第3話 辛い物は受け入れられない
少女が鍋でカレーを造り始めた。
金髪碧眼の美少女だ。
コックさんが着るようなエプロンに長い長い帽子を被っている。
ちっ、あのコック帽のせいで人類は滅亡したんだ。
忌々しい。これでも喰らえ!
『帽子の長さを変える能力』発動!
すると、美少女が被る帽子がみょみょみょみょーんと縮んで、僕がいた世界で料理人が被ってた帽子と同じくらいの長さになった。
やっぱりアレが普通だ。
一体どんな帽子感覚してやがるんだ、この異世界住人は。
パリコレもびっくりだぜ
まぁ何はともあれ、これで埃をかぶることもない。
「さて、異国から手に入れた新しいスパイスで鍋を創ってみたのはいいのだけど……これ、王宮の皆さんは満足して頂けますかね〜……」
少女は鼻歌を口遊みながら煮込み作業に移っていた。どうやらこの金髪碧眼の美少女は宮廷料理人か何からしい。
そしてしばらく僕を煮込み、少し掬い取る。
よし、ようやく口に入れてくれるぞ。
「あーん」
パクリと僕の一部は少女の口の中に入り、舌で捏ね繰り回されて味見された。
よし、今だ。
今こそカレーの良さを伝えるチャンスだ。
うぉぉ、『味覚マイスター』!
「うぇ!? 辛い!」
少女はあまりの辛さに悶絶している。
どうだ、これがカレーの辛さだ。
ふふ、カレーが何で美味いか知ってるかな?
カレーの具材には多分にトリプトファンが含まれている。牛肉とかジャガイモとか、オリジナルでキノコ、豆、卵とか、まぁカレーは何でも入れられるから栄養豊富になるのさ。そしてカレー自体もビタミンが豊富に含まれているから結果的に体内でトリプトファンがセロトニンに変換されやすくなる。セロトニンは神経伝達物質で緊張や焦燥、不安感などの気分に関与しているから、うつっぽい人はカレーを食べると気分が楽になれる。そう、幸せな気分になれる魔法の食べ物なんだ。だからカレーは美味い。やみつきになる。ハマる。世界を救う。ふふ、ふふふふふ——。
なんて言うのは、根 拠 の な い デ マ だ!
確証のない仮説さ。
いくらブサメンニートの僕でもカレーに関する情報では踊らされないぞ。理屈は通っても根拠のある論文もない。
まぁ何だっていいけどね。
カレーはとにかく美味いんだ。
だから食べて幸せになる。
理屈なんて知るか。
この辛さを伝えてやることがカレーの良さを知るきっかけになるはずなんだ。
「なんですか、これ……こんな辛い食べ物、王様にお出しできません。処分しましょう」
え、ちょっとちょっと!
「ではジャジャーっと……」
少女は鍋の中身を流しに捨ててしまい、そのまま排水路に流されて僕は短いカレー人生を終えた。
それから少女は異国のスパイスを活用する事もなく、王国が異国との戦争に勝利し、カレー粉の素になるはずだったスパイスは生産されなくなった。
カレー文化は衰退した。
そして世界にカレーが存在しないまま時代が進んでいく。
数千年後、カレーの存在しない世界の人類は僻みあい、争い合った。
僕がいた世界ではカレーと言えば全国のお母さんにとって利便性高い夕飯メニューとして評判が高く、一晩寝かせて食べれば美味しさ倍増というチート料理だったというのに、それが世間に知れ渡ることもなく、全国の主婦は疲弊し、夫婦仲が崩れ、家庭崩壊する家族が増え、人類はいがみ合い、戦争を繰り返し、食糧難となり、カレーで笑顔を取り戻すこともなく、飢えに苦しんだ。
最終的に人類は滅亡した。
○
「またですか……」
「さーせん」
また再三に渡る呼び出しを喰らい、僕は転生前の女神の玉座に現れた。
「今回もたったの5分ですよ!」
「善処しました」
「どこが善処ですか! いいですか、カレーを広めるためには味を変える工夫が必要です。ただ辛いだけでは親しまれません! そのせいであの世界の人類は滅亡するのです! 貴方はカレーを普及する事だけを考えてください」
そんな事言われてもカレーの良さは辛さにあるんだ。
「なんでそんな嫌そうな顔するんですか。貴方のいた日本でもカレーは甘口が親しまれてたでしょう」
「甘口は邪道です」
「いいえ、邪道ではありません! スーパーの陳列棚にあるカレールーを見れば一目瞭然です。カレールーは甘口か中辛ばかりが売れて、辛口はあまり回転率も良くなくてスーパーの店長も頭を抱えてますっ」
「そんなスーパーの事情知りませんよ」
「とにかく甘口路線で攻めてください! いいですね!」
もう女神様がやってくださいよって話だ。
僕はカレーをこよなく愛するナイスガイだが、カレーの甘口に関しては邪道だと思ってるくらいだ。何なら全世界のカレーの辛さを25辛ットにしてやりたいくらいだ。
女神様は苛々しながらまた僕を世界へ送り込み、転生させた。
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