3 なんだかんだで恋バナは楽しい




「なんで隠すの? 普通に、『あ、知り合いだったんだー』みたいな感じでよくなかった?」


「…………」


 夕方――自宅にて。クラスの女子たちに遊びに誘われていた友里ともりさんは、帰宅するなりさっそく、さながらご飯をおあずけされていた子犬のような勢いで私のもとにやってきた。なんの話かは察したが、私はすぐには答えかね、しばらく沈黙しながら夕食の支度を続け、


「……気まずいから」


 彼女が聞いているのかどうかも分からない微妙なタイミングで、ぽつりと答えた。


「えー? なんで?」


「……なんでって……」


 友達の彼女と、同じ家に住んでいる。親同士が再婚すると、家族になるかもしれない。いろいろと、ややこしいことになるのではないか?


「いくらでも話す機会あったのでは?」


「…………」


 まったくの正論でぐうの音も出ない。


 こうして一緒に住むことになる前に、彼女が転校してくるまでに、いくらでも来根くるねに打ち明ける機会はあった。お前の彼女、今ウチにいるよ――とかでなくても、普通に「親が再婚することになった」とかから始めて、相手の娘もしかしたらあんたの彼女っぽい、みたいな感じに……。


 ……今さら後悔しても遅いんだけど。


「ていうか、なんで気まずいの?」


「それは……ほら、だって……友里さんは――お姉さん、は」


 視線に圧を感じ、言い直す。幸い、母はまだ帰ってきてないので、二人きりだ。


「来根と、付き合ってるわけで。……だよね?」


 これまではっきり確認したことはなかったが、この際なのでいちおう聞いておく。


「ふむふむ。まあ、言わんとしていることは分かるけどもね? でもそれって、『すごい偶然だね!』くらいで済む話では?」


「…………」


 済むかなあ……。


「まあ、ありがちなシチュエーションだよね。クラスメイトの美少女と家族になった、的なのって」


 さすがに来根の彼女だけあって、その手の話題も通じるか。


「しかも、それが友達の彼女。これが主人公男の子で、その友達も男の子なら、友達の『彼女』と同居してるっていうのは、確かにあれですなぁ……。いーちゃんはそういう風にこの状況を捉えているわけだね?」


 そうそう、理解が得られたようで何より。


「でもね、現実はこう。登場人物はみんな女の子なのである。……さて、ここで問題です。……気まずい要素はありますか?」


「……女の子だから問題があるんです」


「ほほう、それはなぜ?」


 自分の胸に聞けよ。


「ここで私の立場がアユちゃんの『彼氏』であれば、まだ分かりやすいんだけれども。それならアユちゃんはやきもち、いーちゃんは気まずい。友情に亀裂、自然な流れ。でも私は女の子で、彼女」


「……だからぁ――」


 お二人、付き合ってる訳じゃない? 来根にとって女の子は恋愛対象。だったら、自分の彼女が他の女(私)と同居しているというこのシチュエーションは、あなたが『彼氏』だった場合となんら大差ない訳ですよ!


 ……と、心の中で喚き散らし、それをにらみを利かして訴える。


「つまり?」


「は……?」


「アユちゃんがやきもちを焼くかもしれないのは、分かる。でも、いーちゃんは?」


「……気まずい」


「なぜ?」


「なぜって――」


「別に、どんと構えていればいいのでは? いーちゃんは別に、わたしのことをなんとも思ってない、訳でしょ? ……それとも何かな? 私のことを意識しているとか、そういうことなのかなぁ?」


「はあ……? してないし!」


 してないんだけど――確かにそれなら問題ない気もするんだけど――いや、ここで肝心なのは、事実を知った来根がどう思うかであって、それを考えると私は気まずいという話で――


「じゃあ、どうするの?」


「……どう、って?」


「このまま隠し続ける? だけど、アユちゃんが私の家に遊びに来たいって言いだしたら? それ以前に、いーちゃんの家に来ちゃうかもしれないよ? アユちゃんじゃなくても、他の子が来て、そこから知られちゃったら?」


「それは……」


 私の方はなんとかごまかせるけど――さすがにそれが続くのも不審だろう。

 今日の友里さんの人気っぷり、それからコミュニケーション能力の高さを見るに、クラスメイトたちともすぐに打ち解け、中には家に遊びに、なんていうくらいの距離まで近づく子だって、いないとも限らない――


「もっと進んだ話をしようか」


「……進んだ……?」


「私とアユちゃんが結婚するとして、」


「ふぇ?」


「アユちゃんが私のご両親にご挨拶を、となったら? 結婚式、披露宴、私の『母親』として出席するのはいーちゃんの母親でもあるんだよ? なにせ私の実母は既に故人なのでね。お二人に面識とかあったらどうするの?」


 ……確かに、来根はウチに来たこともあるし、母とも面識はある……。


「逆に、いーちゃんが結婚するとしよう。親族として私もその場にいます。そして当然、友人としてアユちゃんもそこにいるわけで。はい、エンカウント! ……そういう場面でバレる方がヤバそうじゃない?」


「う……」


「というかむしろ、秘密を隠そうとすればするほど、友達という関係に亀裂が入ることになるのでは? 家に遊びに行っていい? てきかれて、それをずっと断り続けてたら――結婚式に招待しなかったらさすがにあれだよね?」


 考えもしなかった可能性に首を絞められるような気分。だけど、でも、となんとか反論しようとする私に、彼女はさらなる追い打ちをかける。


「それとも何かな? 私とアユちゃんの恋愛なんて、結婚するほど続くとは思ってないと? しょせん高校生だから? それとも同性同士ゆえに? これは差別? 人種差別だ!」


「あ、う……」


 どんどん主語を大きくされ、数の力を前に私は追いつめられる。頭が真っ白になる私に、


「そんなあなたに朗報です」


 くふふ、と彼女は笑って、とんでもない爆弾発言。



「実は我々、付き合ってません」



 …………。


「……は?」


 しばし、思考が止まる。


 ……でも言われてみれば、さっき私がした「付き合ってるんですよね」という趣旨の問いかけに対し、彼女はちゃんと答えを返さなかった。


「じゃあ……?」


「全てはいーちゃんの取り越し苦労の皮算用だった訳ですなぁ」


「…………」


 ドッキリ番組で引っかかる芸能人って、こんな気持ちなんだろうか。


 ……え? どこからが嘘?


「嘘はついてないよね、私」


「いや、でも……」


 ……来根も確かに、はっきりとは明言していない訳で。彼女ができた、というのも、まあ冗談の一環として受け取れるんだけども――はい?


「私の……早とちり……?」


 今日までの私の心労は? 誰が責任とってくれるの?


 というか――知ってて、今の今まで私のことをからかっていたのか、この女……。


「…………」


 怒りたい気持ちも湧かないほど、今は何も考えられない。


 ……とりあえず――ひと安心、してもいいのか?


「でもここで問題です」


「……はい?」


「実は私はブラフなのですが――いーちゃんに『彼女ができた』と伝えて、どう反応するかを窺うためのニセ彼女な訳ですが――」


 ……なんだ? その流れだと、もしかして――


「アユちゃんには別に付き合ってる『彼女』がいるんだなぁ」


「…………」


 あ、そう――それは別に、構わないっていうか、友里さんがそうじゃないっていうなら、今の私には特に困ることはないんだけど――


 それはそれとして。


「……え? それって――」


 わざわざブラフをかけてきたということは、もしかして私も知ってる相手と付き合ってて、誰と付き合ってるかは言えないけど、付き合っていること自体は報告しておきたいとか、そういう……?

 それこそ、理由もなく遊びの誘いを断られるより、今日はデートの予定が、とか言われた方が、なら仕方ないと私も思えるけども――でもわざわざ相手が誰かを隠す必要があるということは――


「まさか、私も知ってる人……? クラスの誰か?」


「お、気になる~? 私も知らないんだけどもー」


「……ちょっと」


 気になる。

 明日から、学校行くのがちょっと楽しみになってきたかも。


 でも――この人の言ってることが、実は嘘だったら? 私を安心させるための嘘というか、二股をかけようとかそういう狙いがあったりして――


 ……人狼、はじまっちゃったか?


「とりあえず、お腹すいたー。続きはご飯を食べながら、」


「……用意してないけど? 自分のぶんしか」


「え」


 ……まあ、冗談だけど。



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友人の彼女と、一つ屋根の下。 人生 @hitoiki

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