咖喱転生 ~本当の僕は辛い~
胡麻かるび
第1話 カレー転生
僕の名前は
カレーをこよなく愛するブサメンニートのナイスガイ(26)だ。
僕は毎日カレーを食べて生き抜いた。
26年、年中無休でカレーだ。
代々、我が家はカレーしか食べてはいけないという家訓があるからね。だから僕の両親もカレーしか食べないし、カレー以外のものを食べると死んじゃうかもしれない。
——いや、実のところ、そんな家訓はない。
ふふっ、ちょっと騙されちゃったかな?
でも家訓を後世に残したいと思うほど、僕はカレーが好きだ。
カレーの素晴らしさを後世に伝えていくために、このブサメンと一世一代の大仕事を果たしてくれるカレー好きの嫁が何処かから転がり込んでこないかね。
なんて、そんなうまい話はないか。
ははっ。
「イラッシャイマセー。1名様デスネー」
そんな事を考えながら今日も行きつけのカレー家へランチに来た。
ブサメンニートの僕は平日の昼間にも関わらず、インド人らしき人物が経営してる店でのんびりランチ(ソロプレイ)さ。
奥のテーブルを囲ってる奥様たちも僕のご来店に驚いてる。
——あらやだ、あの子もしかしてニート?
——やぁねぇ、親の脛かじって平日の真っ昼間からカレー?
なんて幻聴が聴こえてくるぜ。
そりゃそうだろうね。
僕はこう見えて26だ。
普通ならバリバリの社畜。
フレッシュさでは先輩に負けませんとか
奇異の目も向けるだろうさ。
そんな奥様方を後目にインド人らしき男に接客をかけられる。
「オ客サーン、今日はドウシマスカ?」
「今日はマトン!」
「ハーイ、マトンデー。辛サハ?」
辛さ?
おいおい、それを常連の僕に聞くなんて野暮ってもんじゃないか。辛さなんて最強の15辛に決まってんだろうが。
「最強の辛さをください」
「サイキョー? ウチは裏メニューで25辛ットがアリマース」
「25辛ット? ダイヤモンドかよ。じゃあそれで」
「ワカリマシータ。ナンおかわり自由デスカラネー」
ナンは最低3枚はいくぜ。
最低3枚だ。
最高で7枚食べたことがある。
あのインドカレー屋で出てくる特大ナンを3枚だぜ?
その時はどれだけルーを節約してナンを食べたと思ってやがるんだ。
もはやカレーを食べに来たというよりもナンをどれだけおかわりできるかに挑戦しにきたみたいな空気になって、僕も引くに引けなかったからその時の記憶はしっかり覚えている。
もう一度言うが、最高記録は7枚だ。
おかわりで次々出てくるナンをいかに素早く千切っていたかって所も採点して欲しいくらいだね。
ニートの僕でもナンの千切り方なら誰にも負けないのさ。口にちょっと収まりきらないけど頑張れば口に収まって頬張れるくらいの丁度いいサイズにナンをちぎることが出来るんだ……!
あの熱々のナンをな!
それが僕の異能力。
熱々のナンでもすぐに千切れる異能力だ。
勇者の力はこの手に宿っている。
くっ、鎮まれ、俺の中の邪竜!
「オ待タセシマシター」
きたー!
マトンカレー、キマシタワー!
マトンは臭みがある肉だ。でもカレーはそんな臭みも掻き消して、マトンのジューシーさだけを浮かび上がらせる魔法のスパイス。
カレーは凄い、本当に偉大。
ご家庭の味とか言うじゃん。
誰かのうちではカレーの具材にチクワが入ってるかもしれない。もしかしたら餃子とか。あるいはメンマとか。
それを痛烈に批判する連中が僕には信じられない……!
もう何でもいいのよ。
この千差万別、変幻自在っぷりがカレーの凄さなんだから!
いただきまーす!
ナンをちぎっては食い、ちぎっては食い……んっ!?
辛っれぇぇえ!
これが裏メニュー25辛ットの辛さ!
これまで食べたことない劇的な辛さが僕を襲う。
食べてる最中に舌の霊圧が消えたくらいだ。
た、たまらん。やみつきになる。
うへへ、うへへへへ。
「ママー、僕、一番甘口がいい」
「そうね、僕ちゃんには甘口がちょうどいいわね」
どうやらカレーに夢中になっているうちに親子一組の客が隣の席にきていたようだ。若いママさんに、子どもは3歳〜7歳未満の年齢不詳のショタだ。
「聞き捨てなりませんね」
僕はその親子に突然話しかけてしまった。
25辛ットでハイになってたせいもある。
「奥さん、そりゃあかんですよ」
「え、なんですか?」
「カレーは本当は辛いんです! 辛いカレーじゃないとカレーじゃないんですよ!」
「な、何なの、この人!?」
突然の絡みを捌ききれないママさんは、少し腰を浮かせて逃げの姿勢を取った。
「ママー、この人怖いよー」
「そ、そうね。席を変えましょう」
年齢不詳ショタを引っ張って別テーブルにいこうとしている。
僕はそれを手で制した。
辛い……そう、カレーは辛いんだよ。
この辛さがたまらないんだよ!
カレーを甘口で食うなんて許さねぇ!
僕の目が黒いうちはな!
そして僕は素早くナンを千切り——このショタの頬の大きさ、膨れ具合、耐熱量を目測で計測しつつ、ショタにとって適切な、その実テキトーなナンの大きさを見極めながら千切り、25辛ットのマトンカレーを掬った。
「カレーは辛いんだよ! これでも喰らえェェ!」
「あびゃぁあああ!?」
年齢不詳ショタの口に25辛ットをぶち込む。
僕の舌の霊圧をも掻き消すほどのカレーだ。
ショタボーイもあまりの刺激にすぐに
「ちょっと、うちの子になんてことするんですか!」
「ん!? ママ、このカレー美味しいよっ」
「え……ほ、本当?」
「うん!」
ショタボーイは俺がぶち込んだナンカレー(25辛ット)を頬張って満面の笑みを浮かべた。目も逆三日月型になって何かに憑りつかれたようにカレーを堪能している。
そうか、気づいてくれたか。
カレーの良さに。
「オジちゃんありがとうっ! 僕もこれ食べたい!」
「おじちゃんじゃないが、カレーの良さを分かってくれて嬉しいよ」
「僕ちゃん、本当に大丈夫なの?」
「うん!」
「そ、そう……なんだかよく分からないけど、ありがとうございました」
そうして親子二人揃ってマトンカレー(25辛ット)を食べ、まんまと洗脳されてくれた。
気持ちがいい。
なんて気分が良いんだ。
カレーの良さに気づいてくれる人が増えるって幸せだ!
その後、親子二人と雑談しながらおニートの僕もソロプレイヤー脱却に至れた。
帰り際——。
「僕ちゃん、おじちゃんにバイバイは?」
「バイバイ、カレーおじちゃん。今日はカレーの美味しさを教えてくれてありがとう」
「うむ、日々精進するのじゃぞ。おじちゃんじゃないけど」
これからこのショタが歩むカレー道が目に浮かんだ。
僕は今宵、ひっそりと枕を涙で濡らすことだろう。
感動的な親子との遭遇だった。
店を出て道路を渡ろうとする親子に手を振り、そんな感傷に耽る。
——と、そのときだった。
一台のトラックがその親子のもとへ突っ込んできた。
運転手も慌ててブレーキを踏んでるようだが間に合わない。
僕はそのとき思った。
せっかくカレーの良さを伝えた子が、未来のカレー道を託したショタが、無惨に死ぬなんて事があってたまるか!
「うぉぉぉぉぉ!」
僕はその親子二人を突き飛ばして代わりにトラックに撥ねられた。
死んだ。
雁屋 華麗 26歳、カレーのために華麗に死亡。
こんなクッソさむいギャグを言わされるために死んだ感ある。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます