握り直す。藏真は壇上の玉座に座す、王の装束に身を包んだもう一人の甥を見上げ、その丁重な口ぶりから漏れる狡猾さにうすら寒さを覚えずにはいられなかった。
あの目は、彼を墨島行きの船まで追い詰めたときの蒼裕の目だ。あの口調こそは、彼を一族から追放し、以後藏姓を賜ると宣言したときの蒼裕の顔に他ならない。
しかし、蒼仁にはその冷たさにかえって逆上した。そうすることにしか思考が行かないのだと藏真にはよく分かった。
「何が崩じられただ。お前がその手で殺しておいて、よくそのような口が利けたな!」
蒼仁は掠れ声で叫ぶと、蒼然の前に立ちはだかる近衛兵に一人で突っ込んだ。藏真も急いで後を追い、刀筋が乱れ始めている蒼仁の背後を守る。蒼仁が取り逃がした近衛兵を拳ひとつで潰していくさまに恐れをなしたのか、蒼然の笑みがわずかに引きつった――その隙に蒼仁が壁を破り、刀を振り上げて蒼然に肉薄した。
「父上を殺した報い、今ここで受けさせる!」
蒼仁が雄叫びとともに刀を振り下ろす。蒼然は横にあった置物の影に隠れて攻撃をやり過ごし、蒼仁の脚に取りついて引き倒した。その拍子に刀が蒼仁の手から飛び出す――藏真が最後の兵を打ち倒して駆けつけると、二人がもつれ合って階段を転がり落ちてきた。
蒼仁が起き上がる前に蒼然が馬乗りになり、その首を両手で締め上げる。蒼仁は咳き込みながらも蒼然の脇腹を打ち、体勢を崩させて逃げ出した。
「蛙の子は蛙ということか」
藏真はよろめく蒼仁を受け止めて呟いた。その言葉に蒼然は眉を吊り上げ、藏真をきっと睨みつけた。
「誰が蛙の子だと? 王族でもないくせに、知ったような口を利くな」
「蒼然、お前こそ誰を相手にものを言っていると?」
蒼仁が喉をさすりながら言い返す。蒼然はそれを鼻で笑い飛ばすと、二人が着ている墨島の官服を指さして言った。
「兄上たちが墨島から来たことくらい見れば分かります。墨島で兄上が頼れそうな人物といえば、藏真……かつての
蒼然の答えに藏真は目を見開いた。藏真が追放されたときは物心がつくかどうかという歳だったはずなのに、なかなかどうして様々な内情を知っていると見える。
「やはり兄上が消えたという報告をもっと重く見るべきでしたね。墨島も含めた国中のあらゆる場所を見張らせて、見つけ次第殺すよう指示をすべきでした」
「蒼然、なぜそこまで私を憎む? ただ王位が欲しいだけなら私に王位継承権を放棄させ、王宮の奥深くにでも幽閉すれば良かったではないか」
蒼仁が問うと、蒼然は再び怒りに顔を歪ませる。
しかし、次いで勢いのまま吐かれた文言には蒼仁も藏真も呆気に取られてしまった。
「それはあんたが
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