最終話 優しい彼と優しくない彼
王国とエルフの国の戦争が終結してから三年が経過した。
今、私は花屋を経営している。
時折、店先でオカリナを吹く変な女店主として、そこそこ評判になっている。
そんな私の店によく来る青年がいた。
「フィーネさん、今日も来ましたよ。相変わらず、あなたはお美しいですね」
歯の浮くようなことを平気で言う彼は、王国騎士団の期待の新人と言われている、アレク・ファーディナンドだ。
背が高くて整った顔をした好青年で、女性からとても人気があるらしい。
見た目は少しあの人に似ている。あの人のように耳は長くないけど。
それにしても、どうしてアレク君は私なんかのことを……。
私が店先でオカリナを吹いているところを見て、ひとめぼれしたとか以前言っていたけど……。
私はアレク君を見つめた。彼は真剣な顔で、店の中にある花々を物色している。やがて、一つの花を手に取って私の元へ来た。
「この燃えるような赤色をした花を一つください」
「銀貨一枚よ」
彼は袋から銀貨を一枚取り出して、それを私に渡した。
私がその花を彼に差し出すと、彼は受け取ってすぐにかしずいて、私に献上するように花を差し出してきた。
「この花を、受け取ってください」
彼は一月くらい前から毎日のように、うちの店の花を買って、こうして私に花を渡そうとしてくる。
こんなことをして、いったい何の意味があるというのかしら?
「アレク君、それはさっきまでうちの店が所有していたものなのよ、それを買ってすぐに店主である私に差し出すことに、いったい何の意味があるというの?」
「意味ならある、あなたにこうして想いを伝えられる」
「困るわ、そんなことされても」
「ダメですか、俺じゃ? 俺のことは嫌いですか?」
「嫌いではないけれど……」
「なら、俺の想いを受け取ってください、あなたのことを絶対幸せにして見せますから」
そう言われて、私の気持ちは揺れ動く。
私が今でも想い続けているあの人は、あれから一度も花畑に姿を現していない。
今でも時間に余裕がある日は、あそこに行って、だれもいないのを見て、がっかりして帰るということを繰り返している。
そろそろ、私も吹っ切れるときなのかしら?
あの人のことは今でも好きだ。
でも、苦しいのだ。会えない日々が。
今でも大好きだけど、だからこそ会えない日々が苦しくて、もう最近ではあの人のことを忘れてしまいとすら思っているのだ。
目の前にいるこの男の子と付き合ったら、この苦しみから解放されるのかしら?
そう思って、私はつい、好きでもないこの男の子から、花を受け取ってしまった。
アレク君との初めてのデートの日、私は久しぶりに少しおしゃれをして行った。
待ち合わせ場所である広場の大きな時計台の前に行くと、すでにアレク君はいた、
彼のことだから多分ずっと前から来ていて、長い間待ち続けていたのだろう。
「ごめん、待たせちゃったね」
「いや、今来たところです」
「それじゃ行こうか」
「は、はい」
私が年下の彼をリードする形で、街を巡った。
服屋に入り、お互いにあの服が似合いそう、いやあっちの方が似合うかもとか言い合ったり、
雑貨屋を見て、このアクセサリーきれいとかかわいいとか言ったりした。
結局、どの店でも何も買わなかったが、最近仕事ばかりしていたのでいい気分転換になった。
歩き疲れたので、私たちは公園のベンチで休んだ。
「お腹すいていない?」
「いえ」
と彼は強がっていったが、その直後にぐぅーとお腹が鳴っていた。
私がくすくすと笑うと、彼は顔をリンゴのように赤くしていた。
「実はね、サンドイッチを作ってきたの、一緒に食べましょう?」
「ほんとですか、フィーネさんの手料理が食べられるなんて、感動で涙が……」
「ふふ、大げさね」
それから私たちはベンチで隣り合って、サンドイッチを食べた。
美味しい美味しいとがっついた彼が、のどに詰まって苦しそうにしていたので、水筒に入れてきた紅茶を飲ませてあげた。
ご飯を食べ終わると、お互いなんとなく黙ってしまった。
子供たちが芝生の上でボール遊びをしているのをぼーっと見ていると、アレク君が私の手を握ってきた。
彼の顔を見ると、彼は私を真っすぐ見つめて、顔を近づけてきた。
そのまま、私はアレク君とキスをしてしまった。
この時、私は目の前の彼ではなく、あの人のことを考えていた。
思い出したのだ、何年も前にした、あの湖での彼との口づけを。
目の前のこの青年の唇は、あの人の唇よりも熱くて柔らかかった。
頬が冷たい。
いつの間にか私は涙を流していた。
彼はそんな私を見て、慌てて唇を離した。
「ど、どうしたんですか、俺にキスされるの、そんなに嫌だったんですか?」
「ううん、ちがうの、嫌じゃないの」
「じゃあどうして……」
「昔のことを思い出しちゃったの」
「昔のこと? 詳しく聞かせてもらっていいですか?」
そして、私は彼に話した。
昔、付き合っていたエルフのことを。
アレク君は黙ってその話を聞いてくれていたが、ずっと苦しそうな顔をしていた。
「そうか、あなたはその人のことが、忘れらないのですね」
「……そうみたい」
「でも納得しましたよ、あなたが俺を見ているとき、なんだか別の人を見ているような気がしていたから」
「ごめんなさい」
「いいですよ、もう……でも、その人ってそんなにいい人だったんですか?」
「横暴で意地悪でデリカシーのない人でした」
「それなのに好きなんですか?」
「ええ……どうしようもないくらい今でも好きなの」
「そうですか……でも、あの戦争からもう三年以上経ってます、その人はきっともう」
「わかっているわ、その可能性が高いことくらい」
「ならどうして……俺を少しくらい見てくれてもいいじゃないか……!」
「ごめんなさい」
「謝らないでください……」
「あなたには悪いことをしてしまったわ、私、あなたを彼の代わりにしていたの、見た目は少し、似ていたから。でも、接していくうちにどんどんあの人と違うところが出てきて、アレク君はとても私に優しくしてくれて、あの人はあなたのように優しい人じゃなかったけど、でも、あなたといればいるほど、あの人が恋しくなって……それで今、ようやくわかったの、あの人の代わりなんて、きっといないんだって」
「……難しいな、恋は。優しい俺より優しくないそいつのほうが好きなのか」
「……ええ、どうしようもないくらい」
「また会えるといいですね、その人と」
「うん……ありがとう、アレク君」
泣いてしまった私の背中を彼はさすってくれた。
やっぱり彼は優しい。
でも、その優しさが私には辛くもあった。
優しくされればされるほど、苦しいの。
あの粗暴なエルフに、意地悪なことされたいって思ってしまうの。
それから、私とアレク君は別れた。
彼はもう、私の店に来なくなってしまった。
短い関係だったな。
ふふふ、私、またひとりになっちゃった。
また仕事ばかりの日々が始まる。
そんな忙しい日々の中、暇を見つけてはあの花畑に行った。
彼とまた会うと約束した場所。
そこで、私はオカリナを吹いた。
昔、彼がそうしていたように。
私はここであの人を待ち続ける、いつまでも、いつまでも……。
花畑でオカリナを吹くエルフに恋をした 桜森よなが @yoshinosomei
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