喧嘩自慢の不良がカクヨムに登録する話

春海水亭

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 夕方、過度川かどがわ大橋。

 ランクS級県の過度川の中流にかかる橋長六十メートル、幅十八メートルほどの鉄橋の下。

 足場の悪い河原をジョギングや犬の散歩に用いる人間は殆どおらず、橋の上からは何も見えない。過度川の両岸遊歩道からの視界は悪く、さらにいえばわざわざ橋の下に注目するような人間はいない。

 要するに地元の不良の喧嘩のメッカなのである。


「らァッ!!」

 書読かくよ夢太郎むたろうの拳が不良の腹部にめり込む。

「へっ、どうだよ俺のパンチは」

「~~~~~~ッ!!」

 不良の悶絶。

 それが何よりも雄弁な答えだった。

 六人。

 今日夢太郎を取り囲んだ不良の数である。

 尋常の喧嘩ならば、夢太郎が詫びを入れるか、夢太郎がリンチされて終わりだっただろう。

 それが何故か、夢太郎の方が勝利している。

 皆、夢太郎の拳を受けて気絶しているのだ。

 書読夢太郎、強い男である。

 年齢は十七歳、高校二年生。

 部活動はやっておらず、格闘技の経験もない。

 個人的に運動をしているわけでもないし、筋トレだってしていない。

 やっていることといえば喧嘩だけだ。

 それが強い。

 令和の時代にあって、ひたすらに実戦を繰り返し強くなった男、それが夢太郎である。


「はァ……」

 六対一、数の差では圧倒的に不利だった喧嘩を無傷で勝利した夢太郎に喜びはない。むしろ彼に去来したのは虚無感であった。


 強くなった、と思う。

 だが、相手が弱すぎて実感がない。

 全員、一撃だ。

 誰も俺に一撃を入れることすら出来ず、俺の一撃で全員が倒れてしまった。

 そんなものにはなんの達成感もない、まるで空気のような勝利だ。


「つまんねぇ顔してんな」

「誰だッ!?」

 背後から聞こえた声に夢太郎は振り返る。

 男がいた。

 大きい男だ。

 175センチメートルある夢太郎よりも、頭一つ分は大きい。

 そして、腕、足、胸周りに腹、首にいたるまで鍛えられる部位は全て鍛えている。

 年齢は四十代と言ったところだろう。

 だが、自分の知る教師とは違って異様な精気に満ちている。

 

「街の喧嘩自慢ってところか、だが周りに雑魚しかいなくて力を持て余してる……そうだろ?」

「なんだオッサン……俺をボクシングにでも誘おうってか?」

 喧嘩自慢の不良が偶然出会ったトレーナーに誘われて、ボクシングの世界に入る。

 言葉にするのが躊躇われるほどに陳腐で、昭和の時代に絶滅してしまった黴の生えた夢物語だ。


「悪いが俺は減量の相談に乗ってやれなくてな」

 太い身体を揺らして、男が笑う。

「その代わり、お前をもっと面白い世界に招待してやる」

「もっと面白い世界だと?」

「そうだ……」

 男が懐からブルートゥース対応キーボードを取り出して言った。


「お前、カクヨムやってみないか?」

「カクヨムだと……!?」

「そうだ、お前も知っているだろ」

「あのKADOKAWAと株式会社はてなが共同開発した小説投稿サイトで、最近では『近畿地方のある場所について』が大いに話題になったあのカクヨムに俺を!?」

「そうだ」

「ちゃんちゃらおかしいぜ!」

 夢太郎は嘲笑うように言った。


「俺の手を見てみろよ、人をぶん殴ることだけに使ってきた手だ。キーボードなんて触ったことはねぇ、ましてや小説なんて一文字だって書いたことねぇぜ!高校生限定の小説コンテスト、カクヨム甲子園に俺を誘いてぇって言うなら他を当たるんだなッ!」

「誰が書けって言った」

「なにッ!?」

「カクヨムは小説投稿サイト、書くサイトであるが同時に読むサイトでもある。お前、カクヨム会員になって小説読んでみろッ!」

 想像もしない言葉だった。

 こういう新しい世界に誘う系のイベントで観客席側に誘われることってあるんだ。


「けっ、何言ってんだオッサン。俺はただの不良だぜ……2022年3月時点での月間PV数は4億、日本最大規模の小説投稿サイトである小説家になろうに次いで勢いがあるとも噂されるあのカクヨムに会員登録する資格なんて俺にあるわけ……」

「カクヨムはメールアドレスさえ持っていれば誰でも登録できるッッッ!!!」

 夢太郎に衝撃が走った。

 男の言葉、そして男の太い拳が己の腹部にめり込んだためだ。

 飛びそうになった意識を、夢太郎は舌を噛んで覚醒させ、カウンターの回し蹴りを男の側頭部に放つ。


「なにっ!?だがメールアドレスだけだなんてうまい話があるわけねぇぜ!?どうせ住所などの個人情報が要求されるに決まってらあッ!」

 夢太郎の言葉、そして回し蹴りに対し男は同時にカウンターを入れた。

 夢太郎の回し蹴りよりも疾く、男の下段蹴りが夢太郎の軸足を強かに打った。

 

「必要な情報はメールアドレス、自信が使用するID、そしてパスワードだけだ」

「俺みたいな不良にも門戸は開かれてるっていうのか……!?」

 体勢を崩す夢太郎。

 追撃はない。

 今まで戦ってきた不良共とはまるで違う。

 強い男だ。

 こういう戦いを待っていたのだ。


「そうだ……もっとも、懸賞に当選した場合などには個人情報が必要になるがな」

「なるほどな……だがッ!」

 夢太郎はスマートフォンを取り出し、ウェブブラウザでカクヨムを開いた。

 これは肉体だけの戦いではない。

 精神を比べる戦いでもある。


「会員登録していなくたってカクヨムで小説は読めるぜ……わざわざ会員登録する必要があるとは思えねぇがな」

「確かに読むだけならばそうだ……だが、会員登録しておけばもっと便利になるぞ」

「なにっ!?」

「お前、普段はどんな時にカクヨムを読んでる?」

「作者のX(旧称:Twitter)をフォローして、更新ポスト(旧称:ツイート)を見た時に、その作品ページに飛んでるな」

「お前は常にXに張り付いて、作者の更新情報を追うことが出来るか?」

「……確かに毎日更新ならまだしも、不定期に更新される小説なんかだと更新されてから数ヶ月後に読む……なんてことがあるッ!人を殴る忙しさでッ!」

 瞬間、夢太郎は目を見開く。

 失態だった。

 今、己は相手に心臓を差し出すところだったのだ。

 己の論を取り巻く肉を裂いて、その核をくれてやるところだったのだ。


「カクヨムに会員登録しておけば作品自体をフォローして、更新をチェック出来るぞ」

「そりゃあ……便利な話だ、だがッ!」

 失態を取り戻さんと、夢太郎は持っていたスマートフォンを相手の顔面めがけて投げる。


「そういう通知っていうのはいちいちカクヨムにアクセスしないと見れないんだろ!?」

 それと同時に駆けた。


 当たって終わり。そういう戦いではない。

 当たれば良い、しかし当たらなくても構わない。

 攻撃の起点だ。

 運動会のスターターピストルのようなものだ。

 プロレスのゴングのようなものだ。

 とにかく起点を――


「カクヨムでフォローしている作品の更新通知は設定すればメールの方にも届くよ」


 眼の前にスマートフォンが迫っていた。

 重い。

 カバーが……鉄製!?

 男のものか。

 男が投げたのか。


 夢太郎はスマートフォンを避けようと、咄嗟に伏せ――その低くなった頭部を男の回し蹴りが打った。


 ご飯。

 アレだ、マクドナルドがいい。

 フライドポテトのLサイズを買って、家で思いっきり塩をかけて、もうこれ以上無いってぐらいに塩辛いやつ。

 あれ、なんで俺昼食のこと――っていうかなんで橋の下。

 あ、そっか喧嘩するんだったっけ――いや、でも六人が相手だった気がするな。

 六人まとめて掛かってこいって言ったもんな俺、でもなんで――相手は一人なんだ。しかもオッサンってどんだけ留ね――


「さらに作品のフォローだけではなく、作者のフォローも出来る。長編作者の新作は勿論……短編がメインの作者なら作者自身をフォローした方が新作を見逃さなくて済む」

 そう言って、男は「どうだい」と笑った。


「カクヨムに会員登録したくなってきただろう」

 太陽のような笑みだった。

 春の太陽だ。

 優しい日差しで、あらゆる人間を癒やす太陽だ。

 もうかなり会員登録したくなってしまっている。

 だが、まだだ。


「面倒くさいぜッ!会員登録なんてッ!」

 そうだ。

 面倒なのだ。

 ちょっとメールアドレスを登録して、IDとパスワードを用意するだけ。

 そうだとわかっていても面倒くさい。

 新しいサービスを利用する時というのはいつもそうだ。

 得だとわかっていても――面倒くさい。その面倒くさいが上回る。

 それが俺の中の真実の気持ちなのだ。

 その俺の中の真実を思いっきりぶつけて、目の前の男に勝つ。

 面倒くさいという気持ちを拳に握り込む。

 空手なんてやったことはない。

 けれど、夢太郎のそれは空手の正拳突きそのものだった。

 ただ喧嘩の経験値だけで、夢太郎はそれに至ったのだ。


「けれど……そのちょっとした面倒臭さを乗り越えて欲しい」

 その拳を狙って、男が正拳突きを行う。

 男の拳は夢太郎のそれよりも、一回りも二回りも大きく見えた。

 筋肉の――というだけではない。

 心だ。

 心で負けたのだ。


「カクヨムに会員登録すれば、読んだ作品に応援や評価をすることが出来る。それで救われる人間がいるのだ。いや、お前が救わなければならない人間がいるのだ。」

 拳と拳が正面衝突する。

 割れる。

 夢太郎の拳だ。

 痛い。

 だが、満足だ。


「忘れずに作品フォローと★評価、そして応援お願いします」

 男が呪文のように呟く。

 おそらく、それが男を救うのだろう。

 冷静に考えると、暴力でカクヨム会員登録を強制させられているだけの話のような気もするが、それでもいい。夢太郎はそう思った。


「……完敗だ、俺、カクヨムに会員登録するよ」

 右手が複雑骨折しているので、スマートフォンの操作は左手になってしまうが。


「そうか」

 男が満足そうに頷く。


「ところで聞かせてくれないかな……オッサン、アンタ何者なんだ?」

「俺か……俺はカクヨムのプロだ」

「それはプロの小説家ということか?」

「いや、カクヨムのプロだ」

「つまり、それは……」

 夢太郎は何かを言いかけてやめ、ただ祈った。


 カクヨムの会員が増えますように。


【終わり】

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