ショッピングモール・シャーク
惟風
ショッピングモール・シャーク
「どうも、先日助けていただいたサメです」
「全く身に覚えがないんだよなあ」
そもそもサメが弱者側に立つシチュエーションが想像できない。よしんばその状況に居合わせたとして、助太刀できる武力を私は持っていない。
そんな力があれば、今こんなことには。
私の足元には、血溜まりが広がっている。一人の成人男性の腕や足の欠片と共に。もちろん犯人は目の前のサメだ。
だがこれは決してシンプルな弱肉強食の結果ではなかった。今となっては無惨な肉塊となった男が、数分前に出刃包丁二刀流で私に襲いかかろうとしたところをこのホホジロザメが救ってくれたのだ。
休日の暇つぶしにイオンに来て、全然知らない刃物男に襲われそれをサメに救出されるなんて中々できない、いや金輪際ない経験だろうと思う。
私とサメを取り囲む人々は、あるいは泣き叫びあるいはスマホを構え私達を撮影し、庶民の日常の象徴とも言うべき建物は恐慌の坩堝と化していた。
そんな中なのに、口の周りを真っ赤にしたサメの言葉は私の耳にすんなりと届く。チラチラ見える牙の先に引っかかった肉片が揺れている。
「先月、三階のゲームコーナーから僕を釈放してくださったじゃないですか」
「クレーンゲームってぬいぐるみ目線だと留置所みたいなもんなの」
確かに前回ここに来た時、サメのぬいぐるみを手に入れた。あれがそこまでの善行になるとは思わなかったけど、おかげで今日命拾いしたのは確かだ。自分の行動の何がどう影響するかわかったもんじゃない。蜘蛛の糸もびっくりだ。
視線を下に向けると、飛び散った赤い血がショッピングモールの白い床に映えている。私の着るワンピースにもかなりの量の返り血が飛んでいた。血生臭さも凄まじい。
頭の片隅で「この辺掃除すんの大変だろうな」「でも床ツルツルしてるし案外すぐ綺麗になったりすんのかな」「とりあえずこの服は処分しよう」まで考え、一番大切なことを言い忘れていたことに気がついた。
「その……ありがとう」
深く下げた頭に、おずおずとした声が降ってくる。
「いえ、先に助けていただいたのはこちらの方なので。あの、また……会ってもらえますか。僕は……貴女とお友達になりたいのです」
「えっ」
不意の申し出に驚いて顔を上げると、私を見つめるサメの顔が赤みを帯びているような気がした。サメの顔色のデフォルトをよく知らないので、あくまで予想ではあるけれど。
「お友達から……お願いします」
サメは、穴を空けんばかりの勢いで床に頭を擦りつけた。
あまりにも場にそぐわない話題、でもその真剣な響きにこちらも意識してしまい、一気に顔が熱くなった。
けたたましいサイレンの音が外から聞こえてくる。
非日常を叩き込む警報は、私の新たな日常を知らせる鐘の音でもあった。
今日はここで、とびきり可愛い服を買って帰ろう。この優しくて真っ直ぐな、
ショッピングモール・シャーク 惟風 @ifuw
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