第8話
「最初は楽しくて。人の街をいくつか巡ったんだ。でも……そのうち寂しくなっちゃって。でも、黙って出てきちゃったから、お母様怒っているだろうなあって思うと家にも帰れなくなっちゃって。そうしたら、このお姉ちゃんが助けてくれて、ごはんを食べさせてくれたんだ」
「困った子ね。わたくしがどれだけ心配したと思っているの。このあたりの妖精たちを総動員して探させたのよ。それなのにあなたったらちっとも見つからなくて」
「うん。僕、人間に化ける魔法をこっそり練習していたんだ」
呆れ声の美女に対して、心持ち胸を張る少年である。
ここまでの会話で、この二人が人間でないことは察せられた。きっとバーナードも同じく、であろう。
「そこは心配をかけてごめんなさいと謝るところだろう、少年」
「う……、はい」
つい、と言った風情で口を挟んだバーナードに対して少年はばつが悪そうに頬に朱を走らせた。
「お母様、たくさん心配かけてごめんなさい」
「帰ったらたんとお説教をしますからね」
「……はい」
ぺこりと頭を下げた息子に対して、母である美女は嘆息交じりに彼の頭を撫でた。
これで一件落着だとホッと息を吐いていると、空の高い場所でパッと光が瞬いた。
――よかったぁぁ~ 坊ちゃんが無事に見つかって、ようやく捜索から解放されるわぁぁ~――
一拍のち、聞き覚えのある高い声が頭上から降ってきた。
見上げると、そこには青い髪の少女の妖精の姿があった。
先日出会った泉の妖精だった。
「わんぱく坊やのせいで皆にも迷惑をかけたわね」
美女の言葉に妖精がぶんぶんと首を左右に振る。
――いいえ。女王様のお役に立てて光栄です――
そういえば上司に呼ばれたとか何とか言って姿を消したのを思い出す。目の前の美女が噂の上司であったらしい。
部下である泉の妖精に目を向けた美女がアマーリエたちに視線を向けた。
彼女は威厳ある声と口調に変え、こちらに語りかける。
「人間たちにも世話になったな。どれ、坊やを保護してくれたのと、先ほど頭に血が上ってうっかり殺しかけてしまった詫びとして何でも願いを叶えてやろう」
「えっ!」
思わぬ申し出にアマーリエの顔が瞬時に青くなる。
願い事には苦い思い出しかないため、できれば遠慮したい。
「ほら、願いを言ってみよ」
美女がずいっとアマーリエとバーナードに迫った。
――あ、この人の子!――
そこに妖精の声が割って入った。
――女王様、実はですね――
と、妖精が先日の出来事を話し始めた。
「だが、この娘には何の祝福もかかっていないではないか」
――そういえばそうですね。あ、じゃあ祝福が解けたのね――
「えぇっ! そうなの?」
あっけらかんと言った妖精に対してアマーリエは驚きの声を上げた。
ある時を境にバーナードの心の声が聞こえなくなった。
あれは彼女がかけた魔法が解けたからだったのだ。
けれども、一体どうして。
疑問が顔に出ていたのだろう、妖精が「ふふん」と胸を張りアマーリエの周囲を飛び回る。
――あなたはそこにいる男のことが怖かった。それが条件なのだから、その前提が消えてしまえば魔法の効力も無効になるのよ。だって、もう心の声を知る必要はないでしょう?――
「確かに!」
バーナードの心の声が突然聞こえなくなったのは、アマーリエの心が変化したからだったのだ。
だって、今のバーナードはちっとも怖くなんてないから。
「お礼は僕からさせてよ」
「え?」
下から無邪気な声が聞こえたため、全員の声がぴったりに重なった。
直後、アマーリエは何かに引っ張られるかのような強い力によってバーナードの体にぴたりと張りついていた。
「え?」
「な、なんだこれは!」
二人が同時に出した驚く声に頓着せずに少年が訳知り声を出す。
「このおじちゃんはね、お姉ちゃんのことが大好きなんだよ。こういうの、発情っていうんだっけ? いつもお姉ちゃんのことばかり考えているよ」
「うわぁぁ!」
少年の爆弾発言にバーナードから理性が消し飛んだ。
「なな何を急に言い出すんだ、少年!」
アマーリエはこんなにも動揺する彼を初めて見た。
「それに、お姉ちゃんもこのおじちゃんのことを憎からず思っているんだ。心の中がたまにピンク色に染まっていたから」
「うわぁぁぁ! な、なんてことを言うの!」
続けて落とされた爆弾第二弾にアマーリエが絶叫した。
怖い。無邪気な子供が怖すぎる。
確かに素のバーナードを知っていくたびに胸の奥が騒がしくなったりしていたけれど!
最近は特に彼と話す機会が多くて、何ならもう少し一緒にいたいなあとか思ったりもしたけれど!
それを人前で言っちゃうのはどうだろう? バーナードから離れられるのなら、今すぐに少年のもとに行って、こんこんと人間生活のマナーについて諭したい。
「なるほど。この二人は互いに憎からず思っているのね」
「うん! だから、僕からのお礼は、二人が無事に交尾が済むまで離れられない魔法にしたんだ」
「情緒を学んでーー!」
あんまりな言い草に思わず叫んだ。
「けれど坊や。ぴたりとくっついている現状だと、できるものもできないわよ」
「そうなの?」
母は息子に対して冷静に指摘をする。
今入れる突っ込みはそれではない。
アマーリエは涙目になった。
「よし、相分かった。わたくしから祝福の上書をしようぞ」
もう嫌な予感しかなかった。
そしてこうも思った。
人間の情緒からずれたところに存在する妖精たちには金輪際関りになりたくないとも。
香り立つのは高貴な薔薇の匂い。胸の奥に染み込む甘い芳香にむせそうになる。
真っ昼間の屋外にいたはずなのに、いつの間にかアマーリエはバーナードとともに屋内にいた。
見知らぬ場所だ。真白い室内の四隅には石柱が立ち、真ん中にはどどんと、大きな寝台が置かれている。
その寝台の上に、彼と二人きり。
どういう状況だ、と冷静に突っ込みを入れるのに、薔薇の香りに思考が侵食される。
「だ、団長……、これ、どういう……」
薔薇の香りを吸い込むほどに、体が熱くなるのが分かった。
「おそらく……あの妖精の仕業だろう。小さな妖精が女王と呼んでいたことからも……かなり高位の妖精だと思われる」
「わたしたち……そのぉ……」
「……」
どうしたらこの部屋から出られるのか。
ちょっと気娘の口からは言いたくないのですが、と紙に包み込んで話してみたら、思い切り顔を背けられた。
何か居たたまれなくて下を向く。
「……私がアマーリエを……抱くまでは、出られないのだろう」
「で、ですよね」
何しろ、この部屋に転移させられる時頭の中に響いたのだ。
『ひとまずお膳立てがわたくしからのお礼だ。満足するまで二人きりの環境を整えたのだ、思う存分愛し合うといい。初々しい番に幸あらんことを』
という、どう考えてもヤるまで出られないぞ、的な台詞が。
「泉の妖精の祝福が解ける過程を鑑みるに……、わたしたちが満足するまで抱き合わないと……自由にはなれないのでしょう」
力なく呟いたアマーリエの台詞のあとを沈黙が襲った。
「……すまない」
いくらかして覇気のない声が聞こえてきた。
「私がきみに対して欲情していたからこのようなことになってしまった」
バーナードが片手で額を覆った。
後悔の色に染まった瞳に、胸がちくりと痛くなった。
「あの……。それを言うのなら、わたしにも多少なりとも責任があります」
「四六時中可愛いことか?」
「そういうのではなくて」
秒で返ってきた言葉に脱力しつつ、頬に熱を集めながらぽそぽとと自分の心を吐露する。
「だって、あの少年はわたしの心の中も感じ取っていたじゃないですか。双方の気持ちが同じ方向に向いていたから……こういうことになったのであって。団長だけが悪いってわけでは……」
「もしも……嫌でないのなら。バーナードと、名前で。私の名を呼んでほしい」
真剣な眼差しに晒されて、どきりとした。
彼の瞳がかすかに揺れている。まるでアマーリエの答え一つで、その身が引き裂かれるとでも言わんばかりだ。
どうして、彼のことを怖いのだとか、何を考えているのか分からないのだとか思っていたのだろう。彼の瞳こんなにも雄弁だというのに。
「バーナード様」
名を口にした次の呼吸の時には、もうその唇は塞がれていて。
気がつけばアマーリエは寝台の上に押し倒されていた。
何かを言う暇もなく口付けの嵐に晒される。
最初はその感触を己のそれに刻みつけるような、触れるだけだったのに、徐々に深いものへと変化していく。
情緒も何もあったものでもなかったのに。
バーナードの熱情の籠った瞳に晒され、アマーリエは彼を受け入れる。
そうして。
結局妖精によって閉じ込められた部屋から出てこられたのは、三日が経過した後のことだった。
ちなみに、行為の途中で、「この責任はきちんと持つ。きみのご両親に結婚の挨拶に伺いたい。ついては次の公休日を合わせよう」と言うものだから、思わずアマーリエは、「こ、こんな情緒のない求婚はい、いやですぅぅ!」と叫んでしまった。
「そうだな。この場から解放されたら百本と言わず千本の薔薇とともに求婚しよう」
「それもご遠慮したく!」
そして本当に大量の薔薇とともに後日求婚されたのは別の話である。
.。.:*・゚+.。.:*・゚+.。.:*・゚+.。.:*・゚+.。.:*・゚あとがき+.。.:*・゚+.。.:*・゚+.。.:*・゚+.。.:*・゚
ひさしぶりの新作を読んでくださりありがとうございました!
さくっと軽く読めて笑えるラブコメを目指しました!!
完結お疲れ様! 笑ったよ~ 代わりに下にある☆☆☆をポチポチ押して色を変えてくださると大変嬉しいです!!!
よろしくお願いします。
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