最終話 本当の僕は辛い
また金髪碧眼美少女料理人が鍋を煮込んでいる。
僕はとりあえず『帽子の長さを変える能力』を駆使して少女の帽子を常識的な長さに変えた。そしてぐつぐつぐつぐつと煮込まれ、少女も味見のために僕を一口掬い上げる場面まできた。
どうするべきか。
カレーは辛いものなんだ。
甘く変えて食べられても、それは本当にカレーの良さを伝えたことにはならないんじゃないか?
でも人類が滅亡するなら、この世界のカレーは甘くなるべきなのだろうか。
僕の信条に反する……!
でもこれは世界のためなんだ。
そんな大義の前では、ブサメンのちっぽけな信条なんて……ちっぽけな信条なんて……。
ち、ちくしょう!
……『味覚マイスター』!
そして少女はパクリと僕を一口食べた。
舌が捏ね繰り回し、味をしっかりと吟味している。
「ふむふむふむ……あれ、思ったより甘くて美味しい!」
少女は甘口の僕を美味しいと評してそのままカレー創作に勤しんだ。
世界の法則は覆され、異国のスパイスは煮込むとタンパクが変質して糖化しやすくなり、甘さを増すという化学基盤がルールとして敷かれた。結果的にこの世界のカレーは日本の甘口カレーのような味になり、人に親しまれやすい料理となった。
「陛下、私が腕によりを掛けて創った、異国の香辛料を混ぜて作ったスープです。いかがですか」
僕はそのまま王様の面前に晒されて吟味された。
煌びやかな宮殿だ。
王様もピエール系の口髭を生やしてそれを撫でながら世界初の"カレー"を眺めて関心を示している。そして
そしてピエール系口髭携える口元へあてがわれ、僕は王様の口に入った。
「おお……これは素晴らしい」
「やった!」
「米と一緒に食べるともっといいのではないか?」
「そ、そうですね! 仰る通り、お米が合うかと存じます!」
「料理の名前は……カレーにしよう、なんとなく」
「はい、畏まりました!」
世界にカレーが誕生した瞬間である。
カレーは宮廷料理として振る舞われたが、年月が流れて城下町の市民にも親しまれるようになった。カレーという概念である僕は繁栄の一途を辿り、ついには王国中がカレーだらけになった。
念願のカレー普及活動は成功だ。
それからカレーという概念として増殖し続ける僕には、この世界の食の未来が視えた。
カレーは国を超えて世界中に親しまれるようになり、様々な味がブレンドされて国独自のバリエーションが増えた。
それはカレーの良さだ。
カレーの多様性は否定できない。
僕がカレー好きな理由はすべてを受け入れてくれるカレーの優しさと、そして刺激を与えてくれる辛さのブレンドが嬉しくて嬉しくて、その包容力の高さに涙して僕はカレーが好きになった。
その僕がカレーに転生して世界を救った。
結果的に食糧難も免れて世界は平和になった。
——
世界征服を果たしたといっても過言ではないね。
過言では……ない……ね……。
本当にこれで良かったのか?
カレーが辛くない世界なんて間違ってる。
僕は僕自身の信条を捨てて世界を救うことができた。
でもそれで良かったのか。
僕にはわからない……。
分からないんだ……。
「悩んでいらっしゃるのですね」
そこに女神が現われた。
世界に降臨するのは初めてで僕は女神様とカレーの姿で初めて対面した。
「本当のカレーは辛いものなんだ……。こんな甘いカレーの世界なんて僕にとってインフェルノだ。ディストピアだ」
「貴方はこの世界を救った英雄です。一度だけカレーを辛くする許可を与えます」
「え、カレーを辛く?」
「はい」
「でも世界中の人は辛いカレーを受け入れられないんじゃ……」
「だから一度だけです。カレーの素は煮込むと甘くなるという世界の定理法則は覆せませんが、一度だけその法則を塗り変えて辛くするチャンスを与えると言っているのです」
それだけ告げると女神は消えた。
カレーは甘いからこそ受け入れられた。
そんな僕が突然、辛さを見せたら……。
辛い僕を皆は受け入れてくれるだろうか?
でも本当の僕は、辛い……!
僕は僕自身のために辛い自分を受け入れて欲しいと思ってる。
宮廷料理人のキッチンに金髪碧眼の少女が現われた。
彼女はまたカレーを煮込んでいる。
今の僕は甘々の甘ちゃんカレーだ。びっくりするほど自分は辛くなかった。それは僕が世界に媚を売っている証拠だった。
でも、もしかしたらこの少女なら——。
初めて僕を創ってくれた彼女なら、辛い僕も受け入れてくれるんじゃないか。そんな淡い期待が抱いている。
でも少女には辛味が嫌い設定があった。
甘口というヴェールに包まれた僕だからこそ受け入れてくれた。その僕が本当は辛かったら、少女は拒絶するんじゃないか?
悩んでいると、宮廷料理人の金髪碧眼美少女が現われた。
厨房に入り、僕を一口啜って味見する。
「うんうん、順調ですね。カレーの程良い甘さ、最高です!」
少女は笑顔を浮かべた。
どうやら、ただの味見のようだ。
僕の本来の辛さを伝えるなら今が絶好のチャンス……。
くっ、何とでもなれっ!
『味覚マイスター』!
僕はそのときだけ辛くなった。
カレー本来の辛さになり、僕にとっては世界で人気を博して初めて本来の自分の姿を曝け出したと言えよう。
「では一晩寝かせてまた明日ですかね〜」
しかし、少女は本来の姿を見せた僕に見向きもせずに厨房を離れていこうとした。
なんてこったい!
せっかく勇気を出して辛くなったのに。
しかも辛くなる事を許されたのは一度だけ。
これで少女に食べられなければ明日の僕はきっと甘口に戻ってしまう。
——いや、それでいいんじゃないか?
世界はこのまま行けば平和で幸福な未来が待っているんだ。
僕がここで辛さを見せつけ、本来の僕を受け入れてもらう必要なんて。
でも……。
でも僕は……!
くらえ、『帽子の長さを変える能力』!
僕は突然に閃き、少女の尋常じゃない長さの帽子をさらに長くさせた。
天井を突き抜けるんじゃないかとばかりに長くなった帽子は当然のごとく天井にぶつかって折れ曲がり、少女の頭から落ちる。
落ちた拍子にコック帽は僕が煮込まれた鍋にまで手が届き、コトりと鍋蓋を揺らした。
少女の金髪もふわりと舞う。
「あれ? どうして帽子が……」
少女は足を止めて振り返る。
帽子を拾った。
そしてずれた鍋蓋から立ち込める匂いに気づき、僕のもとまで歩み寄った。
「カレーの匂いが突然変わったような? 何故でしょう」
ついに少女は蓋を取った。
本来の辛さを取り戻した僕と対面し、もう一度、味見する。
僕にとっての運命の瞬間だ。
カレーは辛いんだと教えるための少女へ向けた想いだ。
「……えっ!? 辛い!」
その驚きは初めて彼女と会ったとき、僕が躊躇なく激辛にして食べさせたときと同じ反応だった。そのとき、予感がした。僕はこのまま捨てられるという予感だ。
僕は目をぎゅっと瞑った。
目なんてないから瞑れないけど、瞑るような感じで少女から目を背いた。
きっとこんな辛い僕は受け入れられない——。
「意外と辛いのも悪くないですね」
え?! 今、なんて……!
「ふーむ、辛いカレーですか。王様に少し相談してみますかね」
そういって少女は鍋蓋を閉じた。
僕を……辛い僕を受け入れた。
カレーが本来辛いものなんだという僕の信条を……受け入れてもらえた。
僕はわんわん泣いた。
泣いて泣いて、泣きまくった。
僕は無理をした。
世界を救う大義のために自分を押し殺していた。
でも本来の
辛味が嫌いという設定だったのにも関わらずだ!
翌日、陛下の前に辛さを加えたカレーが出された。
すっかり甘口カレーの虜になっていた国王陛下も、興味津々で辛い僕を眺めている。そして
「辛いな!? ——だが、それがいい」
や、やった!
「そうですか〜。カレーを辛くして食べるのもありかもしれませんね?」
「そうだな。今後辛いカレーと甘いカレーの二種類を用意してくれ」
「畏まりました!」
こうして本当の僕も受け入れてもらえた。
世界には辛口カレーと甘口カレーの二つが出現した。甘いだけでなく、辛くもできるカレーを人々はもっともっと親しみを込めて食べるようになった。
辛さが出たことによって食後にデザートを食べる習慣もついた。
「良かったですね」
「女神様……僕は、僕は救われました……甘口しかないカレーの世界は只々つらかった。つらたんでした。でも今は辛口も受け入れられました……本当にありがぞうごじゃいまじゅ」
涙でグジャグジャになった僕は言葉もうまく喋れない。
「ふふ。いいえ、違いますよ。
「え……どういうことですか」
「貴方はカレー好きですが、本来のカレーは辛いと主張して、前世でも孤立していましたね。でもそれでは誰も
「そ、そうだった……そうだったのか……」
本当の僕は辛い。
でも、その辛さを受け入れてもらうためには、まず相手を受け入れなければならなかったんだ。僕はそれを忘れて自分は辛いから辛いものを受け入れろと我を張っていた。
それじゃあ、誰も僕に見向きもしないのは当然だ。
「ありがとう、女神様……僕はカレーに転生できて良かったです」
「何よりです。それでは素晴らしいカレー人生を——」
○
その後、その世界ではカレーはすべての人類に親しまれ続けた。時には争いごとがあってもカレー一つで解決することもあったほどだ。そんな世界を作った一人の男の存在を誰も知らない。
しかし、男は
皆の笑顔は彼自身も救い続けるだろう。
(完)
咖喱転生 ~本当の僕は辛い~ 胡麻かるび @karub128
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