第2話 初めての理解者

 ただでさえ痛いドッジボールで、突き指をしたらやだなぁ。

 ぼくは痛くない当たり方を考えながらコートに立っていた。終盤になると、白熱して強いボールが投げられる。コートの後ろギリギリのところで立って、横から軽く当てられたい。


 息をひそめていると試合が始まった。相手チームから、いきなり早いボールが投げられる。腰を抜かした子の目の前に、鮫島くんが駆け寄った。


「おっしゃ。歯ぁ食いしばれよ!」


 助走をつけて放たれたボールは、回転しながら相手をなぎ倒す。


「めちゃくちゃスゲーよ、航平!」

「当たり前だろ。お前らは、無理にボール取りに行かなくていいからな。俺が全部防いでやる!」


 鮫島くんは、クラスの主導権を誰にも譲りたくないみたいだ。コートで必要以上に動き、怖がる子を守りながら戦っていた。


「気合い入りまくりじゃん。今日は何かあるのか?」

「ピヨピヨズが六連敗してんだよ! 開幕十連勝してたのに、そろそろ貯金がヤバい! 俺がレフトで応援して、勝利を届けたいんだ!」


 野球とドッジボールは全然違う競技なのに、鮫島くんの目はキラキラしていた。


「すごいなぁ。九対二で負けるのに」


 知らぬが仏だから言わない方がいいよね。負け試合と分かって球場に行っても、盛り上がらないに決まっている。

 それにしても、どうして鮫島くんは睨んでいるんだろう。


「うっさい、九鬼! 野球に興味がないくせに、でしゃばってくんな!」

「あっ。口に出してた……? ごめん。からかったつもりはなくて」


 動揺したぼくに、味方の肩が当たる。よろけたぼくに、コート外の神木さんが叫んだ。


「九鬼、ボール!」


 らせん状に向かってくるボールを、ぼくは顔面で受け止めていた。こういうときのための能力であってほしかった。鮫島くんを怒らせたバツなのかな。


「へーき。だいじょう、ぶ……」


 一番痛みを感じる場所に手を当てると、鼻血がついた。


「きゃああああ!」


 騒ぎまくるクラスメイトを横目に、鶴野先生は冷静に指示する。


「男子の保健委員はどこ? 九鬼くんに付き添ってあげて」

「先生、保健委員はぼくです……」


 どうせぼくは、存在感が薄いですよ。

 ぼくの頭はジメジメして、きのこが生えそうだった。そんな中、救いの手を挙げた子がいた。


「ほら、九鬼。立てるか? わたしが付き添ってやろう。光栄に思え」

「ありがとう。神木さん」


 血のついていない手で、ぼくは神木さんに引っ張り上げられる。

 ぼくも神木さんみたいな大人になりたかったな。たとえ四十八までの期限でも、一回くらいは王子様っぽいしぐさをしてみたいよ。

 鼻を抑えながら歩き出すと、神木さんの口が動く未来を見た。


『なぁ、九鬼。これって……』


 その一、二人きりで照れるな。

 その二、わたしが泣かせた図になっていないか。

 その三、神が与えたもうた休息なのだろうか。


 すぐに浮かんだ選択肢の中で、これだと思った言葉が聞けた。


「なぁ、九鬼、これって神が与えたもうた休息なのだろうか。ずっと九鬼と二人きりになりたかったから、得をした気分だ」

「な、何を言ってるの? 神木さん!」


 選択肢が混ざるとは思わなかった。避けきれなかった爆弾発言に、ぼくはすっとんきょうな声を出した。


「聞いてみたいことがあったんだ。九鬼は皆が挙手するとき、いつも遅れて手を伸ばしているよな。先生が指名する瞬間に。あれは積極性がないと怒られないようにするためか? 九鬼には未来が見えているのか? いや、そうとしか思えない」


 神木さんはぼくの全身をくまなく見つめた。とんでもない子と二人きりになってしまった気がする。冷や汗をかきつつ、はぐらかそうとした。


「神木さんの考えすぎじゃない?」

「杞憂ならそれで構わない。ただ、何でもかんでも察してしまうのは、色々大変だと思ったまでだ」


 神木さんの目は、面白がっているように感じられなかった。

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