エピローグ
エピローグ
「さあ、みんな、ご飯が炊き上がったよ」
サバゲー部の部室に大和の美声が響いた。三角巾に白衣という給食当番のようなスタイル。おまけにしゃもじまで持っている。
部室の長机を、礼央や西中島などサバゲー部のメンバーだけでなく、壱絆姉妹、美月、烏天狗コンビ、くろことまめだ、小鬼たちが囲んで座り、かなりのすし詰め状態だ。
食堂から運び込んだテーブルには茶碗と生卵が人数分、さらには海苔やお漬物といった食材、チョコレートやクッキーなどのお菓子類が並ぶ。
「おいおい、ほんとに夜食タイムにすんのかよ……」
「まあ、いいじゃないか。ぼくのおごりだし。お礼と思って受けとってくれないか」
礼央の呆れ声を無視して、大和がそれぞれのご飯をよそっていく。
午前一時を少しすぎたばかり。すべてが終わってから、まだ一時間もたっていない。疲れた身体を癒すためにそれぞれ帰途についてもいいはずだったが、天狐から人の姿へと戻った葛葉の第一声が「……おなかがすいたの……」で、さらにメリッサまで「あー、わたしも」と同調したため、急遽のお夜食大会開催となってしまった。
「あの姿ってすごくエネルギーを消費するの。だから、先輩。大食いキャラだと思ってほしくはないの……」
「えー、クズちゃん。けっこう、練習の合間に――」
「ミッキーは黙っててなの!」
「確かにあの姿はボクもきつかったからね。再封印でほぼ呪力使い果たしちゃったし。生卵の補給はありがたいよ」
と言いつつ、くろこは両手で器用に卵を割って小皿に落し、その上にしょう油をかけて、箸でとく。肉球でなぜそこまでのことができるのだろうか、礼央は疑問を抱いたが、気にしないことにした。
「キツネって生卵が大好物なのよね。油揚げものっける?」
「ありがとー。メリッサ。もらうよー」
「おいらも、おいらも!」
「「「「「キキー!」」」」」
「メリッサ! たまかけにクッキーとチョコをまぶすトッピングは邪道だ!」
「太一はやっぱ、あたま固いわね。いーじゃん、なにごともチャレンジ。コロンブスの卵的発想の柔軟さこそ研究者に一番求められる資質なのよ。卵の話だけに」
和気あいあいとした食事風景に、礼央は思わず笑みがこぼれるのを自覚する。これがおれの取り戻したかった風景だ。これ以上、誇れるものはないだろう。
「で、ヒノさん、学園祭は結局どーなるんだ?」
「うーん、正式決定はまだだけど、おそらく一週間か二週間、開催を延期するしかないわね。でも、中止には絶対しないわよ。生徒たちの努力はムダにしたくないもの」
「よかった。安心したぜ」
「明日はね、
「もちろんだ。うねび……あれからどうなったんだろうな。火の鳥みたいに飛び立っていったけどよ」
うねびのことを考えると、礼央は胸がしめつけられるような感覚を覚えた。最後に礼央に見せた表情は一生忘れないだろう。そう、忘れない。もう、姫子のことも、太一と葛葉のことも、全てを胸に刻んで生きていこう。
「生まれ変わって、玄鳳様と一緒に幸せになってくれたらいいよね」
大和がそっと呟き、礼央はそうだといいな、いや、次こそあの人は間違ったりしないだろう。予感めいたものを感じて、そっと微笑んだ。
「あー、でもさあ、ドタバタ続きでレオぽんもソーマも忘れてるっぽいけど、『ハウス・オブ・ホラー』の企画、結局ダメになっちゃったわけよね。あたしの努力だけムダじゃない」
「お前はアレに関してなんもしてねえだろ。努力したのはヤマトだし、あのやたら分量のある申請書埋めきったのはおれだよ。あれ? そーいや申請書は?」
礼央は申請書を入れていたはずのポケットを探ってみるが――見つからない。
「ああ、それならわたしが受け取っている」
太一にしては珍しく、会心の悪戯を成功させた小学生のような笑みを浮かべた。
「いかにも急ごしらえでその場の勢いまかせな企画だ。粗も目立つ。だが、それなりに安全面の配慮がされていることは評価しよう。それに学園祭も延期になった。そのあいだに、さらに練り上げればより魅力ある演目になるだろう」
「えっ?」
「ごちそーさま。じゃあ、ボクはこの辺で失礼するよ。礼央くん、機会があれば、また会おう。じゃあね」
あっけに取られる礼央を尻目に、くろこが別れを告げて、姿を消した。
くろこのいた場所には、A4とB4の用紙で折られたキツネの折り紙が置かれていた。企画申請に必要な二枚の用紙と同じ。
ということは……。
まさかと思って、礼央がその折り紙を広げてみる。
そこには赤文字で――、壱絆太一の署名と『承認』の文字が書かれていた。
◆
焼け跡の中を一羽の鳥が飛んでいた。炎を纏った巨大な鳥だが、その姿に驚きをあらわす者はいない。あたりに生者などいないからだ。死屍累々の地獄絵図の中を巨鳥は飛び、やがて一体の亡骸のもとへと舞い降りた。
巨鳥は男の安らかな死に顔に、自らの顔を近づけると、その頬をなめるような仕種を見せた。鳥はしばらくその動作を続けると、やがて鳥の形を成す炎が崩れ落ちはじめ、亡骸に降り注いだ。
すると、どうだろう。亡骸に生気が宿っていくではないか。
しばらくすると、息を吹き返した男は立ち上がった。その顔には
男は屋敷の焼け跡をしばしその目に刻みつけるように見つめた後、自らに与えられた使命を果たすため、どこぞへと去っていった。
元治元年七月二十日――
世にいう『禁門の変』の翌日のことである。
炎舞輪廻の彼岸花 吉冨いちみ @omelette-rice13
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