第2話 宮廷料理人のコック帽は長い

 っていうテンプレで僕もついに転生します。

 ようやく僕の出番か。

 ついに内なる邪竜が目覚める時がきた。


「おお、??屋よ。汝を導いたのはこの私です」

「女神様ですか。ブサメンニートを呼び出してくれてあざますー」


 真っ暗な空間で神々しく光とともに舞い降りたのは純白の衣装に身を包んだ女神様だった。


「これから貴方を転生させます」

「わかりました。魔王退治ですか? それとも勇者狩りですか? あるいは無目的なセカンドライフ満喫パターンですか?」

「最近の転生者は飲み込みが早いですね……」


 女神も困惑していた。

 テンプレだって言ってんでしょうが。


「実はあなたを呼び出した理由は他でもない、貴方が類を見ないほどのカレー好きだからです」

「はい、カレーは大好きです」

「なので、貴方は来世でカレーになります」

「はい、わかりました。カレーに……え? カレー?」

「はい」

「カレーになるんですか?」

「そうです」


 すぐ食われて終わるじゃないですか。


「勘違いなさらないでくださいね。カレーといっても貴方が転生するのは"カレー"という概念・・です」

「概念ですか」

「はい、つまりカレーという存在そのものになり、世界中のカレーと一心同体になります」

「マジですか」

「マジです」


 え、最高じゃん。

 ??谷 華麗 26歳。

 念願のカレーに転生するでござるの巻。


「なんでカレーなんですか?」

「実は……」


 女神は深く溜め息をつき、僕をカレーに転生させる理由について語り出した。


「貴方がこれから転生する世界では初めて"カレー"の概念が誕生します。しかし、その鍵を握る少女は辛味は苦手で、このままではカレー文化が退廃した世界になります。カレーが誕生しなかった世界では将来的にもカレー粉が完成せず、活用できたはずの資源が一つ消え去ります。その結果、最終的に人類は食糧難で滅亡する運命が待っています」

「ええっ、カレーで人類が滅亡!?」

「はい。そういう世界なので」


 カレーが存在しない世界なんてそんな地獄絵図インフェルノ……味わいたくない。ネタ要素満載の転生のわりに意外と事態は深刻だった。


「貴方の使命は転生先の世界でカレーを普及させることです! そのためにカレーの良さをその少女に分かってもらってください」

「ちょ、ちょちょちょ、ちょ、まっ、ちょまちょまちょま」


 焦って引き留める。

 そんな事は出来るわけがなかろう。


「何でしょう?」

「僕自身がカレーになって何が出来るんですか? 調理するのは人類ですよね? 僕は手も足も出ないじゃないですか」

「私は女神ですから貴方にチート能力を授けます」

「女神様もチートなんて言葉使うんですね」

「その方が分かり易いでしょう?」

「ええ、まあ」


 女神も飲み込みが速かった!


「貴方には『味覚マイスター』の異能をプレゼントします」

「味覚マイスター?」

「カレーの味を自在に変えることができます」

「ちょっと待てや!」

「はい?」


 女神にとぼけた顔で見返される。


「カレーの味を変えてしまったら本当のカレーの良さが伝わらないじゃないですか」

「しかし、これは人類存続をかけた戦いなのです。味に拘る必要はありません。とにかくあなたは鍵となる少女に振り向いてもらえるようなカレーの味を創ってください」


 な、なんだって……。

 振り向いてもらえるような味だと?

 カレーは本来辛いんだ。

 辛いから良いんだよ!

 この女神なにも分かってねぇ!


「それじゃあ頑張ってください。世界の命運はあなたの手に!」


 言いながら、女神は来たときと同じように神々しい光に包まれて昇天していった。

 僕にもその直後に眩い光が降り注いだ。

 新しい人生が始まる感がすごい。



     ○



 そして僕はカレーに転生した。

 カレーだ。

 ぐつぐつぐつぐつと鍋で煮込まれているようだ。

 目の前には少女がいた。

 金髪碧眼の美少女だ。

 なんかコックさんが着るようなエプロンと縦に長い帽子をかぶっていた。

 その帽子はメチャクチャ縦に長い。

 天井につきそうなほど長い。


 いや、天井に着いている。

 天井を擦るほどの長い帽子だ。

 少女がふんふんと鼻歌を口遊んでリズムを取る度に帽子が上下して、擦られた天井から埃がパラパラと落ちてきやがる。

 くそ、これじゃ世界初のカレーが台無しじゃねぇか!


「さて、異国から手に入れた新しいスパイスで鍋を創ってみたのはいいのだけど……これ、王宮の皆さんは満足して頂けますかね〜……」


 いや、それ以前にまず帽子を何とかしろ。

 埃が鍋に入りまくって僕もなんだかムズムズしてきたぞ。

 あ、ダメだこれ。

 は、は、は、ハクショォォォイ!!


 僕は盛大にクシャミした。

 いや、人間じゃないからクシャミなんか出来ないけど、クシャミっぽい反動が起こった。

 そしたら鍋がボカンと爆発した。


「ひぇ!?」


 金髪美少女は驚いて目を瞬かせた。


「し、失敗ですね……アハハ……処分しましょう」


 え……。

 ちょっと待てや、お前。

 まだ食べてもいないじゃないか!

 僕を食べてくれよ!

 世界初のカレーだよっ!


「ではジャジャーっと……」


 少女は鍋の中身を流しに捨ててしまい、そのまま排水路に流されて僕は短いカレー人生を終えた。

 それから少女は異国のスパイスを様々活用するべくしてキッチンで創作料理に勤しんだものの、結局カレーのカの字も理解することなく、数年の時が流れた。

 世界にカレーが存在しないまま時代が進んでいく。


 数千年後、カレーの存在しない世界の人類は僻みあい、争い合い、僕がいた世界ではノスタルジーの代表格ともされた「日暮れと夕食支度中の田舎のカレーの匂い」なんていう情景も思い浮かべることなく、冷静さを欠き、戦争を繰り返し、食糧難となり、非常食としてのカレーも存在しないためにすぐに他の食材も枯渇し、飢えに苦しんだ。

 最終的に人類は滅亡した。



     ○



「失敗ですか……」

「はい」

「もう少し努力してくださいよ!」


 女神に再度呼び出されて叱咤される。


「世界に誕生してたったの2分ですよ!? たったの2分で死ぬなんてどんなRTAですか!? どの異世界転生モノも最低でも主人公が窮地に陥るのは3歳から5歳の幼少期が相場でしょう!」

「そう言われても、口にされなかったら味覚マイスターの異能を活用するタイミングもないですしね。無理ゲーでした」


 ブサメンには過ぎた力だった。

 女神様は深い深い溜め息をついて僕に向き直った。


「仕方ありませんね……貴方にはもう一つチート能力を授けます」

「何をくれるんですか?」

「帽子の長さを変幻自在に変える能力です」

「それ一回しか活用の場面ないですよね!?」


 僕のツッコミも無視されて女神様は天に祈るように手を絡みあわせた。それから光が降り注ぎ、僕に祝福めいた何かの光演出が施される。

 ついに僕は『帽子の長さを変える力』を手に入れた。


「じゃあ今度こそお願いしますよっ」

「わかりました。頑張ります」

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