第21話 誓いの指輪

 「ラ、ランスロー様、わ、わたし、実は、その」


 「ん?」


 「こ、こんなこと言ったら……子供っぽいって、言われる、かもしれないけれど。わ、笑われて、しまうかも、しれないけれど……」


 胸の奥から湧き上がってくる、抑えきれない感情。


 緊張から来るものなのか、それとも抑えきれない感情から来るものなのか。


 私の心臓はドクドクと強く鼓動を打ち鳴らし、ギューッと苦しくなる。


 それらの解放の仕方が分からなくて、私は目をギュっと瞑って、膝の上に置いた拳を握り込んだ。


 「わた、私、あなた様を、その、ひ、一目見た時から、す、すす、す……き、になっちゃったのです、ます」


 隣に座った時から、仄かに漂ってくるレモンの香り。


 お姫様抱っこされた時に漂ってきた爽やかな香気が、再び私の鼻腔を刺激する。


 彼の匂いを刻み込むように、私は胸いっぱいにその香りを吸い込んだ。そうして、呼吸をするのと同時に、ランスロー様への想いも一緒に吐き出した。


 「す、好き、好き、好き好き! 好きなの! 私、あなたの事が! だ、だだだ、大好きに、なってしまったのです!」


 想いが強過ぎて何回好きって言ったか分からないけど、なんとか言えた……私の気持ち。ただ、彼の事が好きだって、それだけの気持ちを。


 単純だけど、今の私の心を強く支配する気持ちを……


 「出会って間もないから、薄っぺらい恋だって、思われるかもしれない。そんなトキメキは幻想だって、笑われるかもしれない……ですけど。わ、私はそれを、本物にする為にも、こ、これからいっぱい、いっぱい、あなたのことを知りたい、のです」


 私の想い、ランスロー様に届いただろうか。


 でも、それを確かめるのは怖くて、彼の表情を窺い見ることが出来ないでいた。


 だから、今どんな顔をしているのかを知ることが出来ない。こんな時、力を使って彼の心の声を聞く事が出来たのなら、どんなに楽だろうかと思う。


 たくさんの人々の心の声は聞こえるのに、何故だかは分からないけど、ランスロー様の心の声だけを聞くことが出来ない。


 彼が心に秘めている素直な気持ちを知れたのなら、どんなに楽……


 楽、なのかな? いや、むしろ、そうじゃないかもしれない。


 ランスロー様の本当の気持ちを知ったのなら、私はもっともっと苦しい思いをするかもしれない。


 彼は私のことなんて、コレっぽっちも想ってなんかいなくて、国の為の婚約だから嫌々にとか、仕方なく一緒になるんだとか、それぐらいにしか思っていなくて……


 それは仕方がないことだって、私が一方的に彼のことを好きなだけってのは分かってる。ただ、そうだったとしても、彼の本当の心を知ってしまったのなら、私は一人で勝手に傷ついて、勝手に悩み苦しむかもしれない。


 知らなければ良かったって思うかもしれない。


 何も知らないで、彼も私の事を良く思ってくれているんだって思い込んでいた方が、どんなに幸せだっただろうって……思うかもしれない。


 人を好きになるって、こんなに苦しいの? そもそも、人を好きになるって何?


 その人を知りたいから好きになるの? 好きだから知りたくなるの? 愛するってなんなの? 愛した先には何があるの?


 分かんない。何にも分かんないし、全てを知るのは怖い……


 それでも、やっぱり私は知りたい。


 ランスロー様の生い立ちを、生き方を、考え方を、好きな物を、嫌いな物を、温もりを、心を、彼の想いと全てを、私は知りたい。


 「私、あなたをもっと知りたいから、もっともっと好きになりたいから。し、死なせたくないの、です。死んでほしくない……こ、これからも、ずっとずっと一緒に居て欲しい。居て欲しいの……この国に残って、わ、私の側に、居て欲しい」


 「……」


 再び、静まり返るロッジ内。


 恥ずかしさで赤くなっているだろう耳に聞こえてくるのは、痛いほどの耳鳴りと体を通して聞こえてくる私の心音のみ。


 私の想いを伝え終えて尚、ランスロー様から帰って来るのは沈黙だけだった。


 やっぱり、こんな私の想いは彼にとって迷惑で邪魔なだけなんじゃ……そう思って、彼の横顔を窺おうとしたその時。


 【シャルターユ姫。この人なら、俺の……】


 「え……」


 私はハッとして頭を上げると、彼の横顔を見つめた。さっきは怖くて見られなかった彼の横顔は、変わらず無表情のままで美しい。


 い、今のって何なの? ランスロー様の、心の声……なのかな? でも、謁見の間では氷の障壁に邪魔されて、彼の心の声は聞こえてこなかった。


 ベレー帽を取ってからも、彼の心の声は全然聞こえてこなかった。


 で、でも、じゃあ、今の心の声って、一体……


 「シャルターユ姫」


 「……え?」


 沈黙を破る様に、ランスロー様の低い声がロッジ内に響いた。


 「あなたの想い。このランスロー、確かに聞き届けた」


 冷静に放った彼の言葉に、私の胸がドクンっと大きく脈打つ。


 「そ、それじゃあ!」


 「こんな俺のことを、そこまで想ってくれているなんて、思いもしていなかった。だが、あなたの気持ちはとても嬉しいが、それでも……私は兄上や、混迷しているだろう国が心配だ。だから、少しでも早く帰りたい」


 「……そ、そう、ですよね。大切な、お兄様の身や、国が、し、心配、ですものね。あ、当たり前です」


 分かってはいた。彼がそう返事をすることは分かっていたことだ。


 だけど、直接ランスロー様の口から聞かされると、やっぱり心に堪える。


 肩書だけの婚約者じゃ……未熟で子供な私なんかじゃ、彼を繋ぎとめる事など出来やしない。ポンコツで、ちんちくりんな私なんかじゃ……


 「しかし、あなたと約束しよう」


 気のせいだろうか、少しだけ彼の表情が綻んでいる様に見えた。


 「や、約束……ですか?」


 「ああ、そうだ。約束だ。私は、絶対に死なない。そして、あなたを必ず迎えにくると」


 「む、迎えに? ほ、ほほ、本当ですか……ランスロー様」


 「ああ、必ず。帝国のいざこざを片付けたのなら、あなたを花嫁として迎える為に、再びこの地に馳せ参じよう」


 そう言って、ランスロー様は上着のポケットから何かを取り出した。それは、緑色の光を放つ宝石。エメラルドの指輪だった。


 「……そ、それは?」


 彼は黙ったまま、私の前に手を差し出してくる。


 「さぁ、姫。お手を」


 彼に言われるがままに、私は左手をそっと差し出した。


 すると、ランスロー様は静かに私の手を取り、そのエメラルドの指輪を薬指へと嵌めてくれた。長方形にカットされて整えられたエメラルドが、綺麗な装飾が施された石座に据えられている。


 こ、これって、これって……


 「元々、これはあなたにプレゼントする為に持って来た物だが、この指輪を約束の証にして欲しい。次に会う時に、その指へダイヤの指輪を嵌める為の証として」


 「ラ、ランスローさま、わ、わた、わたし……」


 彼の両手が、私の手を優しく包んでくれる。


 彼の想いと温もりが、じんわりと伝わってきた。


 私を危険な目に遭わせたくないから、連れてなどいけない。ランスロー様は、そう言っているんだ。


 だから私は、この想いに報いないといけない。


 「うぅ、ほ、ほんとは、私、あなた様と、離れたくないです。どこまでも、つ、ついて行きたいです。で、でも、ランスロー様を、困らせたくないから。だから、私、待ってます。あなた様が迎えに来てくれるのを……ずっと、ずっと待っています」


 「……ありがとう、シャルターユ姫。あなたを、必ず迎えに来る」


                 ◇◆◇◆


 ────このロッジでの出来事から一月半後、私はある訃報を耳にする。


 謁見の間で起こった事を公にはせずに、国へと戻ったランスロー様が、何者かの手によって殺されたと言うのだ。


 だけど、私はそんな話を全く信じてなどはいない。


 なぜなら、私の薬指で輝くエメラルドの指輪に誓って、彼は死なないと約束してくれたから。


 だから、私自身の目で彼の生死を確認するまでそれを絶対に認めない。


 「シャルダ様、お急ぎください! 馬車が出てしまいます!」


 それを確かめる為にも、私は男装して、お父様には黙って城を抜け出していた。


 「ったく。そんなんで、よくデイムに向かうって言ったよな」


 「う、うるさいなぁ。大好きなランスロー様に会う為なんだから、な、何とか、頑張るわよ!」


 そうして、私は頼りになるリリカナとジャビの二人をお供に連れて、遥か遠い北の大地へと旅立ったのだった。


                


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拙作を最後まで読んで頂き、ありがとうございました。


コンテスト用として執筆した作品でしたので、ここで終了となります。


この後のお話の続きを投稿する予定……でしたが、私の勝手な事情により叶いそうにありません。


物語的に中途半端ではありますが、これにて完結とさせて頂きます。


それでは敬愛なる読者の皆様、ごきげんよう。また、次の作品でお会いしましょう。

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心が読めるドジで陰キャな男装姫と、心を閉ざした冷血皇子。 王白アヤセ @minaminoneko

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