第20話 彼の隣は、私の居場所

 「ラ、ランスロー様。えっと、あ、あなたに謝罪したいことが、あるのですが」


 「ん、謝罪? はて、何の事だろうか?」


 彼は口元に手を当てて、思い出そうとする仕草を取った。そんな何気ない仕草も、シンプルにカッコいい。


 「は、はは、はい。さ、先ほど、謁見の間で、あ、あなた様に、魔法? かもしれないことを、し、しましたこと、ごめんなさい」


 「謁見の……ああ、氷の障壁で跳ね返したやつか」


 彼は納得する様に、ゆっくりと数回ほど頷いた。


 「は、はい、それです」


 「シャルダ殿。あれは一体、何だったのだ? 魔法だと言うのは理解しているが、何をされたのかまでは、まるで分からなかった」


 「うぅ、え、えと、あの、それはその……」


 「……うん?」


 私は申し訳ない気持ちで、彼から視線を外した。あの力の事は、誰にも言ってはならない内緒の話だから。言う訳には、いかない。


 「ご、ごめんなさい……あれについては、言えない、のです……」


 すでに知っている家族やリリカナ、後はセルグリードは別として、それ以外の人間には話してはならないとお父様からきつく言われている。


 私の心を読める力は、あらゆる交渉事を始めとして、政治的にも有利に物事を進めることが出来る大変に便利なモノである。だけど同時に、心無い人間に悪用されたのなら、この世界を未曽有の危機に陥れる事が出来る程の恐ろしいモノでもある。


 故に、この力の事が他の誰かに知れたのなら、その力を恐れたり、利用としようとする奴によって、私の身に危険が降りかかることは想像に難くない。


 だから、自分の身を守る為……もあるけれども、何より、ランスロー様が私の秘密を知ってしまう事で、彼を巻き込んでしまうことを私は危惧した。


 世の中には、知らない方がいい事だってある。だから、言えない。


 「言えない、か。だが、実際に君に襲われた私には、アレの正体を聞く権利があると思うのだが?」


 「うぅぅぅぅぅ……でも、ご、ごめんなさい。それだけは……それだけは、どうしても無理なのです、ます。ほん、本当に、ごめんなさい」


 ランスロー様になら、大好きな彼になら教えてあげたいけど……ごめんなさい。


 「ふむ、そうか。いや、少々意地が悪かったようだ。本当なら、あれが何だったのかはとても知りたい……が、私を助ける為に君が一生懸命になってくれた気持ちに免じて、今は聞かないでおくとしよう」


 私は何とか切り抜けられたことに、心の中でホッと胸を撫でおろす。


 「あ、ありがとうございます……の、呪いだったり、体に悪かったり、他にも後遺症がある様なモノではないことは、ほ、保証、しますので」


 「ああ、わかった。それで十分だ」


 「そ、それと、もう一つ……謝らなければいけないことが……ありまするです」


 「まだ何か?」


 私は意を決して、おもむろに頭に被っていたベレー帽を手に取ると、それをソファーへと放り投げた。


 「ん?」


 そして、リリカナにアップで纏めてもらった髪を一気に振り解いた。重力によって赤毛の髪が下へと引っ張られて広がっていく反動を感じる。


 「あの、その、だ、騙していて、ごめんなさい……わた、私、実は、ド、ドライオン王国、だ、だだ、第一王女、シャ、シャルターユ、ドライオン、と申しますので、ありますです」


 男装と言う名の魔法が解けて、徐々に人前で話す事が怖くなる。だがしかし、極度の緊張でたどたどしくなりながらも、私は何とか最後まで言葉を紡ぐ事が出来た。


 私から明かされた衝撃の告白を聞いた彼は、さぞ驚いて……って、あれ?


 「……」


 む、無反応? え、嘘……まさかのノーリアクション? そこまでクールなの?


 反応が返ってこずに困惑する私の姿を、ランスロー様は一切表情を変えること無くジロジロと見つめていた。


 「フフッ、なんだそのことか」


 「え?」


 そうして、彼はフッと口元を綻ばせて笑顔になった。


 「あなたが女性であると言うことは、すでに気づいていたよ。だが、まさかシャルターユ姫だったとは思いもしなかったが」


 「…………は?」


 「姫自身は一生懸命に隠している様子だったから、一応は付き合っていただけさ」


 「え、えええ、えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」


 心からの間抜けな叫びを、自分でも驚きの大音量で口から発していた。どうやら、とっくの昔にランスロー様には見破られていたらしい。


 か、完璧な変装&演技だったはずなのに……


 「最初におかしいなって思ったのは、あなたを腕に抱いた時。なんだか男にしては骨ばっていないし、妙に軽いなって。男性、と言うよりも女性を抱いているような違和感がずっと引っかっていたのだ」


 ランスロー様は肩幅に手を広げて、お姫様抱っこする格好を私に見せる。


 「あ、あぁ。そ、そそ、そうだった、のですね……」


 あの時からすでに、女性だとバレ始めていたんだ。


 じゃあ、ランスロー様から伝わってきた優しさって、私を女性っぽいなって思って優しく扱ってくれていたってこと?


 なんだか大切に扱われていたみたいですっごく嬉しいし、男色ゆえの想いでもなくて大丈夫なヤツだったっぽい。


 まぁ、別に私は彼が男色でも一向に構わな……いや、そうで無いなら無いでいいのか。うん、良かった。


 「決め手になったのは、あなたとの会話だな。常に女性らしい言葉遣いが多かったし。なによりジャビに手当てして貰っている時には、自身で女の子だと言っていたので……まぁ、そうなのかなと」


 自分では十分に気を付けていたつもりだったけど、なんだか勝手にボロを出していたみたいでとても恥ずかしかった。自分のアホさ加減がたまらない。


 「お、おお、お恥ずかしい、限りです……」


 だが、まったりと自分のアホさ加減を恥ずかしがってばかりもいられない。姫だと正体をバラしたのだから、次は彼に想いを伝えて説得しないと。


 時間がどれだけあるのか分からないのだ、やれることをやらなければ。


 緊張で頭が良く回らないまま、私はランスロー様の隣に行こうと、彼の座るソファーへと向かって足を踏み出した。


 「あの、シャルターユ姫?」


 男装していないと、人前ではまともに喋る事もままならない私。


 でも、今だけは頑張りたい。私のこの想いを、彼に伝えるんだ。そして……ドライオンに残って貰うように説得するの。頑張れ、私!


 「姫、聞いているだろうか? 同じ方の手と足が同時に出ているぞ」


 「はえ?」


 ランスロー様の指摘にハッと我に返る。どうやら私は同じ方の手と足、右手右足、左手左足、と出して歩いていた様だった。


 今更になって、すっごく歩き難い事に気づく。


 「お、お構いなく……」


 「いや、構うが」


 どうにかこうにかアンバランスな歩き方のまま、ランスロー様の元へと辿り着くと、私は彼の左隣へと腰かけた。ふんわりと、彼からレモンの香りが漂ってくる。


 「と、隣……ダ、ダダダ、ダメ、です、か?」


 そう聞いた私に、彼はクスっと笑っていた。


 「いや、ダメも何も、すでに座っておられるが?」


 「よ、良かった、です」


 「なにがだ?」


 緊張し過ぎて、ランスロー様の言葉が耳に入っては来なかったが、私のなけなしの勇気を振り絞って彼の隣に座る事に成功した。


 普段の私ならば、家族やリリカナ以外の人の横に座るなんて、絶対に出来ないことだけど、彼と離れたくない一心で、私は自分でも不思議なくらいに積極的な行動を取っている。


 ドキドキと胸は高鳴り、血液が沸騰したかの様に体中がとっても熱い。そんなド緊張で震える体を落ち着かせる為に、私は深い呼吸をゆっくりと繰り返した。


 「うん、言える……今なら言える」


 臆病な私を大胆にさせてくれるこの空気と勢いのまま、彼に伝えよう。


 あなたのことが好き好きって、私の想いを。

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