episode3
都市道路からまた少し車を動かす。都市道路を抜けると海に臨海した道に出る。その途中、少し通り雨に襲われたが何事もなかったかのように大学生は車を進める。少しすると『
霊峰・岸名山。高知に生きていたはがない私も知ってる霊峰だ。神の力によって死者と話すことができるという噂がある。これも入院時代の読書知識だ。
でもまあ、所詮は噂だ。
でも確かなことは、みんなが狂ったように信じている神はそこにはいない。
だって、もし神がいたなら、あんな大地震を引き起こすなんて、思わないでしょ?
もう日が落ちた時間。紫の空にひこうき雲が一つ。星々はまだ寝起きのようでぼやけて、月だけがキッチリ役をこなしている。そんな時間になって彼はやっと車を止めた。
ため息を一つついて外に出る。少しだけ涼しくなった空気。近くの看板には『岸名山キャンプ場』と書かれていた。
木々に囲まれた空間。黒い荷台をまるで銃火器の様に背負ってこじんまりとしたログハウスに入る。入り口の横に『受付だよ』と書かれた木の板がかわいらしい。
天井に照明がぶら下がっているなんだか真新しいログハウス。受付のおばあさんがゆっくりとした声で「いらっしゃい……」と細い目を少し開けていった。
「こんばんは。予約していた
対照的にはきはきした声で微笑しているおばあさんにそう伝える。「久しぶりねぇ」なんてゆっくりとした口調で懐かしんでいる。桐沢は電話番号や名前を書きに筆を執る。
「帰省は終わったかい?」
ゆっくりとした声でそう桐沢に聞く。「はい、昨日戻ってきたところです。」と答えると「そんで、今度は彼女さんの件かい?」と聞かれると桐沢は筆を止めた。
「そうですね、今度はさくらに会いに来ました」
気恥ずかしそうな声で答えるとおばあさんは大きくうなづいた。
「私もあの大地震でみな家族失ってね。みなに会うためにこの山にキャンプ場をつくったのさ。さ、楽しんでおくれ……」
そういうとおばあさんはかなりの数の薪を渡して裏に引っ込んでしまった。奥からは楽しそうに笑っていたおばあさんの声がしていた。
それは『久しぶりねぇ』という声と『お帰り』という優しい響き。『ただいま』の泣きじゃくった歓喜の声が私には聞こえていた……。
受付を澄ませると大きな草原に出た。山に面しているのに回れ左すればなんと太平洋まで見える。そんなパンとご飯が一緒に出た食卓みたいに1人の大学生はため息を大きくついた。
大学生こと桐沢は荷物からテントを取り出して組み立てる。受付からもらった薪を焚火用の台に置いた。ライターで火をつけると小さな火の粉が回っ少しすると大きく燃え始める。
桐沢は少し伸びをする。腕を組んで上に伸ばす。息を吸って、ため息のように吐く。少し生暖かい風が吹いてきた。体を震わして、くしゃみを一つ。鼻をすする音交じりに、こうつぶやいた。
「バカみたいな話だな。今年も、
低い声に私は耳を疑った。ログハウスでも聞いたその名前。「さくら」という名前に感じる何かがある。
——そういえば、私って、なんて名前だっけ?
はるか遠くから妙にうずめく波の音、山鳥のさざめきが何とも言えないBGMになり、横に後ろにコオロギたちの大合唱。夕日が沈み切り、すでに焚火と月のみがかすかな光源をなしている状況に桐沢はけだるそうにあくびをした。
波はいつも一定に打ち上げる。押し寄せて引いていく波も一方的に吹き荒れる風も煽られ揺らめく焚火も、すべてが哀愁に包まれる。虚しき鈴虫どもが奏でる音によってごまかしているがこの草原に笑顔なんてあるはずもない。不発した花火大会を見ているように音もなく、消えた太陽。ついに夏の
桐沢がスマホを開くとメールが一通。ピローン、という音が静寂の邪魔をし、桐沢ははスマホをとる。スマホの光に照らされた彼の顔。眉を少しひそめた、でも、しょうがないなって言ってそうな顔。そのスマホを覗いてみると……。
『
そう
そういえば、車で聞いた曲も自作なのだろうか。とても痛烈な歌詞だった。まるで大地震の時に彼女をうしなったような。そんな曲風がした。
『りょ。』
そうメールを打ち返し、スマホをポケットにしまう。大学生こと桐沢こと海琴は少し膨れ上がっていた。でもそのかすかな怒りの中に満面の笑みが隠れているようだった。
薪のパチパチという音、凛凛と鳴り響く虫の音。周りには誰もいない、私という幽霊と海琴を除いて。
ほかの家族はみんな裸踊りで凱旋し、ほかの幽霊は流されるようにその場所で見守り続ける。まるで二人はぐれ者のようだ。
薪を一つ突っ込んで彼は口を開く。
「そこにいるんだろ? 俺は霊感が強いんだ。」
——え? ばれてる?
どうして、幽霊の私に気づいているのか……。 私はもうかけないはずの冷や汗をかいた。
海琴はまた日に薪をつっこむ。ずっと、私のいる場所を見つめている。白色のワンピースを着た焦げ茶色のショートヘア。前髪はそろえて切った少女。
「なあ、返事をしてくれよ。
朔良という人は先の写真で見た少女のことだろうか。焦げ茶色のショートヘアーに前髪そろえて切った感じのやんちゃそうな少女。目も同色で少し大きめで、やんちゃそうな、でも内面はおとなしそうな、そんな印象を受ける少女のことだろう。
——そう、私だ。
今まで覚えていたのは病院の風景と名前と比べればどうでもいいはずの日常風景。体が弱くて、人見知りで。そして、もう死んだことくらいしかわかっていなかった。無論、親も友達も全く、本当にどうでもいいことばかりばっか覚えていて……。
私はずっと一人でいた。だれかについて行ってもあてもなくただ宙に舞っていた。
ただただ、私が恋した人をずっと探していた。
私の前で海琴は星空に手を伸ばした。
「今日は告白に来たんだ。なんで今日かって、春先の地震さえなければ今日じゃなかったさ。だから俺とここにいる朔良にだけ思いを伝える。」
「俺はお前が好きなんだ。」
強い意志をした目が焚き火に照れされる。私は小走りに海琴の手を握る。カラの手はとっても大きくて、とっても暖かくて、とっても懐かしくて……。両手で握らないとあふれてしまうような手。ところどころ硬くなっているのは音楽家として頑張っている証拠だろうか。
彼の手を握ると大きな風が吹く。愛をこめた南風。まるで、すべてを思い出させるように……。
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