失恋

ほんとにこわいのだ~れだ

失恋した。


真夏に。


「ごめんなさい! 他に好きな人、出来てん」


涙をぽろぽろ流して必死に謝る彼女に、俺は……、


「え、ええよ。しゃーないやん、それは、なあ」

「ごめん、ほんま、ごめん……」


走り去る彼女を見送り、俺はポケットの中の指輪をぎゅっと握った。

海へ誘って、そこでって考えてたんやけどなあ。

花火でも見ながら、ロマンチックに。


蝉がやけにうるさかった、夕暮れ。



「納得出来るかっちゅうねん!」

「まあまあ。先輩、飲みすぎっすよ」

「うっさいわ! これが飲まずにいられるかぁ……」

「仕方ない先輩っすねえ」


俺は後輩を呼び出した。

便利なやつや。

呼び出せばすぐ来る。

遊び相手、他におらへんのか?

バイト先近くの飲み屋は俺たちのたまり場やった。

いつも二人だけ。他では出来でけへん話で盛り上がってた。


「先輩は優しすぎるんっすよ」

「優しいんが、なんで悪いねん!」

「それも時によりけりっすねえ」

「笑うなあぁ」


飲みながら、泣く。

それを後輩はニヤニヤしながら見とる。

さっぱりしたやつで、俺とは息が合って、大阪の大学、俺は地元やけど、こいつは地方から出てきて知り合いもおらんくて、なんかいつの間にかつるむこと多なってた。

変な言葉遣いなんは、方言がいやならしい。

大阪の人間からしたら、東京もんの言葉こそなんか腹立つ。すましているようやん? それを真似られんのもいややけど、こいつは中途半端なんでおもろい。マンガ好きが共通でつるむようになったもんやけど、そんなマンガ的なキャラクターやなあ、こいつは。なんかちょろちょろと。よく笑うし。


「うぅ……。可乃子かのこぉ……」

「先輩、情けないっす」

「うるさいぃ……」

「そんな情けないとこ、元カノさんに見せてたんすか?」

「見せられるわけあらへんわぁ……」

「フーン……。じゃあ、うちだけっすか?」

「元カノいうな……、ニヤニヤすんなぁ……」

「分かってないっすねえ。そういうところが先輩の良さなのに」

「どういうとこやねん?」

「情けないところっす」

「ほっとけやっ!」


そや。俺はかっこつけたがりやねん。

ほんまのとこ、大学デビュー。情けない人間やねん。

初めて出来た彼女に浮かれてたんや。

大事にし過ぎたっちゅうやつか?

というか、距離感やて、わからへんわ。


「指輪なんて重いっすよ」

「うぅ、そうかあ……」

「そっす。なんすか、結婚の約束でもするんすか?」

「いや、誕プレっちゅうても思い浮かばへんかったし。指輪やったらええんかなあって」

「重い! その発想が重いっす」

「そうかあ……」

「うちにいってくれたら、一緒に選んであげたのにっす」

「そんなん、出来るかあ。なんぼなんでも、おまえでも」

「ふーん、気遣ってくれたんすか?」


なんや、さっきから腹立つなあ。

俺が振られたんがそんなにおもろいんかっ!


「ああ! あのおっぱいに顔埋めたかったぁっ!」

「セクハラっす、先輩」

「おまえじゃ、むりやもんなあ」

「だから、セクハラ。うちだって傷付くっす」

「ああ、悪い。なんや、おまえ相手やと気ぃ楽で、ついつい……」

「それって、うちだけってことっすか?」

「ううぅ……。まあなあ。こんな話、誰ともでけへん」

「そっか……。そっすか」

「なんや? ニヤニヤしよってぇ、そんなに俺の失恋はおもろいかーっ!」

「いひゃい、いひゃい、頬伸びる……」

「うぅ……。もう一杯」

「もうやめておくっす。店も終わりっす」

「可乃子! 帰ってきてくれぇ! 寝取られなんてあんまりやぁっ!」

「かわいい先輩だなあ、もう」

「なんかいったか?」

「なんも、いってないっす。……鈍感な先輩さん」

「そうや! そやから、俺は振られたんやっ!」

「きりがないっすね、酔っぱらいは」


それで、その夜はお開き。

未練たらたらやけど。

少しは気ぃ晴れた?

……はあ……。

あかん。

あいつもよぅ付き合ってくれたもんやけど、たぶん、この傷はそうそう簡単には消えへん。

また付き合ってもらお。


今夜はでも、あいつはもう帰した。

俺は一人で帰る。

帰れる!


真夏の夜の蒸し暑さに、酒で火照った体は冷えへん。

心はじくじく痛い。

独りでいるともう……。また、泣きそう。

あれが悪かったか、これが悪かったかと、楽しい日々も後悔の日々に真っさかさまや。


「ああ、もう! 死んでまいたいわっ!」


 --そう……。そうなんや……。


うぅ……。


って、ここは?


知らんうちに、ふらふらと山のほうへ来てたんか。

下ばっかり見てたからなあ。


霊園?


いつの間にこんなとこまで登ってきたんや?


 --こっち……。


あれ?


 --こっち、こっち……。


可乃子? 可乃子!


 --そう、こっち……。


「可乃子! 帰ってきてくれたんやな!」


 --うん、そう……。


「可乃子……! 可乃子……!!」


 --こっち、こっち、こっち……。


可乃子ぅ……。


「危ない!!」

「へ?」


手ぇ引かれた。

力いっぱい。

グイっと引き寄せられて、薄いむなっぺたに。

なんか、ドキドキいっとる? これは俺の心臓とちゃうよな?


「危ないっす!! 死ぬ気っすか?! 振られたくらいで!!」

「な、なんや、俺は……」

「正気に戻るっす!!」


ぞっとした。

腰が抜けた。

山の霊園の端。そこはもう、切り立った崖。

低い柵を俺は越えていこうとしてたんか?

そんなん、それこそ真っ逆さまに……。


ハッと、前を見た。


白い影が、「チッ……」と、はっきり舌打ちして、夜空の闇の中に消えた。


「先輩! しっかりするっす!」

「あ、ああ……」

「女なんていくらでもいるっす! 目の前にもいるっす! 一度振られたくらいで自棄やけになることなんてないっす!!」


泣いとる。

いつもへらへら笑っとる後輩が。


そういや。

こいつの下の名前、なんやったっけ?

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失恋 @t-Arigatou

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