失恋
歩
ほんとにこわいのだ~れだ
失恋した。
真夏に。
「ごめんなさい! 他に好きな人、出来てん」
涙をぽろぽろ流して必死に謝る彼女に、俺は……、
「え、ええよ。しゃーないやん、それは、なあ」
「ごめん、ほんま、ごめん……」
走り去る彼女を見送り、俺はポケットの中の指輪をぎゅっと握った。
海へ誘って、そこでって考えてたんやけどなあ。
花火でも見ながら、ロマンチックに。
蝉がやけにうるさかった、夕暮れ。
▼
「納得出来るかっちゅうねん!」
「まあまあ。先輩、飲みすぎっすよ」
「うっさいわ! これが飲まずにいられるかぁ……」
「仕方ない先輩っすねえ」
俺は後輩を呼び出した。
便利なやつや。
呼び出せばすぐ来る。
遊び相手、他におらへんのか?
バイト先近くの飲み屋は俺たちのたまり場やった。
いつも二人だけ。他では
「先輩は優しすぎるんっすよ」
「優しいんが、なんで悪いねん!」
「それも時によりけりっすねえ」
「笑うなあぁ」
飲みながら、泣く。
それを後輩はニヤニヤしながら見とる。
さっぱりしたやつで、俺とは息が合って、大阪の大学、俺は地元やけど、こいつは地方から出てきて知り合いもおらんくて、なんかいつの間にかつるむこと多なってた。
変な言葉遣いなんは、方言がいやならしい。
大阪の人間からしたら、東京もんの言葉こそなんか腹立つ。すましているようやん? それを真似られんのもいややけど、こいつは中途半端なんでおもろい。マンガ好きが共通でつるむようになったもんやけど、そんなマンガ的なキャラクターやなあ、こいつは。なんかちょろちょろと。よく笑うし。
「うぅ……。
「先輩、情けないっす」
「うるさいぃ……」
「そんな情けないとこ、元カノさんに見せてたんすか?」
「見せられるわけあらへんわぁ……」
「フーン……。じゃあ、うちだけっすか?」
「元カノいうな……、ニヤニヤすんなぁ……」
「分かってないっすねえ。そういうところが先輩の良さなのに」
「どういうとこやねん?」
「情けないところっす」
「ほっとけやっ!」
そや。俺はかっこつけたがりやねん。
ほんまのとこ、大学デビュー。情けない人間やねん。
初めて出来た彼女に浮かれてたんや。
大事にし過ぎたっちゅうやつか?
というか、距離感やて、わからへんわ。
「指輪なんて重いっすよ」
「うぅ、そうかあ……」
「そっす。なんすか、結婚の約束でもするんすか?」
「いや、誕プレっちゅうても思い浮かばへんかったし。指輪やったらええんかなあって」
「重い! その発想が重いっす」
「そうかあ……」
「うちにいってくれたら、一緒に選んであげたのにっす」
「そんなん、出来るかあ。なんぼなんでも、おまえでも」
「ふーん、気遣ってくれたんすか?」
なんや、さっきから腹立つなあ。
俺が振られたんがそんなにおもろいんかっ!
「ああ! あのおっぱいに顔埋めたかったぁっ!」
「セクハラっす、先輩」
「おまえじゃ、むりやもんなあ」
「だから、セクハラ。うちだって傷付くっす」
「ああ、悪い。なんや、おまえ相手やと気ぃ楽で、ついつい……」
「それって、うちだけってことっすか?」
「ううぅ……。まあなあ。こんな話、誰ともでけへん」
「そっか……。そっすか」
「なんや? ニヤニヤしよってぇ、そんなに俺の失恋はおもろいかーっ!」
「いひゃい、いひゃい、頬伸びる……」
「うぅ……。もう一杯」
「もうやめておくっす。店も終わりっす」
「可乃子! 帰ってきてくれぇ! 寝取られなんてあんまりやぁっ!」
「かわいい先輩だなあ、もう」
「なんかいったか?」
「なんも、いってないっす。……鈍感な先輩さん」
「そうや! そやから、俺は振られたんやっ!」
「きりがないっすね、酔っぱらいは」
それで、その夜はお開き。
未練たらたらやけど。
少しは気ぃ晴れた?
……はあ……。
あかん。
あいつもよぅ付き合ってくれたもんやけど、たぶん、この傷はそうそう簡単には消えへん。
また付き合ってもらお。
今夜はでも、あいつはもう帰した。
俺は一人で帰る。
帰れる!
真夏の夜の蒸し暑さに、酒で火照った体は冷えへん。
心はじくじく痛い。
独りでいるともう……。また、泣きそう。
あれが悪かったか、これが悪かったかと、楽しい日々も後悔の日々に真っ
「ああ、もう! 死んでまいたいわっ!」
--そう……。そうなんや……。
うぅ……。
って、ここは?
知らんうちに、ふらふらと山のほうへ来てたんか。
下ばっかり見てたからなあ。
霊園?
いつの間にこんなとこまで登ってきたんや?
--こっち……。
あれ?
--こっち、こっち……。
可乃子? 可乃子!
--そう、こっち……。
「可乃子! 帰ってきてくれたんやな!」
--うん、そう……。
「可乃子……! 可乃子……!!」
--こっち、こっち、こっち……。
可乃子ぅ……。
「危ない!!」
「へ?」
手ぇ引かれた。
力いっぱい。
グイっと引き寄せられて、薄いむなっぺたに。
なんか、ドキドキいっとる? これは俺の心臓とちゃうよな?
「危ないっす!! 死ぬ気っすか?! 振られたくらいで!!」
「な、なんや、俺は……」
「正気に戻るっす!!」
ぞっとした。
腰が抜けた。
山の霊園の端。そこはもう、切り立った崖。
低い柵を俺は越えていこうとしてたんか?
そんなん、それこそ真っ逆さまに……。
ハッと、前を見た。
白い影が、「チッ……」と、はっきり舌打ちして、夜空の闇の中に消えた。
「先輩! しっかりするっす!」
「あ、ああ……」
「女なんていくらでもいるっす! 目の前にもいるっす! 一度振られたくらいで
泣いとる。
いつもへらへら笑っとる後輩が。
そういや。
こいつの下の名前、なんやったっけ?
失恋 歩 @t-Arigatou
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