2 家族になる必要性とか他人を装う関係性とか




 よくスポーツやってそうとか言われたり、どこどこの運動部に入りませんか、などと声をかけられる。


 なんかそういう見た目、雰囲気をしているらしいが、現実の私はといえば、病弱だし根暗な人間だ。人生がスポーツだというなら、私も立派なスポーツ選手なのかもしれないが。


 母が再婚しようと考えた理由の一つにもそれがあるのかもしれない。

 昔の私はよく体調を崩し学校を休んでいた。そのたび母も付き添うことになり、まあ迷惑をかけてきたと思う。

 さすがに高校生なので昔ほどわずらわせることもないはずだが、やはり心配はあるのだろう。仕事で家を空けているあいだ、留守を預かる「家族」がいれば、とその存在は常々母の頭にはあったはずだ。


 なので、同い年の娘がいる相手というのは何かと都合が良かったに違いない。


 家族は増えても、母の負担は減る。なので、私は再婚に関して特に反対する意思はない。


 ただ、私には個人的に一つ、問題があるのだ。


 その原因はといえば――あれはそうだ、私が単発無料ガチャで運良く引いた最高レアリティのキャラクターのステータス画面とにらめっこしていた時のこと。

 せっかくだから運用していきたいところだが、いまいち使いどころが分からない、そんな扱いに困るユニットについて見ていると、ちょうど友人からのメッセージが届いたのだ。私は誤ってその通知に触れてしまい、メッセージアプリを開いてしまった。


 そこに映っていたのは、写真。

 友人……来根くるね愛有あゆと、見知らぬ金髪少女の顔のアップ。


 友人は知らない三次元の美少女の写真を送りつけてくるような奇特な趣味の持ち主ではないので、たぶんこの人はどこかの界隈の有名人か何かなのだろう、と私は特にリアクションせず、ゲームの方に戻った。


 すると、続けてこんなメッセージが。


『彼女できました』


 ……ふうん。


 やっぱり私はほとんど無反応だった、と思う。それから少し時間を置いてから、何か適当に返事をしたような気もするが、正直よく憶えていない。


 本気か冗談かもよく分からなかったし、学校で会ってもこれといってその話題を広げてくることもなかった。彼氏じゃなくて彼女なんだ、というところも、まあ、あの友人なので、別段なんとも。


 ――ところが、それが思わぬかたちで私を襲うことになる。


 何を隠そう、あの友里ともりひかる――母に連れられて相手の親子とお食事、という場に現れた金髪少女――私は一目見て、あの写真の子だ、と気付いてしまったのだ。


 自分でも驚きだった。どこかで見たことあるような、を通り越して、友人の彼女だということを思い出していたのだから。


 お喋りもそこそこに、トイレに行くと偽ってスマホで写真を確認し――私は確信した。


 それからはもう「どうしよう」で頭がいっぱい――どうしようもこうしようもないまま、友里燿こと『お姉さん』はウチに住むことになり、同じ学校に通うという展開に発展する。

 ちなみにその父親、母の再婚相手の方はといえば、何やら出張とかで、娘の引っ越しを手伝った時に顔を見せたっきりである。親同士のあいだでは何かしら話はついているのだろう。むこうの事情もウチと似たようなものなのかもしれない。私の生活が表立ってすぐに大きく変わるということはなく――水面下で徐々に悪化していくだけであった。


 来根にはここまで一切、『彼女』のことを話していない。


 たぶんウチの『お姉さん』も、私が自分の彼女と知り合いであるとは想像だにしていまい――


 二人が鉢合わせた時、その場に私が居合わせたとしたら――いったい、どうなってしまうのか。


 ……シュラバ? 友情崩壊?


 そんな感じの悪い予感に苛まれて、私はどちらにも何も言えないまま、ついに『お姉さん』の転校初日を迎えてしまったのだった。




 一緒に登校するのを避けるため、その日、私は目覚ましをかけてまで早起きをしたのだが、


「妹が早起きするとき、お姉ちゃんはより早く目を覚ますのだ……ふわぁ」


 あくび混じりなのでまるで説得力がない。目覚ましの音が大きすぎたか。


 それにしても、どうやらこの自称姉にとって、姉とは妹より上に立つものであるという認識らしい。私とは「姉」に対する見解が異なるようだ。姉って、妹に起こされるまで目覚めないものじゃないのか。まあ、これは彼女が姉ではない証明になる。


「……おはようございます」


「うん~……他人行儀。……ところで、もう登校するの? 早くない? 学校大好きか?」


「…………」


「ちょっと待っててね、一緒に行くから。……道分からないし!」


「……この前、ウチの母と行きましたよね」


「一発で覚えられるほどお利口さんじゃないのだなぁ、それが」


 ……まあ見つかってしまっては、仕方ない。あちらの言い分ももっともだし、それに先に私が出てもついてくるはずだし。転校生の扱いは分からないが、早く登校してもすぐ教室に入れる訳ではないだろう。いつも通りぎりぎりで登校しよう。


「外では他人のフリ、お願いします」


「……どうしよっかなぁ……?」


「……お姉さん」


「りょうかーい」


 私はだんだんと「姉」という立場の持つ影響力に支配されつつあった。




 そして、運悪く――その日、私のクラスに転校生がやってきた。


「友里燿です。こう見えて日本人です、よろしくお願いします!」


 父親の再婚相手とその娘の初対面時の反応から何か学びを得たらしい。明るくフレンドリーな挨拶に、クラスメイトたちも色めき立つ。


 こっちを見てにっこりするのをやめてほしいが、ここで私が変な態度をとるのもまた問題。逆に目立ってしまうので、わあ、転校生さん美人ー、かわいいー、みたいな薄ら寒い台詞を口パクでお送りする。


 あとはあちらが私の「お願い」をちゃんと聞いてくれるか、だが――友人にバレたくない一方で、私の心のどこかでは少し、もうなるようになれ、といったような破滅願望みたいな気持ちもくすぶっていたりする。


 しかし私の期待と不安をよそに――お姉さん――友里さんはクラスの女子たちに囲まれ、なかなかこちらのテリトリーにアクセスしてくることはなかった。

 少しすると私の中でもそちらに対する警戒は落ち着き、身近な違和感に気付くことが出来るようになった。


「そわそわ」


 している。友人が。もちろん、声に出して「何かある」感を演出している。私を見たり、あっちを見たり。


 ……どうしたの? と声をかけるべきシチュエーションだしそうしないのも不自然なんだけど――そうすると、どうなるか分かったもんじゃない。地雷があると分かっていて進むべきではないだろう。


 そうやって私が様子見を決め込んでいると、クラスメイトらの歓待の隙を突き、友里さんがこちらに近づいてきた。


 その瞬間、緊張に身を強張らせる私。


 果たして彼女は、


「アユちゃん」


 と――私の友人に声をかけてきたのだった。


 ふう、と密かに胸をなでおろす。でもまだ安心はできない。私はそこまで彼女を信用していない。


 友里さんは来根と親しげに言葉を交わしてから、私の方に興味を示した。まあ、ここまでは自然な流れではある。私と来根はそれくらいには近しい距離にいた。私が傍からもわかるくらいに様子見をしていたのも、こちらに話を振る理由にはなる。でもなんだか契約の裏をつかれたかのようで気分は悪いが。


「いーちゃん」


 と、来根が私に友里さんを紹介する。さすがに周りの視線もある教室の中で「私の彼女です」と公言することはなかったが、「わたしのあれです」とにやにやしていたから、やっぱりそういうことなのだろう。それから、


「こっちは叶木かなきはじめ。一って書いてはじめなの」


「よろしくね、叶木さん?」


 私が思わず呆気にとられるくらいの、他人行儀。契約が正しく履行されたことに安堵を覚えるとともに、そこはかとないもやもや感。家ではあんなに馴れ馴れしかったのに――そう私が戸惑っていたのは一瞬のこと。


「私も『いーちゃん』って呼んでいい?」


 ……全て察したかのような顔でにやにやしながら、友里さんはそう言った。


 まるで脅迫されているようだった。



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