第7話

 心からそう思って、一人で鼻をすすっていると、ツンツンと頬をつつかれた。

 なに? 今、気持ちの整理をつける大事なところなんだけど。

 なんて思いながらキッと睨んだら、ムニッと唇に小さな餡子の夜船を押し付けられた。


「柚ちゃん、あ~ん」 


 ほらほら、口を開けないと餡子が落ちちゃうよ~なんて強引に口を開けさせようとするのは佐々木君だ。

 ほんと、今までの話の流れを聞いているのに余韻にも浸らせてくれないなんて、わがままな方向で自由すぎる。

 拒否するのに「あ~んは嫌」と言い捨てるつもりだったのに、あ~の時点で口の中に夜船を押し込まれてしまった。


 信じられない!

 一口サイズだったから条件反射でモグモグ味わってしまったけれど、恥ずかしすぎて毛穴から血液が噴出しそうなんだけど。


 頭に血が上ってのぼせそうな私に、ふふふって笑いながら「次はきな粉にしよっか」と佐々木君が次の夜船を用意している。 

 私たちが話している間に黙々と作業を進めていたのは横眼で見ていたけれど、顔つきが優しい悪魔になってる。

 綺麗な笑顔でいるけれど、思い切り何かを企んでる顔だ。


「こ、こ、こういうのは、付き合ってる人だけにしたほうがいいよ!」


 シュルルル~と遠ざかって距離を置く私に、ふふふッといくつもの笑いがこぼれた。

 佐々木君だけじゃなくて、夏美ちゃんもお母さんも、黙っていたはずのお祖母ちゃんも、同じ表情で笑っている。こわ!


「大丈夫、逃がさないから」

「今度から柚ちゃんの招待状も用意しておくね」

「平気平気、一緒にいるうちにハルにぃのこと好きって自覚できるから」

「戸惑うのは最初だけよ、すぐに慣れるわ」

 

 ひぃっ! と怯える私に、中井君が「あきらめろ」とぼそっとつぶやいた。

 経験者だからか、思い切り目が泳いでいる。

 きっと中井君も、好きとかトキメクとか気になるとか、そういう恋愛に至る感情を理解する前に囲い込まれたんだろうな。

 学校で隠れてキスするぐらい、幸せそうだけど。


 そう思ったとたん、シュポッと頭に血が上った。

 え? なに? 私、佐々木君とお付き合いするの確定?

 彼氏彼女って、アレだよね。

 誰もが認める美形の佐々木君の側に、マスコットよろしくぽちゃこな私がちんまり居座って、手をつないだり、デートしたり、キスしたりするってこと?


「え? そんなの、ムリムリムリ~!」


 お邪魔しました~! と逃走しようとして、即座に捕獲されたのは語るまでもなく。

 それから数日の間はムダなあがきを繰り返す私と、それを楽しみながら追いかける佐々木君という図式が出来上がる。

 そして、ツンデレの柚ちゃんという不名誉な名前をもらうことになるのだ。


 ちゃらんぽらんな顔をしていても一緒にいる時間が長くなると、良いところも悪いところも余すところなく見ることになってしまう。

 包み隠さずに丸ごと見てしまえば、悪魔なところはあるけれど、佐々木君といると楽しい。

 しょうがないなぁ~が、まぁいっかになるころには、好きかもしれないが好きなんだになっちゃったりするんだけれど。

 結局のところ、ちょろい私は、あっさりほだされるんだけどね。


 きっかけは些細な事だったけれど。

 私がこの家族に気に入られて佐々木君とつきあうようになった理由が、一番の謎かもしれない。




【おわり】

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意地悪な彼とぽちゃこな私 真朱マロ @masyu-maro

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