おばあちゃんの武蔵野怪談話①

天雪桃那花

大雨の通学路

 うだるような蒸し暑い夏の夜、ちょっとでも涼しくしてやろうと、おばあちゃんは夏休みを利用して会いに来た孫娘に、とっておきの肝が冷えるような怪談話を聞かせてやることにしました。





 ――ここは、その昔武蔵野の国と呼ばれた場所。古くから伝わっている妖怪たちにちなんだお話を、どうやらお婆ちゃんがこれから可愛い孫娘に聞かせてやるようです――



 ばあちゃんがね、随分と前に会ったことのある妖怪の話をしてやろうかね。


 ばあちゃんが、まだうら若き乙女だった頃のお話だよ。

 今じゃ、ばあちゃん家の周りもこんなにお店や家があるけど、ばあちゃんの子供ん時はあんまり人もたくさん住んでいなかったし、周りには雑木林や小さな鎮守の森なんかもあってさ。

 自然がいっぱい残っていたね。

 近くの山だってぜんっぜん整備がされてなくって、道もちゃんとしたアスファルトなんかで出来てはいなかったんだよ。


 山の上の中学校に通っていた頃の話なんだけどね、その日はたしか委員会かなんかの仕事で遅くなってさ。

 ばあちゃん、薄暗い山道を一人で帰ることになったんだよ。

 その日はさあ、朝から土砂降りの雨がずっと降っててねぇ 。バケツをひっくり返したような大雨だったよ。

 帰りになったって、ちぃっともみはしなかった。


 雨ガッパを着て傘をさして帰ったんだけどね。

 蒸し暑い日でねぇ。雨ガッパの中の制服は汗でびっしょりさ。

 体中がペタペタしてイヤな気分でね、家に早く帰りたかった。


 しばらく通学路を、不快さと怖くて仕方のない気持ちをなんとか追っ払いながら歩いていると、雨ガッパのそでを引っ張られたんだ。

 ばあちゃんびっくりして、もう怖くて怖くてね。

 恐ろしいけれど、後ろを振り返ってみても誰もいない。

 周りを見渡しても、人っ子一人、だぁれも居やしない。

 一度だけじゃないんだよ?

 何度も何度も袖を引っ張られた。

 引っ張る力がだんだんと強くなってきて、転びそうになるし、周りには誰もいないから、怖くって怖くって。


 ばあちゃんは大泣きしながら駆け足で家に向かった。それでもまだ何度も何度も袖を引っ張られて。


 しまいにはぐいっと後ろから物凄い力で強く引っ張られたんだ――


 でさ、ばあちゃんは後ろにすってんころりん転がってた。


 あまりのことにびっくりして怖くてねぇ、うわぁ〜ってもっと大きな声で泣いていた。


 そうしたらさ、ばあちゃんの目の前の道に、大きな大きな岩がごろんごろんと転がってきたんだよ!


 あのまま行っていたら、ばあちゃん確実にぺちゃんこだったね。


 ばあちゃん来た道を戻って、違う道から家に帰って、お父さんお母さんにその話をしたんだよ。

 そしたら、二人がそれは袖引そでひき小僧っていう妖怪だろうって。


 この辺りが武蔵の国と呼ばれていたずっとずーっと昔の時代にもいたんだってさ。


 姿は見えなかったけど、妖怪袖引き小僧に会ったおかげで、ばあちゃんは助かったんだよ。


 それから、ばあちゃんの友達にも似たようなことにあった人がいて、ばあちゃんも友達もみんな袖引き小僧に感謝してんだ。


 どうだい?

 優しくて良い妖怪だろ?


 また思い出した怪談話があったら、その時はさあ、もうちょーっとばかり怖い妖怪の話をしてやろうかねぇ。


「また不思議な話を聞かせてやるから。次の機会をお楽しみに」


 ――その言葉に孫娘は緊張した面持ちでおばあちゃんを見つめました。


「まだ、あるの?」

「まだまだあるさ」


 背筋にはヒヤッと冷たい汗が落ち、孫娘は石のように表情が強張り顔は青白くなっていく――。


 その時とは、ばあちゃんの言う次の機会はあんがい早くやってくるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

おばあちゃんの武蔵野怪談話① 天雪桃那花 @MOMOMOCHIHARE

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ