第9話 スピンオフ発売記念SS

「お母様〜、早く、早く〜」

「ちょっと、待って」


 パタパタと駆ける娘を追いかけて、アマーリエは公園を駆ける。

 今年五歳になる娘はとっても元気だ。

 好奇心と体力が有り余っているのか、育児係も手を余らせるほど。

 今日は仕事が公休日のため、散歩に付き合っているのだが、母とのお出かけが嬉しいらしく娘は四方八方走り回り、幼児の元気っぷりに大人のアマーリエは早くも離脱気味である。


「お、お母様はちょっと休憩……」


 結果としてベンチにへたり込むことになった。


 一応まだ騎士団付きの現役魔法使いとして働いているのだが。

 五歳児の本気を舐めていた。

 もうすぐ夫の勤務が明け、合流することになっている。

 娘の相手は夫に任せよう。


 当てにした夫はその後三十分ほど経過したのちにアマーリエたちと合流した。

 銀髪の美丈夫である。

 一見すると麗しいのだが、いかんせん表情筋が労働を放棄しているため、常に顔つきが険しい。

 騎士団に配属される新人たちは皆、夫バーナードの顔面の冷たさに慄き「俺、わたし、この団でやっていけるのかな」と一度はこぼすらしい。


「あ、お父様〜!」


 父を見つけた娘がたっと駆け出した。

 あれだけ走り回って、まだ元気なのだから恐るべし。

 体力はバーナード似であろうか。


「いい子にしていたか?」

「わたし、いい子よ?」

「そうか」


 バーナードに抱き上げられた娘はご満悦そうにきゃっきゃと笑う。

 それを受け、彼もまた顔に笑みを浮かべる。

 昔に比べると表情豊かになったと思う。


「ねえ、ビューンってして」

「よし。行くぞ」


 娘のおねだりにバーナードが快く頷いた。

 そして彼は娘を脇に抱えて全速力で走り始める。

 娘お気に入りの遊びである。

 まるで空を飛んでいるようで楽しいのだという。

 娘の喜ぶ声に感激する彼が公園内を縦横無尽に走る。走り続ける。


 夫よ、体力お化けか。

 なんてアマーリエは思ったりしている。

 泣く子も黙る騎士団長は、プライベートではとっても子煩悩なのだ。


 親子で全力で遊ぶ様を眺めるのがアマーリエは好きだ。

 なんだかんだで彼と結婚して数年が経った。

 

 自分たちは妖精の祝福がきっかけで結ばれたのだが、公爵家の息子であるバーナードとの結婚は、まあそれなりに大変だった。

 初めて彼に連れられて公爵家を訪れた際、彼の祖父にははっきりと反対の意を示されもした。

 それでも結婚できたのは、自分たちの馴れ初めに妖精がかかわっていて、彼らに祝福を授けられたという事実があったからだ。


 バーナードの心の声が聞こえてくるというとんでもない祝福を授けられた時はどうしようかと思ったけれど、結果的にそれが元で彼の人となりを知り、彼の誠実さだとか優しさに惹かれた。


 初めての子供を身籠った時、バーナードは毎日顔に憂いを乗せていた。

 生まれてきた子供に顔が怖いと嫌われたらどうしようと。泣かれたら立ち直れないと。

 顔を青くして悩みまくっていた。(その表情が今にも人を殺りそうなように見えたのは内緒である)

 

 アマーリエは、大丈夫ですって。わたしたちの子供ですから、と彼の心配事を笑い飛ばしつつ励まし続けた。

 人間、生まれた頃からその顔を見続けていれば、怖いとも思わないものだ。多分。

 

 現に今、娘は楽しそうにバーナードと遊んでいる。

 そしてバーナードも幸せそうだ。

 その光景を見つめるたびに胸が温かくのもいつものことで。


 やがてアマーリエの元に二人が戻ってきた。


「たくさん遊んでもらって良かったわね」

「うん! お父様、だーい好き」


 娘の満面の笑顔を前にバーナードは今にも泣きそうだ。


「絶対、嫁には出さないぞ!」


 そしてそんなことを言うのだから、将来血の雨が降らないといいなあとアマーリエは密かに願っている。


 親子の団欒を行なっている最中、近くの地面がぱあっと明るく光った。

 円を描くような光の中心から現れたのは、小さな存在。


「あ、妖精さん!」


 ーーこんにちはーー


 昔助けた妖精は、なんだかんだとアマーリエたち一家の前に現れるのである。

 そのため娘はすっかり妖精さんも懐いている。


「今日はどうしたの?」


 ーー実はね、ちょっと来て欲しいのよーー


 にっこりと笑った妖精が片方の腕を空に持ち上げる。

 明るい光が生まれる。


 親子三人、その光に包まれて。

 眩しいと目を閉じて、次に開けた瞬間。


 アマーリエたちは見知らぬ森の中に立っていた。


 周囲をキンキンとたくさんの声が飛び交う。

 そのどれもが自分たちよりも小さな存在が発している。

 妖精たちだ。


「なっ……」

 さすがのバーナードも絶句するしかない状況のようだ。

「ちょっと、これ一体どういうこと?」


 ーーさあ、みんな。彼女たちがわたしの祝福の結果、番になった者たちよ。ほら見て。子供も生まれてとっても幸せなんだから。わたしってはすごーい妖精でしょうーー


 アマーリエの質問には取り合わず、妖精が仲間に向けて自慢を始める。


 ーーわたしは人の子たちの恋愛成就に一役買った、すごーい妖精なのーー


 ーーおおおおーー


 妖精の宣言に仲間たちが感嘆の声を上げる。


「まさか、このためだけに連れて来られたの?」

「そのようだな」

 引き攣った声を出すアマーリエにバーナードが相槌を打った。


 ーー今流行っている、特定の誰かの心の声を聴かせるっていう祝福は、わたしから始まったのよーー


 青い髪の妖精がえへんと集団の中央で胸を張る。


 ーーわたしの時はねえーー

 ーー僕もこの間、人の子の恋愛成就の手助けをしたんだーー

 ーーあら、わたしだって負けてはいなくってよーー


 なんだかよくわからないけれど、妖精たちが自慢を始める。

 察するに、あの傍迷惑な祝福を人間社会でばら撒いているらしい。


(わたし以外にも被害者が……)


 アマーリエはドン引きした。


 そのような中。

 一人の妖精を囲み、自慢する妖精たちがいた。


 ーーあなたは人間社会で暮らしているのに、お気に入りのサファイアにベッタリくっついているだけでなあんにもしていないのねーー

 ーー遅れてる〜ーー


 ラヴェンダー色の髪の妖精は、悔しそうに黙り込んでいる。

 そんな彼女を前に、すっかり顔なじみになった妖精が顔の前に飛んでくる。


 ーーねえ、アマーリエ。わたしの祝福のおかげで今、幸せよね?ーー


「ええと……まあ……そうねえ」


 色々あったけれど、娘も生まれて幸せなことには変わりないので、アマーリエは妖精の求めるまま頷いた。


 ーーほおら、わたしってばすごいのよーー

 ーーくっ……ーー


 ラヴェンダー色の髪の妖精がぎりっと唇を噛み締める。

 そしてこんな宣言をした。


 ーーわたしだって人の子の恋愛成就くらいパパッとやってのけちゃうんだから!ーー


 あ、これ被害者が出る類の宣言だ。

 と思ったアマーリエであった。



・・┈┈┈┈・・✼・・┈┈┈┈・・あとがき・・┈┈┈┈・・✼・・┈┈┈┈・・


そんなラヴェンダー色の髪の妖精さんが「わたしだって人の子の恋愛成就に一役買いたい!」と張り切って祝福を授けるお話がジュエルブックス様より書き下ろしで発売になりました!


『国王陛下、エッチな本音が丸聞こえです! 初夜に失敗した有能王は初心な新妻を溺愛したい』


よろしくお願いします!!

・・┈┈┈┈・・✼・・┈┈┈┈・・♡♡♡♡・・┈┈┈┈・・✼・・┈┈┈┈・・

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騎士団長サマ、そのエッチな本音が丸聞こえですっ!!【書下ろしスピンオフ7/25発売】 高岡未来@9/24黒狼王新刊発売 @miray_fairytown

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