第6話
「かあさん、もうちょっと引っ張りなよ~答え合わせが早すぎ!」
かあさん?
聞こえた言葉が不思議すぎて私が顔を上げると、佐々木君はお母さんとお祖母さんを指さした。
「俺と夏美の、本物のかあさんと祖母ちゃん。夏美は俺の妹なんだ」
「ふぁっ?!」
驚きすぎて、ポカーンと口を開けてしまった。
今日一番の驚きの事実だった。
美形という共通点があるのに佐々木君と夏美ちゃんはタイプが違い、顔立ちが似ていないから、全く気がつかなかった。
間抜けな私の反応に、親の勘でいろいろ悟ったらしいお母さんは申し訳なさそうに肩をすくめた。
「離婚しちゃったからね~あの人……春斗と夏美のお父さんと。海外への出張の多い営業だから、シングルマザーと変わらない暮らしだったし、生活サイクルも違って顔を合わせると喧嘩ばっかり。で、傷つけあうよりはましだからって離婚したんだけど、日本に帰ったときに一人は寂しいって、春斗を連れて行っちゃったのよ。バカでしょ」
「ほとんど親父は家にいないから、俺は一人暮らしとかわらなくってさ。ちょくちょく母さんの家に来てるってわけ」
「そもそもあの人の実家、県外だもんね。そっちに丸投げされなかったから、こうして春斗の顔は見れるけどね」
「家にいないくせに、ハルにぃを連れてくって啖呵切るんじゃねーよ。バーカバーカ」
夏美ちゃんと佐々木君の苗字が違うから、学校では他人のふりをしているらしい。
隠しているわけではないけれど、いちいち説明して回ることでもないから、私みたいに気がついた人にだけちょっとだけ話をしているそうだ。
言われてみれば、なるほどなぁとすんなり納得できた。
お宅事情を包み隠さず語るお母さんはサバサバした調子だったけど、ハードな人生だった予感がする。
それにしてもお父さん。一人が寂しいってなんなの。ひどすぎる。
サラッとお父さんへの毒を吐く夏美ちゃんの頭を、中井君がヨシヨシと撫でていた。
一番の被害者である佐々木君は、飛び交う毒舌の中でニコニコ笑いながら、半殺しに精を出していた。
なんだかなぁ~と思いながら、ふっと気がつく。
壁に駆けられたカレンダーの今日の月齢は、有明月だった。
そこでようやくポケットに突っ込まれた招待状の存在を思い出す。
確か、有明月とか、夜船とか書いてあったはず。
ゴソゴソと取り出してみると、ビンゴだった。
美しい文字で、有明月・夜船と書いてある。
そして、春・夏・翼・柚の文字も並んでいた。
有明月は、多分、今日という意味。
夜船は、用意するおやつのこと。
春は春斗君で、夏は夏美ちゃんで、翼は中井君で、柚子は私だ。
「前に見た、紫陽花や若鮎って何?」
「和菓子。祖母ちゃんのお気に入りの和菓子屋さんがあって、そこで買ってくるのが俺の役目。コロンとしてふくふくした和菓子って、可愛くて柚ちゃんにぴったりでしょ」
さりげなくチャラい発言をして、佐々木君は私の平常心を殺しに来る。
コロンとしてふくふくだけならムッとしていつもの調子で「ひどい」って返せるけど、可愛くてぴったりと言われたら心臓がときめいてしまう。
うん。それしきのことでドキドキするなんて本当にちょろいよね……わかっているけれど、こういうことに慣れてない我が身がつらい。
それにしても、なんてことだ。
種明かしをされたら、家族にしか理解できないって側面はあるけど、本当にただのメモである。
「もしかして、この紙の色にも意味があるの?」
うん、と夏美ちゃんがうなずいた。
「和の誕生色ってのがあるの」
4月の花舞小枝(はなまいこえだ)は、桜の枝ぶりに見立てた黄味がかった茶色。
5月の初恋薊(はつこいあざみ)は、薊の花びらそのものの深い紫色。
6月の憧葛(あこがれかずら)しっとり濡れたような雰囲気の静かな緑色。
7月の咲初小藤(さきそめこふじ)は透き通るほど淡い紫色。
「私は8月だから、夢見昼顔(ゆめみひるがお)なんだ~柚ちゃんは何月生まれ?」
「雅な誕生色って初めて聞いた。私は1月」
「なら、想紅(おもいくれない)だね。ふふっ恋する乙女にぴったり」
頬を染めて意味ありげに微笑む夏美ちゃんに、私は「恋?!」と裏返った声を出してしまう。
いつの間にか、私が「恋する乙女」にされているようだ。
なにゆえ?
やだ~恥ずかしがらなくっても、とペチペチ肩を叩かれて戸惑ってしまう。
思わせぶりな言動を繰り返す夏美ちゃんに翻弄されている私に、お母さんがくすくす笑いながら言った。
「柚ちゃん。事務的な連絡だけなら、メッセージアプリで十分でしょう? だけど、紙に書いて渡すと、気持ちが形に残るのよ」
一枚一枚はただのメモでも、集まれば意味合いが変わっていく。
10枚集まれば10回会って、100枚重なれば100回分の成長を見守った記録になって、1000枚集まれば物理的に離れ離れになっていても、記憶と記録は寄りそって一緒に歩んできた家族の歴史だ。
お祖母ちゃんの発案だけど、とペロッと舌を出して笑ったお母さんはとても可愛らしくて、なんだか胸がいっぱいになった。
上手く言葉がまとまらないけれど、胸の奥がジンジンと熱くなる。
こんな家族がいるんだ。
そして、こんな家族の形があってもいいんだ。
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