3-10【神の威を借る鼠】
「おい犬っころ……」
骨伝導の通信デバイスから響く辰巳政宗の声に、犬塚は反射的に顔を顰めた。
ただでさえ聞きたくもない声に加えて犬っころとくれば無理もない。
しかし辰巳政宗はそんなことはお構い無しに要件を話し続けている。
「分かってるな? 今回の案件は不本意極まりないがお前の鼻が頼りだ。異常を関知したら逐一報告しろ。さもなくば大好きな飼い主は即刻現場から排除するぞ?」
「はっ……! 大好きなのはてめえの方だろうが? シスコン野郎」
犬歯を剥き出しにして犬塚が唸った。
「ふん……減らず口が。私が直々に躾てやってもいいんだぞ?」
「噛みつかれて泣きを見るのが関の山だろ?」
「ちょっと先輩……!! 話が先に進まないのでやめてください」
ビートルの助手席に座った真白が犬塚を制する。
犬塚は恨めしそうに真白を睨んで舌打ちすると、辰巳に向かって言った。
「異常があったら報告、特公の指示は遵守、目立った行動は厳禁。これで文句ねえだろ?」
「犬っころにしては上出来だ。何度も言うがこれは極秘作戦だ。私は顔が割れているので潜入捜査には加われん。潜入中は同行する私の部下の指示に絶対服従しろ……!! それと……もし貴様らが馬鹿をしでかして身元がバレれば、祓魔師の資格を剥奪して異端審問にかけてやる……ゆめゆめ忘れるなよ?」
ブツッ……
文字通り骨に響き渡る不快なノイズを伴って連絡が途絶えた。
犬塚は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながら、耳の下辺りの皮下に埋め込まれた異物を指でなぞる。
「くそが……好き勝手のたまいやがる……!!」
「仕方ありません……それよりも私達の目的は孤児達の安全の確保です……特公からも、悪魔憑きからも、子どもたちを守らないと……」
「ああ……わかってる……」
「悪魔憑きのニオイは?」
「今はしねえ。上手く隠れてやがるみてえだな……」
二人は顔を見合わせると大きく溜息を吐いてから外に降り立った。
すると法王庁の紋章があしらわれた黒いセダンから、白い
二人は犬塚と真白に軽蔑の眼差しを向けて言い放った。
「貴様ら穢れた祓魔師風情が、任務のために仕方ないとはいえ神聖な司祭礼服に身を包んでいるとは……まったくもって虫唾が走るな」
「辰巳さんの妹だがなんだか知らないけど、私達の足だけは引っ張らないで欲しいわね」
ガタイの良い大男の名は
特別公安辰巳部隊所属の武闘派で、任務遂行のためなら躊躇いなく冷酷な判断を下せるとして辰巳の信頼は厚い。
勝ち気な性格が表情に滲み出ているブロンドヘアの女はナターシャ・
どうやら辰巳政宗を信奉しているようで、何かにつけて真白に突っかかっている。
いつもの黒スーツではなく、
「潜入捜査だから着ろって言ったのはあんたらだろ? だいたい、好き好んでこんな
「何だと……?」
田代の眉がぴくりと動き、こめかみに血管が浮き上がる。
しかし犬塚は胸につけられた紋章を指差し、お構いなしにこう続けた。
「特にこの法王庁のエンブレムが最悪だな。ブランドロゴの真似事でみたいで悪趣味だ」
田代は犬塚の真ん前に立ちふさがり、首を鳴らして見下ろしながら言う。
「祓魔師風情が……図に乗るなよ?」
「”汝驕り高ぶるなかれ”ってのは、法王庁の教えには入ってないのか?」
睨み合い一触即発の雰囲気が漂う両者に、真白は割って入った。
「やめなさい犬塚弐級祓魔師……!! 田代司祭。申し訳ありません。しかしながら、こんなどうでもいい諍いをするよりも、早く任務に移ったほうがよいのでは……?」
「そのつもりだ……!! ついて来い……!!」
田代は苦々しげに言って歩き出した。
ナターシャ・川上も二人の方にチラリと視線をやってから、せせら笑うように言って歩き出した。
「いい? 見習い助祭らしく、お行儀よくするのよ? 粗相があれば孤児や修道女の面前で大恥をかかせてあげる……!」
犬塚と真白は先行する二人の特別公安員の後について、聖エリザベート孤児院の黒く重たい鉄格子の門をくぐり抜けた。
聳え立つ高い塀は、まるで何人も逃がすまいと腕組みするかのようで、突如湧き上がってきた暗い雲からは、今にも雨粒が滴り落ちてきそうだった。
...ト ラ ...ゥマ... ツキ...(旧 【Case × 祓魔師】) 深川我無 @mumusha
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