青い火

武江成緒

前編




 暑苦しくて眠れなかった。

 だから、なにか飲みものでもないか、暗い廊下をふらふらとキッチンへと向かったら。

 窓の外の暗闇に、白い光がゆらゆらと飛んでゆくのがはっきり見えた。




 地獄みたいに暑い夏休み。

 だって言うのに、今年の佐江さえむらの家はまるごと日陰ひかげにあるみたいに、暗く冷えびえとして見えた。

 じぃじもばぁばも、伯父さん夫婦もいるって言うのに。

 半年前に大ばぁばが死んじゃった、それだけで、このでっかい家がこんなにさびしく見えるのかって、そう思いながら二階の窓を順番にながめてゆくと。

 さっ、と黒いカーテンがゆらいで閉じた。


 大ばぁばが死んでから、その前から不登校ぎみだった従弟イトコそうちゃん、ついにヒキコモリになったって、パパやママの話からそれとなく聞いて知っていた。

 まだ小学生のくせにヒキコモリになるのかって思ったけど、あの可愛げのない陰キャなガキじゃな、と、妙に納得もしたもんだった。


 名前のとおり蒼じろい顔で、キモい本やガラクタを部屋にためこんでたあの蒼ちゃんがこの家で、伯父さん伯母さん、じぃじやばぁばと比べても、ずっと仲良くしてたのが90こえた大ばぁばだった。

 大ばぁばは大ばぁばで、その歳にしちゃ背が高くって痩せぎすで、とくに首がみょうに長かった。

 ぎろりとした目でにらまれると、得体の知れないでっかい鳥ににらまれたような気がして、小さい頃はよく泣かされたもんだった。


 一年前に階段でコケてからは、ちょっとボケも入ったみたいで、怒ったり、気に入らないことあったりすると、長いノドからでかい声をだして叫ぶことがあった。

 ギャア、ギャア、って、そんな声をこわがらないのが蒼ちゃん一人で。

 あの子が大ばぁばにすり寄ると、あっちも顔を、へにゃ、って崩して、なにかゴニョゴニョ話してた。




 今夜も暑い。

 おまけに暗い。


 田舎は星がきれいだって言うらしいけど、ジメついた今日は曇り空。ほとんど闇夜みたいなもんだ。

 月がもっと明るかったら、巌鞍山地イワクラの山のシルエットもぼんやり見えて、ずっと右には白坂しらさかとうげも見えるハズだ。


 白坂峠にまつわる話は、小さい頃に大ばぁばに聞かされたイヤな昔話だって思ってたけど。

 県内のオカルトマニアの間だとわりと有名な話らしくて。

 怪談動画オタクの菜々美が高校がっこうで、ドヤ顔で話してきたんで、うえっ、って思った。


 佐江村の墓場の近くにあるながしいけから、死んだ人の魂が火の玉になって。

 夏の真夜中に、あの世へつづく白坂峠のほうへ向かって、暗い空を飛んでいくって。


 昔、大ばぁばのあのかん高い声で聞かされた、そのまんまの話をリピートされて、思わず菜々美の頭しばいた。

 しばいてから、今の顔、どっかで見たことあるって思って。

 ああ、そうだ。

 大ばぁばのお葬式のときの蒼ちゃんが、こんな顔で、似た話してたって思い出した。




――― 大ばぁばは戻ってくるよ。


 お通夜じゃワンワン泣いてたくせに、告別式のときの蒼ちゃんは、うすら笑いまで浮かべながらそう言った。


――― 闇の夜に、墓場のそばの池をとおって、冥界からまた出てくるんだ。

――― 蒼白い火の姿になって、冥界みたいに暗くなった地上の空を、白坂峠をめざして飛ぶんだ。


 なにキモいこと言ってんだよ。

 そう言ってかるくしばいただけで、またギャアギャア泣き出して、あたしがママに怒られる破目になったんだった。




 冥界って、ホントにこんなに暗いのかな。

 そんなこと考えるくらい、午前二時の暗闇はねっとりして濃く感じる。


 なんでこんな夜遅くに、こんな所へ出てきたんだろ。

 あの廊下で、窓の外を動いていった白い光を追いかけて、なぜか外へと出て来たんだ。

 まさか。あの白い光が大ばぁばの魂だなんて、そんなの信じてるわけじゃない……と思うけど。


 そう思いながら、スマホライトを前の方へむけた途端。




――― ギャアー。

――― ギャアー。




 腰って、ほんとに抜けるんだ。

 ほとんど地面にひっくり返って転がりながら、頭のどっかで妙にクールに、そう考えてた。


 暗い空。空中のどこか。

 見わたすかぎり真っ暗なその中を。

 大ばぁばのあの叫び声にそっくりな声が。

 そんな声をだすナニカが、飛んで。


 次の瞬間。

 そこに蒼白い火が燃えた。

 蒼白い火が、闇夜を横ぎって消えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る