後編



 よく覚えてない。

 覚えてないけど、抜けた腰と手足でもって、必死に逃げようとしたんだ。


 逃げようとしたその先に、ライトで照らし出されたのが、墓場で。

 その墓場のなか、また白い光が、ぎらぎら光って現れたら。

 そりゃさらにパニクるよね。


 汗でヌルヌルになって手から、スマホが抜けたか、投げたのか。

 とにかく勢いよく飛んで、白い光の方へ飛んで。




――― ガツン。

――― ガキッ。


――― 何すんだよ! ふざけんな!




 そう叫んだ蒼ちゃんの声が、いやに必死で、泣きそうで。

 意外に早く、頭がクールダウンした。


 その瞬間に雲が切れて、月の光がいやに明るくあたりを照らしたってのもあるか。




 蒼ちゃんの持ち物のうち、LEDの懐中電灯は無事で、白い光を出せたけど。

 リモコンはアンテナが折れて、たぶんダメなんだろうなってそう思った。


 まあ、リモコンなんて言っても、お札とか貼りつけてあるし、パワーストーンみたいなやつも巻きつけてあるし。

 オカルトとかスピリチュアルなアイテムみたいなんだけど。

 でもまあ、本当に泣きそうな蒼ちゃんの顔を見ると、さすがにバカにする気はなかった。


――― あのさ。

――― ソレでさ、大ばぁばの魂を引き寄せられるかどうかってのは知らないけどさ。


――― アレを引き寄せたって意味ないよ。


 懐中電灯で墓場の近くの林にしげった木を照らす。

 さっきと同じく、青いものがそこに現れる。


 青い鳥だった。

 青っていうか灰色というか、そんな羽根と、長い首に長い脚、黄色くて長いクチバシと。

 そんな鳥が、枝に止まってこっちを見ている。

 怖いことは怖いけど、さすがに人魂ほどじゃない。

 大ばぁばに似ていなくもないけれど、幽霊じゃない、ただの鳥だ。




――― あれ、サギだよ。アオサギってやつ。

――― うん、鳥は鳥目っていうけどさ、アレは夜に飛ぶこともあるんだ。

――― ホントだよ。街のほうでもたまに見るし。

――― ここの池に住んでんだね。あいつ。


――― むかしの人も、アレが夜、飛んでるの見てさ。ギャアギャア鳴くの聞いたりしてさ。

――― 人魂だとか、バアさんの首が飛んでるとか、そう思ったりしたらしいよ。


 菜々美に聞いたオタク解説を話すと。

 夜ごとに懐中電灯で目撃したあの鳥を、ほんとに大ばぁばの魂の火なんだって思ってたらしい蒼ちゃんはじっとうつむいて。

 やがて泣く声が漏れてきた。


 可愛げがないガキだって思ってたけど。

 ぽろぽろ泣いてる蒼ちゃんを見て。

 悪いことしてたなぁ、って、胸がちょっとチクチクした。




 間がもたない。

 また懐中電灯を林に向けてみたけれど、あのアオサギはいつの間にか消えていた。

 白坂峠のほうへ向かって飛んでいっちゃったんだろうか。


 どのみち、あれは大ばぁばじゃない。

 ここにいたって仕方ない。




――― 帰ろ。

――― 大人にみつかったら怒られるよ。


 そう言って引いた蒼ちゃんの手は小さくて。

 ぎゅっと握り返してくる手を引きながら。

 佐江村の家にいるあいだに、ちょっとカネだして、どこかへ連れて行ってやるかって、そんなこと思いながら家の方へと戻っていった。

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青い火 武江成緒 @kamorun2018

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