夢よ覚めないで

「ねぇ、詩織……ちゃん」


「ちゃん? 何それ。気持ち悪い。何? ノートのコピーは一枚50円だからね」


「……し、詩織……ここ大学だよね?」


「は? 当たり前でしょ? 私たちもう二年生なのに、何言ってるの?」


「あ、そ、そうだよね。あはは。ご、ごめん……」


(なんか……リアルだ……)


「昨日まで風邪でぶっ倒れてたんだもんな。なんか、まだ頭回ってないんじゃね?」


拍が言う。恋人繋ぎのままで。


「てか、三日もぶっ倒れてたんだから、コピーくらい、ただでしてやれよ、詩織」


「冗談に決まってるでしょ? 月が変な呼び方するから、私もからかっただーけ」


「ふふふ……」


私は、思わず笑った。


「「?」」


「何笑ってんだよ、月」


「だって、これが現実だったら、良かったのにな……と思って」


「「は?」」


「え?」


「お前、本当に風邪まだ治ってないんじゃないの?今日はもう帰るか?」


「……だ……大丈夫。大丈夫!」


私は、何だか、急に、恐ろしいほど、幸せな気分になった。


夢でいい。大学生になった私を、私は見ている。それは、夢で見られるだけで、とてもありがたい事だ。


だって、私は……、多分、この夢から覚めたら、死ぬのだろうから。






―一週間後―


「詩織! おはよう!」


「おっす!詩織」


「おー! お二人さん、今日も仲いいね」


「まぁね」


「珀……もう、そうやってからかうのやめてよ」


「やめない。だって、最近の月、なんか付き合い出したころみたいで、初々しくて可愛いから」


「……」


拍は、硬派に見えて、……いや、硬派なのだ。が、私に対しては、とても甘えん坊で、可愛いのはどっちだ! と、突っ込みたくなるくらい、まぁ、一種のワンちゃんみたいな男の人だった。


でも、この夢はいつまで続くのだろう?随分、長い夢だ。しかも、記憶が飛んだり、途中で途切れたりすることもない。不思議な夢も、この世にはあるものなのだなぁ……などと、自殺をした事を忘れるくらい、私は夢の中の生活を楽しんだ。


詩織と珀と三人で、焼き肉屋に行って、食べた牛タンは、本当に美味しかった。


(夢って、こんなリアルに味が解るんだ……)


私は、続々と夢の中で現れる現実味ある出来事に、いつしか、夢であることを諦めたくなくなっていった。夢が冷めないで欲しいと、願うようになった。


お願い。このまま、幸せな夢の中で、私を眠らせて置いて……。


と。


その願いは、本当に、続いて行った。




―一ヶ月後―



私たち三人は、無事三年生になり、拍とも、詩織とも、相変わらず仲良く過ごしていた。


そして、何より変わったのが、私と拍が同棲する事になった事だ。父にも、母にも、拍は、丁寧に手見上げを持ち、『月さんとお付き合いさせていただいております、菅原すがわら珀と申します。同棲する事に、許可をいただけないでしょうか?将来の事も、考えたうえでのお願いです』


と、言い、あっさり、そのイケメンも相俟って、母は見惚れるようなまなざしで、父より先に、『月をお願いしますね』などと言った。その言葉に、父も、拍も、そして、私も笑った。





そして、引っ越しが終わり、とうとう、二人の同棲生活が始まった。毎日が楽しく、充実していた。勉強も頑張れた。詩織とも、冗談を言い合う、とても気の合う付き合いだった。




あぁ――……、どうか、夢よ、覚めないで。

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