未来

同棲して、三日。私は、初めて経験する事になる。


セックスだ。


夢の中で、記憶がない部分。そう。珀と詩織、二人の名前を初めて知った時以前の記憶は私にはない。その記憶にない時にはもうすでにしていたらしい。でも、今の私には、初めての彼氏で、初めての男の人で、初めての恋で、初めてのセックスだ。


緊張を隠せない面持ちで、ゆっくりとブラのホックを拍が外す。あまり大きくはない乳房に、拍がそっとキスをする。声が漏れる。


「お前……こんなに可愛い反応するの、久しぶりだな……。なんか、滅茶苦茶に抱きたくなる」


そう言うと、私の体は、少しずつ、拍の色に染まってゆく。とても、気持ちがいい。とても、心地が良い。こんな風に、人は愛し愛されるのか……。そう、思わずにはいられなかった。




終わると、拍の右腕を枕にして、私は呟いた。


「こんな日々が……続けばいいのに……」


「……続くに決まってるじゃん」


「…………」


「泣いてるの?」


「だって……幸せ……なんだもん」


そう言うと、珀は、そっと頭を撫でて、私の額にそっとくちびるを当てた。





私は、思っていた。これが、もしも、夢じゃなくて、私が生き延びた先に在る未来なのだとしたら、私は、希望を捨てずに生きて行けるかもしれない……と。


でも、もう遅い。私は、もう目覚める事はないだろう。自殺をした、私への罰でもあるのかも知れない。もう、この未来は、訪れることは無い。詩織も、珀も、そして、夢なのか、未来なのか、分からないこの場所にいる私も、架空の代物になるのだろう。


それが、とても、悲しかった。神様に、最初はとても感謝した。こんな、素敵な夢を、見せてくれて、ありがとう、と。


でも、今は、違う。


どうして、こんな残酷な事が出来たの?私は、死んだのに、どうして、こんな幸せを見せつけるの?来もしない未来が、ありもしない未来が、さもあるかのように、神様は私の死を嘲笑っているかのようにも感じた。



こんな風に、未来に飛べていたら、私は、飛び降りなかったかも知れない。生きる道を、選んだかもしれない。なのに――……。


遅いよ……遅すぎるよ……。


どうしてなの?私は、何をしたって言うの?


そんなことを、珀の腕の中で、想い、涙が止まらなかった。


「月?」


「……珀……もし、私が、死にそうになったら、助けに来てね……」


「……なんだよそれ。当たり前だろ? いつだって、どこへだって駆けつけるよ」


「約束よ……?」




ぎゅっと、私と、珀は、手を握った――……。




「この手を、離さないで……ね」


























「…………」


ぼんやり、私の目には白い何かが映った。天井……だろうか。でも、部屋の天井じゃない。それに、匂いも違う。とても、嫌な匂いだ。



あぁ……夢が……終わったのか……。私は、今、どんな状況なのだろう?あんな、希望も、悦びも、居心地も良くない、世界に、戻ってきてしま多のだろうか?


しかし、強く……、強く……、誰かが、私の手を握っていた。


うすぼんやり、その手を、握り返した。


「!! 月!?」


「…………」


何処か幼い。でも、見た事のある顔だ。随分、若いけれど、この愛おしい顔を忘れるはずがない。


「は……く……」


「今! 医者、呼んでくる!」


そう言って、手を離そうとした、そのの手を、私は握りしめ、言った。


「離さないで……って、言ったでしょ? 珀……」


「……やっぱり……見ていたのは……俺だけじゃなかったんだ……」


「……珀……、私、生きる。生きていれば……こうして、拍に会えるんだって……きっと、詩織ともいつか会えるって、教えてくれたのね……誰かが……」




私が、意識を失っていたのは、たった、三日だった。


随分と、長い夢だった。でも、未来へと飛んだ私が、こうして、命を絶たずに済んだ。



人間、生きてさえいれば、希望はある。そんな、綺麗事、言うつもりは無いけれど、私は、また、目覚めてしまった。それは、なんじゃないだろうか?




私は、高校を中退し、大検を受け、大学に進学した。そして、入学式の直後、拍と二人で歩いていたら、後ろから、グイッと腕をつかまれた。


「見つけた!!」


「……!! し、詩織……」




私は、確かに、未来へ飛んだのだ。



私は、大切なモノを、手にすることが出来た。辛い辛い、経験の代償だとしても、お釣りが返ってくるほどの、大切なモノを。







未来を、想おう。


未来を、信じよう。


未来を、奏でよう。


未来を、夢見よう。




時には、綺麗事が人を苦しめる。


それが、どんなに苦痛でも、未来へ飛べると、信じて――……。

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未来に飛べたら @m-amiya

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