第4話 ぼくの選ぶ未来

 軽やかに歩いていると、疑問が浮かび上がってきた。四十九なんて具体的な死期を教えたっけ。


「神木さん、どうして四十八だって分かったの?」

「トリックは単純だ。何度も書き直した作文を見た。定年退職後の世界一周旅行や、子どもの人数について書かないから、中年あたりに目星をつけたまで。四十八だと思ったのはカンだ。当たってほしくない数字ではあるが、わたしに任せておけ」


 あぁ。やっぱり神木さんには敵わないな。




 ぼくの人生の中で最高の時間は、長くは続かなかった。次の日に学校に行くと、下駄箱に鮫島くんが寄りかかっていた。


「九鬼、ツラ貸せや」


 今日こそパシリを命じられるんだ。人目のつかない理科室に連行され、ぼくはおずおずと訊いた。


「昨日の野球観戦はどうだった?」

「あぁ? 最悪に決まってんだろーが! おれの推しがアクシデントで先発じゃなくなるわ、初回に先頭打者ホームラン打たれてから滅多打ちにされるわ、さんざんな試合だよ! お前が言ったとおりのスコアで負けたわ! ぜんっぜん楽しくなかった!」

「……ほんと、ごめん」


 ぼくが余計なことを言って申し訳ないよ。深く頭を下げていると、鮫島くんは舌打ちをした。


「あんなスコア、覆してくれると思ったんだ。おれの好きなチームなら、逆転できると信じたかったんだ。なのに、おれが負けを受け入れていた。どうせ勝てないから帰りたいなんて言いたくなった。ファンとしてあるまじき姿だろ! 悪い未来だと分かっていても、おれは全力で声援を送るってのがポリシーだってのに!」


 鮫島くんはぼくだけじゃなくて、自分にも怒っていたみたいだった。勝利を信じられなかった自分を、ファン失格だと注意していた。わーわー怒鳴る声は耳に響くけど、嫌いにはなれなかった。


「二度と予言するな。ばかばかばかっ。九鬼のばーか!」


 いや、そうは言っても、限度はある。ぼくが言い返そうとする前に、涼やかな声が聞こえてきた。


「朝から呼び出しておいて、気の利いた言葉の一つもかけないとは。貴様の知性は感情に食われてしまったのか?」

「神木の言ってることは分からないけど、おれをばかにしていることは分かるぞ。何となく!」

「じゃあ、これも分かるか? 貴様にばかにされても、静かに聞いてあげる海翔かいとの心の広さが」


 初めてだ。母さんにしか呼ばれたことがない名前を、学校の人に言ってもらえるのは。

 今日もいい日になる気がした。


「お前ら、いつの間に下の名前で呼ぶようになったんだよ? おれのことはまだ名字で呼ぶくせに!」


 ぼくと神木さんは顔を見合わせる。


「そうか。仲間はずれが怖いんだな、サメヘイは」

「せめてほかの名前で呼べや!」

「冗談も通じないとは、風流の欠片もないらしい。困ったものだ。こう……」


 鮫島くんの目が輝いた。まるで飼い主に名前を呼ばれた犬みたいだ。


「きしんおうせいなところは長所だと思うがな」

「つまんねーイジリが好きなんだな。天才さんよぉ」


 ぼくは二人の間に入る。


「仲良くしてよ。渚ちゃんも、航平くんも」

「九鬼~! お前は良い奴だな! 今日から海翔と呼んでやるから、ありがたく思えよ」

「ちゃん付けは遠慮願いたい。悪寒が走るゆえ」


 鼻高々になる航平くんと、そっぽを向く渚ちゃん。

 正反対の二人だけど、ぼくにとって大切な友達になった。




 ぼくには未来が見える。たとえば今日の授業も当てられないこと。


「この問題、分かる人?」


 今までのぼくなら、どうせ当たらないと思っていた。先生はあきらめて答えを言うから。でも、今日は答えを呟いた。


「すごい。合っていますよ。誰? 答えを言ってくれた子は」

「海翔です」

「海翔だ」


 渚さんと航平くんが同時に言ってくれたこと、これは見えなかった未来だ。

 ほんのちょっと勇気を出して、これからも頑張ってみようっと。

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九鬼くんは神木さんに勝てない 羽間慧 @hazamakei

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