狂気は突然に

龍神雲

狂気は突然に

 じわりと汗が噴き出し目を開ければ、室内の温度は茹だるような暑さに成り変わっていた。エアコンに目を呉れれば全く稼働しておらず、完全に動きが止まっている。ベッド脇に置いてあるリモコンを手に取りスイッチを押してみるが、うんともすんとも言わなかった。どうやら完全に壊れてしまったようだ。今は夏真っ盛り、こんな時に業者に電話しても直ぐには来てはくれないし対応してはくれないだろう。


「しゃぁねぇ、どっかで涼むか……」


 とりあえず起きてシャワーを浴びてから着替え、一応電話を掛けて連絡をしてみた。訊けば来るのは明日との話で、それまで何処かで涼む場所を確保するしかないのが完全に決定した。タブレット端末で検索をかけてみれば、一番安いネカフェを発見することができた。家から三十分も掛からない場所にあったので、直ぐに支度を済ませて家を飛び出し、早速そのネカフェに行ったのだが──……


「ようこそようこそ⭐️いらっしゃいまし!あなた様は最初で最後のお客様でぇーす」


 ネカフェに足を踏み入れて早々、笑顔で俺を出迎えてくれたのは愛想が良すぎる女性店員だった。しかも最初で最後のお客様等と謎な言葉も飛び出したが、そこは気にせず軽く会釈で返した。ちなみに俺の目の前に現れた女性店員は黒いメイドの格好をした、活発そうなポニーテールの店員だ。店員は俺を見るなり早速部屋に案内してくれた。自分で部屋に行くスタイルではないのが少し気がかりだが、案内された部屋は極普通の、集中できそうな一室だった。明るすぎず、暗すぎず、当然といえば当然なのだろうが、空調設備も整い快適だ。


「あなた様の部屋はこのお部屋ですから、しっかりこのお部屋の中を死守するようにお過ごし下さいね?スタッフ一同、お客様に何があっても一切対応できませんので!ではでは頑張ってお過ごし下さ~い」


「えっ……?」


 部屋を案内されて間も無く、謎な発言を言われた。一体これはどういうことなのか、分からず疑問で返すが、既にメイドの女性店員はいない。ここは普通のネカフェじゃないのだろうか──? それから部屋に入って数分が経った刹那、コンコンコンコンと軽いノック音が響いた。


「はい」


「ご注文のマルゲリータとコーラLをお届けに参りましたぁ」


「えっ……、マルゲリータもコーラLも注文してませんが……?」


 食べ物は一切注文してないどころか、ネカフェにきたばかりである。何かの手違いだろうと巡らすが──


「おっかしいなぁ……。この部屋の注文履歴に、マルゲリータとコーラの表記があるんだけどなぁ……うーん……」


 配達者はドア越しにぶつぶつと呟きながら端末伝票を確認している様だ。マルゲリータもコーラも頼んではないが、ちょうど小腹が空いてきたので、俺はそれの支払いをすることにした。


「じゃあ、それいただきます。代金もお支払いしますんで。幾らになりますか?」


 すると配達者は「まいどあり~。千三百五十円になります」と軽快な声を寄越してきた。鞄から財布を取り出して確認してみれば、千三百五十円丁度が見つかった。扉を開け、丁度で渡してやれば「ありがとうございます」と爽やかな笑顔で告げたが──


「人を安易に信用しちゃうお兄さんに忠告、次は気をつけてくださいね?」


 その瞳には哀れみと侮蔑の色が宿っていた。表情と忠告に暫し、もやつくことになったが、マルゲリータとコーラをいただくことにした。味はといえば可もなく不可もなく、どこにでもあるような味わいの物だった。


 ──店員といい、配達員といい、何なんだ一体……


 だがそうは言っても、エアコンがない部屋には帰りたくないのでそこで一晩明かすことにした。そして翌日、目が覚めると何故かネカフェの狭い用具入れに体を押し込まれている状態で目が覚めた。何故押し込まれているかは分からなかったが、なんとか這い出れば、昨日のメイド姿の女性店員が立っていた。だが明らかに剣呑けんのんとした雰囲気でこちらを見詰めている。


「私、言いましたよね?しっかりお部屋の中を死守するようにお過ごし下さいねって……」


「えっ、いや、その……自室で寝ていたんですが、気づいたら用具入れにいて……」


 そう説明するが、メイド姿の女性店員は嘆息し告げた。


「もう結構です。、お帰りはあちらです」


 メイド姿の女性店員は踵を返し去って行った。一体何なのか?何かがおかしい──だがそれが分からないまま店を出ることになってしまった。しかし家に帰ろうとして、家に帰れなくなったことに気づいたのは店を出てすぐのことだった。靴を履いて無いどころか、素足だったのだ。いや、それだけではない、そう、俺は、俺は……


 ──死んでるじゃねぇか……


 ネカフェでは調子外れな鼻唄が響き渡っていた。メイド姿の女性店員が鼻唄混じりに掃除を開始したからだ。デッキブラシを使い、床にこびりついた血をガシガシとリズム良く落としながら鼻唄を歌い、やがてポツリと口にした──


「お部屋の中にいないと危ないのに──あ、いても危ないかァ。はぁ、犯人早く捕まえてよねぇ?じゃないとォ~、


 メイド姿の女性店員は口許を歪ませ、クスクスとわらっていた──

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