episode4
私の名前は
もとより、私は生まれつきの低体温症を患っていた。風邪ばかり引くし、体調がいい日の方が珍しかった。運動はてんでだめ。勉強から始めた人生もうまくいかなかった。
病院で教科書とは関係ない本とテレビばかりの毎日……。迫りくる明言されてないだけの余命を惰性に任せて生きる。
それが私の生活、人生だった。
いつも入退院を繰り返したていた。それでも学校にはできるだけ顔を出した。でも、友達なんていなかった。作れるはずもなかった。
もう、私のとっくに心と体は普通の学校生活は送れる状態ではなかったのだ。
あるいは心配した目なのだろうか、いずれにしてもとても嫌だった。私はみんなから距離を置いていた。まるで無理な気遣いが私の周りを渦巻いるようだった。それが嫌で、自分でまた壁を作って自衛する。そんな毎日だった。
結局、どんなにもがいても排他的な生活をあと少し生きて私は死ぬ。ただそれだけの人生だと思っていた。
そんな高3の夏に、この少年・海琴に会った。海琴はとっても明るいのに面白いくらいに人付き合いが苦手。相手を親切にしないといけないと空回りする不器用。
でも彼のひたむきに明るい性格が私を変えてしまった。
その夏に海に連れられた。お互い金槌のくせに。私がずっとうるさくてしょうがなかった、忌避していた夏の海に。海琴も熱いの嫌いなくせに。そこで水遊び。大の高校生のくせに。やっと私は人前で笑顔になれた。
やっと雪が溶け始めた。やっと春が来たんだって、キンキンに冷えたスイカを口にした瞬間に感じた。でもその後日焼けで肌荒れがひどかったし、そのあと疲労で入院しちゃったけど海琴も毎日会いにいてくれた。
冬にはプレゼントされたマフラーに身につけて街灯のイルミネーション。そこでまた綺麗だねって二人で言い合った。時々、足がもつれて頭を打って私が入院したり、海琴が突然の腰痛に倒れりしたけど色々なことが続いた。
ずっと面白い毎日。恋人のような毎日を彩り彩りあう二人。
こんな人生が一生続いてなんて言わない。だって、私がこの体のせいで先立っちゃうから。先に海琴にごめんねを言っちゃうから。
でも、こんなにも早くに、こんな形で「ごめんね」っていうことになるなんて、思ってもいなかった。
大きな揺れとともに、倒れていく大切なもの。揺れ続け、風邪をひいていた私は地震の惨禍に飲み込まれていった。
そう……。
高3の冬に『南海トラフ』が起きたのだ。
私の周りで言えば、クラスのみんなや家族はみんな逃げれた。けど私だけが津波に飲み込まれていった。
津波は冷たかった。
一人だった周りの空気以上に、とてつもなく冷たかった。
何より、彼の心までも飲み込んでいってしまったから。
私は神が嫌いだ。
いるなら守ってよ……。なんで、どうして、私と多くの人を巻き込んだの?
それと同じように私自身も嫌いだ。
最愛の人にこれ以上にない深い傷を負わしてしまったから。
今の海琴にあの頃の面影はない。
写真に写っていた、ちょこっとやんちゃな性格が黒髪から現れる高校生の姿はもう死んだのだ。
みんな、すべて、ぜんぶ……、津波が、もっていったのだ。
焚き火の音が激しくなった。寒いといえるような乾ききった突風だ。海琴の髪が乱れた。呆然としていた彼の目を直視した。あの頃となんの遜色もない瞳に霊となった私が映る。
その存在に気づいたのか、どうなのか。笑顔で手を握り返し、私を包み込む。砂浜には誰かの雫が落ちていた……。
「朔良……。ありがとうな……。こんな俺を好いてくれて……。」
これが、私の初恋でした……。
私の体を抱きしめる海琴。私も幽霊だということも忘れて、海琴の暖かさを感じる。胸元の鼓動がよく聞こえる。それは少し速くなって、それでも大きくて、いつの日に聞いた音で、心が落ち着く。
心地よくて、懐かしくて、ずっと、ずっとこのままでいたい。もう、一人じゃないんだって。もう、泳がなくてもいいんだって。
ここが、私の居場所だって、やっと分かった……。
やっと、やっと、分かったから。
とっくの前から、死ぬ前から、ずっと、ずっと私は海琴の告白を待っていたのだ……。
やっと、分かったんだ……。
でも、私は幽霊だ。この世界、現世に満足してしまう、どうあがいても成仏してしまう。体が消えてしまう。
——嫌だ……。
ずっと、ずっとこのままでいたいのに……。
——嫌だ、嫌だよ……。
まだ、まだ思いを伝えていないのに……、なんで……。
私はまた、神様が嫌いになった。いるはずもない、無慈悲な神様が……。
届けたいこの想い。もどかしい感情を、何て伝えようか……。
「海琴が好き」って、どうやって伝えようか。
いつか、彼が私の分まで生きてから、一緒に名前を付けよう。
いつかの夏へ接ぎ木を……。
FIn.
いつかの夏へ接ぎ木を……。 鈴イレ @incompetence
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