甘え上手な銀髪後輩様はテストで満点とったらご褒美に『えっち』したい

別府べっぷー。別府ー。お降りの際は、お忘れ物なさいませんようにご注意くださいー」


 そんな電車のアナウンスの声が車内に響くのと同時に、肩を寄せ合って寝ていた俺たち2人は多少の時間差はあれどもゆっくりと瞼を開けて手荷物を抱えて、電車の外へと出て、駅の改札を抜けると僅かに硫黄の匂いが鼻元に漂ってきた。


「ふぅん、本当に温泉って腐った卵のような臭いがするのね」


「にしても、ようやく辿り着いたな、大分」


 東京とは違った温度と湿度と太陽光を産まれて初めて体験する東大2年生の俺である訳なのだが、それは俺の隣にいる東大1年生のシエラも同様の事であるらしかった。


「まさか私が東大に受かったご褒美に高級リゾートホテルに2泊3日を計画しているだなんてね。ふん、やるじゃないの清司さん」


 年月が流れる時間はとても速いもので、俺たちがあの日に付き合ってから2年もの月日が経過していた。

 

 俺たち2人は無事にお互い東大を1発で受かり、彼女も晴れて東大生になったので、ゴールデンウイークの長期休暇を利用して2人で東京から遠く離れた九州地方の大分県にある温泉で有名なリゾート地、別府へと訪れたのである。


「当然、俺だって前々から楽しみにしていたんだよ、シエラとの2人旅は。実際、大学からやり始めたバイト代を使う予定――だったんだけど」


「今回の旅費の大半どころか全額をお義母様が出してくれたものね。私たちがまだ高校生の時に色々と我慢させてしまったお詫びという名目でね」


「まさか、母さんが俺たち2人の為に宿を手配してくれるだなんてな……」


「本当、あの人には頭が上がらないわね……」


 実を言うと、今回の旅行を計画してくれたのは俺の母であり、ホテルの手配どころか行き帰りの新幹線や駅の手配も全てやってくれていたのである。


 というか、俺がどこに旅行するかどうかを決めあぐねていた時に偶々のんびりしていた母に意見を聞いてしまった俺が一番悪いとはいえ、まさかここまでやってくれるとは夢にも思わなかった。


「母さんはシエラの事を本当に気に入っているからなぁ」


「そうね。それよりも清司さん、さっさとホテルのチェックインを終わらせた方がいいんじゃないのかしら」


「おっと、そうだよな。えっと、確か……」


「……駅前にある無料シャトルバスに乗った方が早いわよ。ほら、あそこにある大きなバス。あれに乗れば駅からホテルにへとそのまま直行できるわ」


「そうだったそうだった。助かるよシエラ」


 俺たち2人はそんなこんなで駄弁りながら、別府駅前に止まっている大型のシャトルバスに乗り込んだ。


 乗り込むのと同時にバスの運転手さんにどのホテルに泊まる予定なのかを聞かれたのだが、俺が答えるよりも先にシエラがてきぱきと応答してくれたので、俺はシエラの荷物を持ちながら、彼女を先にシャトルバスの後方座席に座らせてから、当然のように彼女の隣に俺は座った。


 そして、シャトルバスが動き出し、10分ほど車内で揺られながら整備された山道を登って行く。

 バスの中から見える景色を楽しみつつ、俺たちは2人で楽しく他愛のない話をしながら楽しんでいた。


「ところで俺たちが向かう宿ってどんなところなんだろうな」


「さぁ。事前にネットで大体調べてみたけれど、所詮はネットの情報だからね。この目で見ない限りはノーコメント……と言いたい所なのだけど、お義母様が嚙んでいるとなると……」


「えっと、確か高級リゾートホテルだったよな? あ、アレとかそうじゃ――」


「あ、多分アレで――」


 俺が見てしまったのであろう同じ光景を見た彼女は俺と同じようにだんまりになってしまい、口を魚のようにパクパクとさせていた。

 というのも、バスの窓から見えるホテルがとても立派で大きすぎたからである。

 

「……俺たち、あんなお金持ちのセレブが泊まるようなホテルに泊まるの?」


「……話によると、あのホテルで一番高い部屋を頼んだとお義母様が……」


 俺たちが初めてのホテルデートにしては荷が重すぎるどころか、十二分に荷が勝り過ぎている御立派なリゾートホテルがそこにあった。


 四方を自然豊かな山で囲まれ、夜になれば綺麗な電灯装飾で周囲が彩られるのが昼間でも容易に想像できそうな光景が広がり、天然物の温泉の匂いが山の涼しい風に乗って匂ってくるし、よくよく見れば辺り一面から温泉が湧き出たような白い煙が立ち昇っているではないか。


「本館ー。本館に着きましたー。チェックインのお客様はお降りくださいー」




━╋━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 


「言い訳させてくれ。絶対に母さんのことだからすっごい宿を抑えているとは思っていたんだ」


「あら、そうなの。にしてはチェックインをしている時の清司さんの挙動不審ぶり、とってもお笑い草だったわよ」


「仕方ないだろ。こうしてチェックインをするのだって、しかも明らかに高級そうな形式の所でやるのだって始めてだったんだぞ」


「それこそ私の助けなしでは上手くいかない程度にはね」


 2人でなんとか高校時代の教室の4・5倍は大きかったロビーでのチェックインを終わらせた俺たちは宿泊部屋の鍵を握りしめて、雰囲気のあるエレベーターに乗り込んで只々上へと登っていく。


「それをシエラが言うのかよ。シエラさん、だなんてスタッフさんに言われた瞬間にいきなり笑い出したじゃねぇか」


「なっ……!? 笑ってない! 全然笑ってなんかない! ふ、ふん! 誰がそんな簡単な事で嬉し笑いなんかするもんですかばーか! こんなのただの偽名じゃない……!?」


 そう言いながら、すっかりとシエラのお気に入りとなった銀色のシャープペンシルで俺の肌を照れ隠しにつんつんと突き刺してこようとしてくる彼女は戸籍上ではまだ山崎シエラという名前である。


 というのも、当の予約した本人である俺の母が首藤シエラという名義で予約を入れてやがったという事の顛末である。

 

 先ほど、俺は母に連絡して軽く問い詰めてみたのだが『ごめんごめん! いつも首藤っていう苗字で予約してたものだからついついうっかり! いやぁ本当にシエラちゃんには悪い事しちゃったなぁ! ところでちゃんと笑顔になってる? なってた? ならOK! 顔馴染みのスタッフさんに前々から事情は説明してるし犯罪じゃないから安心してねー!』だなんて笑いながらほざきやがったのが記憶に新しい。


「ほら、エレベーター止まったわよ。さっさと部屋に行くわよ」


 彼女は耳を真っ赤にしながらも何とか主導権を握ろうとしていて、エレベーターから出ると、鍵を持っている俺を置いて足早で駆けだした。


 けれども、その足の速さは追いつかれる事が前提の速さであり、俺は労せずして彼女に追いつき、彼女と一緒に2泊3日の間、お世話になる宿泊部屋の扉の前に辿り着いた。


「……」


「……」


「……なんか、扉の時点で豪華感がすごいわね……」


「……胃が痛くなってくるレベルで凄いな……」


 シックな黒塗りの扉に鍵を差し込み、ぎいっという古めかしい音なんて一切鳴らずに、とてもスムーズに扉が開いたので、俺たち2人は中に入らずに部屋の中を伺うように覗き込んだ。


「……広い、な……?」


「……広すぎません……?」


 何という事でしょう。

 床からインテリアまでナチュラルなテイストで統一されたとんでもないほどに解放感がえげつない素敵な宿泊部屋がそこに広がっていた。


 窓から当然のように大分の海が一望できて、今日は天気がとても良い為か四国地方らしき島が目に入ってくる。


 基本的に洋室らしい部屋の造りでありベッドが人数分配置されているのだが、和室のような部屋も備えられており、そこの上に布団を敷けばそこで寝る事も可能だろう。


 また、ビジネスホテルにあるような簡易的なユニットバスの代わりですと言わんばかりに、香り高い檜風呂が堂々とあり、ホテルの施設として常備されている温泉施設に入らずとも温泉街別府の気分を部屋にいながらに体感できるではないか。


「……ははは!」


「……ふふ、うふふ、ふへへ!」


「いや凄いなコレ!」


「えぇ本当に! そんな事よりもこれからどうしましょう! まだまだ夕ご飯の時間はあるから、お風呂で旅の疲れを癒す? それともホテル内のゲームセンターでも行く? ボーリングもあるらしいわよ!」


「風呂もいいけれど、部屋のベッドの上でゴロゴロするのもいいんじゃないか?」


「いいわね、じゃあゴロゴロでもしましょうか」


 まるで楽園のような部屋を前に普通でないテンションになってしまった俺たち2人はそんな日常的にやってきた会話を交えながら、お互いの荷物をそこら辺に置きっぱなしにして、俺たちは当たり前のように1人分のベッドの上に2人で転がった。


「ふかふかしてるわねぇ」


「そうだなぁ」


 そんなこんなで俺たちは何も話さないままのんびりとベッドの上でくつろぎ、それに飽きたので部屋についている檜風呂に2人一緒になって入ろうという話になった。


 当然、旅行なので1人でゆっくりと入るのはどうだろうかと俺は提案したのだが、彼女は部屋に風呂は1つしかついていないのだから交互に入ってしまうと片方は待たされるし、もう片方は湯冷めするじゃないと駄々をこねたので、一緒に入る訳になったのだが、よくよく考えたらいつもお風呂は一緒に入っているので今更であった。




━╋━━━━━━━━━━━━━━━━━━━




「しーあーわーせぇ……」


 いつも1人用の風呂に2人で入っていた俺たちからしてみれば、今入浴しているこの風呂はとても広かった。


 どれぐらい広いのかというと、いつもは背中を預けながらお互いに狭い気持ちになりながらぎゅうぎゅうに入っていたいつもの風呂なら有り得ない光景……そう、お互いに同じ方向になって全裸で入浴出来るぐらいに広かったのだ。


「こんなに広いお風呂で清司さんと一緒に入れるだなんて幸せねぇ……」


「そうだなぁ……」


「温泉、気持ちいいなぁ……」


 もっとも、客室に付いているお風呂は温泉ではないので、予めご了承くださいという注意書きがどこかに書かれていたとは思うし、客室に温泉が流れるようにしていたら経営的なコストから考えて明らかに無理なのだが……だからといって、そんな事を彼女に言うつもりは毛頭なかった。


 しかし、檜風呂特有の雰囲気と風呂場のライトのおかげでいつもと違うほどのリラックス効果を体感しているのも確かなのである。

 

 そして、俺の横で思い切りふにゃふにゃにリラックスしている彼女を横目で見てしまうと、思わず幸せだと自覚して笑ってしまう。


「んー? どーかしたー? 私はふにゃふにゃになんかになってないわよー」


 俺が無意識のうちに零してしまった笑みに反応した彼女はそうは言うものの、東大受験本番で全教科満点を叩き出した歴史的才女の面影はそこにはなかった。


「いや、俺も幸せだなって思ってな」


「何を言うかと思えば……そんなの当然でしょ。だってこの私が彼女なのよ? 清司さんが幸せじゃない筈がないじゃないの。そんなことも分からないだなんて、ばーか」


「でも言わせてくれ。俺、シエラの彼氏になれて本当に良かった」


「私こそ、清司さんと出会えて本当に良かった。この世界で貴方と一緒に生きれて、幸せよ」


「そうか、俺もだ」


「……ばーか」


 俺たちはお互いの肩に頭を預けながら、大分での名湯を心ゆくまで楽しんでいた。


「……ねぇ、先輩?」


「どうかした?」


「私ね、人生って試験だと思うの」


「そうかぁ?」


「そうよ。先輩はリチャード・カールソンって心理学者を知ってる? その人は『人生はテスト。ただのテストにすぎない』だなんて言っているのよ?」


 俺は彼女が何を言いたいのかは分からないのだが、意図する事は何となく分かった……いや、分かってしまった。

 それでも、俺は黙って彼女の言葉を待っていると、彼女は歌うように言葉を口にした。


「とはいえ、先ほどの言葉には続きがあるの。『視するかわりにテストだと考えてみる。やっきになって解決しようとせず、そこからなにか学べるかどうか考えよう』ってね」


「……なるほど」


「私ね、先輩に出会うまでずっと簡単な方法で自分の人生っていうテストをやっていたの。問題を全て無視して、解かないっていうやり方をね。そうして最終的に自殺をしようとするだなんて馬鹿のすることよね」


「……テストの結果は良い時も悪い時もあるからな。けれどもテストで大事なのは結果なんかじゃなくてそれから先どうするかを考える事だ。人は間違った所から学ぶことが出来る。自分1人で解けないような問題が発生した時に、ただ悩み苦しむのだけは絶対に駄目だ」


「そうね。なら先輩が解けないような問題が出たら私に解かせなさい? これから先に出てくるであろう人生の問題は全部2人でずっと解いていきましょうね」


「そうだな」


「ま、それは出来て当然だけど。だって、私たちは人生というテストに対していつも満点を取ってきたのだから」


「……ん?」


「そう。。ふふ、ここまで言えば流石の先輩でも分かるわよねぇ……?」


 忘れていた。

 彼女が基本的にという呼び方で俺を呼ぶ時には決まってある事をしたがる。

 そう。彼女は俺にご褒美をねだる際、その慣れ親しんだ呼び名を決まって口にするのだ。


 何故ならば、彼女は、甘え上手な銀髪後輩は――。


「ね、先輩。人生テストで満点とったからご褒美に『えっち』しましょ?」


 ――そんな勉強法で幸せを掴んでみせたのだから。

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甘え上手な銀髪後輩ちゃんの勉強法 ~テストで満点とったらご褒美に『えっち』したい~ 🔰ドロミーズ☆魚住 @doromi

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