でも、私は死ななかった。死ねなかった。あれほど絶望した人生に、まだ、縛り付けられることになった。と言っても、楽な方だ。


私の落ちたところが、花壇の上で、草花と柔らかい土がクッションとなり、何とか、命を落とすのを免れた。しかし、頭部を強打し、一週間経っても、意識は戻らないままだった。


母と父は、学校に猛抗議をした。学校側は、それを、大ごとにしたくなくて、校長室で、校長と教頭が土下座をしただけで、後は、『この事は未然に知る事が出来なかった』とか、『本当に明るい娘さんで、お友達とも仲良くされていたようではあったのですが……』とか、そんな曖昧で、責任感の全くない学校側の対応に、両親は、悲しみと、怒りと、悔しさだけを持って、入院している私の所へ来て、


「ごめんね。……るな……。貴女を……守ってあげられなくて……。月が、帰って来なかったあの日の夜だけじゃなかったんでしょう?もっともっと、辛い事が沢山あったんでしょう?ごめんね、気付いてあげられなくて……」


母は、昏睡状態の私の手をぎゅっと握りしめ、涙を流した。


だが、私は目覚めた。しかし、それは、余りにも不可思議で……。死ぬ前に見た、幻だったのかも知れない。


















「……?」


(ここ……何処? なんか、大学の講義室みたい。テレビとかで、よく見る……)


目覚めた私がいたのは、大学と思われる場所だった。ざわざわと、講義が終わったらしく、面倒くさそうにノートを鞄に仕舞う学生。大あくびをして、きっと、講義中眠っていたんだろうな、みたいな学生。


見慣れない。どう考えても、家の近くじゃない。家の近くに大学は無い。それに、私は病院で、生死の境を彷徨っていたはず。


あぁ……、じゃあ、これは夢か。そうだ。そう考えれば、何のことは無い。只、私がであれば、こういった事を望んでいたのだろう。それが、死の直前、神様か、仏様が、あの仕打ちに必死で耐え続けた私に、冥土の土産として、持たせてくれたのだろう。




「月! 何してるの? 次の講義始まっちゃうよ?」


(え……、こんな、誰かもわからない人も、夢で私の名前を呼ぶの?)


私は、驚いたまま、目をぱちくりさせた。


「おい。詩織、月、起きた?」


「あ、はく。うん、今起こした」


(詩織……。珀……。この二人の名前?)


「あ、その顔、まだ寝てるでしょ、月!」


「え……あ、ごめん……」


(夢……だよね?これ、楽しんじゃって良いのかな?)


私は、少し、ワクワクした。もう、自分には訪れないと思っていた、キャンパスライフ。夢でも良い。体験しておこう。そう、思った。


「いこ! 月」


詩織が言う。


「ほら」


すると、珀は、何故か、私に手を差し出した。


「え?」


「え? って、何だよ。行くぞ」


そう言うと、は、私の手を握りしめて、歩き出した。そして、その繋ぎ方が、恋人繋ぎになった時、私は、心臓が飛び出すかと思った。


拍と言う男性は、本当に背が高くて、色白で、本当に日本人なんだな、みたいな真っ黒な髪をして、ちゃんと整髪剤を付けているのだろう。髪型もきまっている。目はきりっとした二重。くちびるは少し薄い。つまりは、とても、格好良い男性だった。


(夢の中だけど、私、をして……良いのかな?)


私は、そんな事を、思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る