第3話 たとえ覆せなくても
ぼくの力がバレた。
気味悪がられたらどうしようとか、便利屋を命じられるかもしれないという恐怖はない。むしろ、今まで隠していた胸のつかえが消えていた。だからこそ確認しておきたいことがあった。
「神木さんは、ぼくに関わることが怖くないの? けがしたり、危ないことに巻き込まれたりするかもしれないんだよ?」
「なぜだ? 九鬼は厄災をもたらす力があると言うのか? それとも、自分の思い通りに未来を変えられるのか?」
おびえさせることを覚悟して言ったのに、思っていた反応と全然違った。
「そんな力はないよ。あったら、とっくに試してる。普通の小学生になりたいって」
「欲がないな。せっかくの力を使わないとはおろかだ。わたしを含む、持たざる者の恨みを買うぞ」
神木さんが持たざる者の訳がないよ。才媛という言葉を使いこなせる小学生は、二人もいないもん。ぼくは心の中でツッコんだ。
「神木さんはさっき、色々と察するのは大変だって言ってくれたじゃないか。ぼくに力を使うべきだって言いたいの?」
「あぁ。大変な力だからこそ、使いようを考えるべきだ。たとえば、九鬼がさっきの試合でけがすると分かっていたとする。それなのに、相手をばかにして怒らせる。結果的に、九鬼はどうなると思う?」
「相手を挑発しておきながら即アウトになる、しょぼい人?」
「その通りだ。うわさは、放課後までに学校中に広まるだろう。だが、そんな未来は起きなかった」
理由は手に取るように分かった。
「ぼくが慎重になっていたから、最悪の事態にならなかったってこと?」
「いかにも。けがをする結果は同じでも、過程はまったく違うだろう。九鬼に同情する人は増えた。授業中もやかましい鮫島に、いささか不満がたまってきているんだ。あれだけハッキリ言える九鬼は、ヒーローみたいだったぞ」
「ヒーローなんて大げさだよ。鮫島くんにとってはムカってきたと思うし」
ぼくは廊下の蛇口で顔を洗った。そろそろ手も洗いたかったし、血に別の水分も混じりそうだったから。
「ほら。ティッシュだ。気が済むまで使うといい」
「神木さんが持っていたんなら、保健室に行く必要なかったんじゃないの?」
ありがたく頂戴していると、神木さんは首を振った。
「けが人を送るという証拠が重要なのだ。二年生の教室を通るからな。蛍に……愚妹にサボりだと思われてたまるか」
神木さんにも弱みがあるんだ。何か意外だな。
「九鬼にはあるのか? 絶対に譲れないもの」
「母さんの幸せかな。ずっと笑顔でいてほしいんだ。でも、ぼくは確実に……」
母さんより長く生きられない。
声に出さなかったが、神木さんはすぐに理解したらしい。胸を張って言った。
「わたしには野望がある。いつか難病に苦しむ人をゼロにしてやるのだ。安心しろ。貴様も当然、救済の対象に入っている。約束しよう。貴様に四十九の……いいや、百歳の誕生日を迎えさせるとな!」
どうせ寿命は伸ばせない。夢を叶えたとしても、幸せを感じる時間は短い。努力するだけ無駄。後ろ向きになっていたぼくの視界を、神木さんが鮮やかに染め上げた。
神木さんがぼくの寿命にあらがってくれる。それならぼくは、彼女を信じたい。信じて、彼女の功績の一部になりたい。新薬作りのインスピレーションになれるかどうかは分からないけど、こういうのは過程が大事なんだよね。
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