友人の彼女と、一つ屋根の下。
人生
1 妹になるデメリットについては考えが及んでいない彼女
――他人のフリをしてほしい。
母親が誰と再婚しようが、私は別に構わなかった。
知らないおじさんと同じ家で暮らすというのはもちろん、多少の抵抗はある。だけど、部屋にこもっていれば顔を合わせる機会もほとんどないだろうし、最悪、何か問題があれば友人の家にでも転がり込もうと――私は楽観的に考えていた。
加えて言うと、相手の男性には私と同じくらいの年齢の娘がいるらしく、それならまあ大丈夫なんじゃないかな、と――
思っていたのだけど、問題があるのは父親ではなく――その、娘の方だった。
「ワイ? 何故?」
わざとらしく首を傾げてみせる、金髪の少女。それが問題の「娘」
「……からかわれる、から?」
私の答えは疑問形。
「そんなワケないじゃん?」
答える彼女も疑問形。根拠も何もないし、そもそも私の意図を理解しているのかも分からないが、なんとなく私もそれは正論だと思う。
……男女ならともかく、女同士だ。同じ名字だからとからかわれることもないだろう。というか、小中学生じゃあるまいし、女子高生がすることじゃない。いやまあ、ヒマな連中ならそうするかもだけど、そういう「いじり」をされるほど、私はクラスメイトに馴染んではいない。
別の理由を考えよう。
「……恥ずかしい、から」
なんとか疑問形になるのを堪えた。
「なんで? 私が金髪だから? 外国人っぽいから?」
「えっと……、」
「差別だ?」
「あ、いや……」
「パツキンでヤンキーでスケバンだから?」
「そこまでは言ってない」
「そこまで、は思ってたんだ?」
「…………」
少なくとも、差別はしてない。ただ、外国人っぽい押しの強さというか、なんかこうグイグイ来るのは感じてる。
彼女は金髪だが、それは染めているものではなく、地毛。父親は生粋の日本人で、母親が外国人らしい。しかし本人は日本生まれ日本育ち。外国人要素は見た目だけ。
「見た目……」
「私がカワイイからだ?」
「…………」
「やはり差別……」
「カワイイです、ハイ」
「もっと大きな声で言ってくれないと、ワタシニホンゴワカリマセーン」
……都合の良い時だけ外国人になるんじゃねえ。
「……アナタがカワイイので、クラスの人に知り合いだと知られると、いろいろ、質問攻めとかされて、迷惑、なので」
カタコトなのは一音一句ハッキリ言葉にしたためで、私は普通に日本人。英語の成績は平均的。
「そっかぁ」
と自称外国人、にっこりと表情を緩ませる。
「カワイイお姉ちゃんを独占したいんだねぇ。独占欲、嫉妬心だぁ」
まあまあ難しい言葉を使う。そりゃそうか。日本育ちだ。見た目だけ外国人なのだ。なんというかこう、差別ではないが偏見や先入観はがっつりあって、時々彼女の言葉遣いに戸惑わされる。本人のせいでもあるが。
「うんうん、はじめちゃんの言い分は分かったよ。でも、それならこっちにも条件があるんだなぁ」
……めんどくさいなぁ。
けどまあ、背に腹はなんとやら。条件を呑めば言うことを聞いてくれるというのなら、まあ……条件次第だが。
「外では赤の他人なんだよね?」
「……まったくその通り」
学校では他人のフリをしてほしい、と――私は自分の部屋にこの人を呼び出し、正座して面と向かったうえで、お願いをした。
明日から彼女は、私と同じ学校へ通う。いちおう、同じクラスになるとは限らないし、仮になったとしても、まだ親が籍を入れていないため私の名前は『
しかし今後私の名字が変わることも考えて――先手を打っておきたかった。
「じゃあさ」
「……なんですか」
「ウチではお姉ちゃんのこと『お姉ちゃん』って呼ぼうか」
お姉ちゃんはお姉ちゃんでしょう。あなたは私の姉ではないが。いつから一人称『お姉ちゃん』になったんだこの人。同い年だろうが。誕生日だって誤差の範囲だし。
「お姉さま、でもよくってよ?」
と、どや顔。
……さてはこの女、どちらが「上」かをハッキリさせて、家庭内での立場を明確にしようという魂胆か。私は生まれてこのかた一人っ子なので、お姉ちゃんが得をするシチュエーションにはいまいちピンとこないけど。
……お姉ちゃん。お姉さま、ね。
演劇でもやっているような若干の気恥ずかしさはあるが、まあ家庭内であれば問題はない。親は二人ともほとんど家にいないし、やりようによっては彼女相手にしか聞かれまい……。仮に聞かれても、子ども同士が仲良くなったと誤解されるだけ、プラスはあってもマイナスはない。
気がかりがあるとすれば、家庭内での呼び方が染みついて、うっかり外に出てしまう恐れと――「お姉ちゃん」という呼称は、彼女にとって何か特別な意味を持っているという可能性……。
契約書なんかを書かせたら、隅の方に英文で怪しい項目が足されていたりして、それに気付かずサインをしてしまったために何かよからぬことに発展する……そんな感じの一抹の不安がないではない、が――
「……分かりました。今後ウチでは『お姉さん』と呼ばせていただきます」
これが私の譲歩である。自称姉はやや不満そうな顔をしたが、やがてにっこりと笑顔を浮かべた。そして両手を広げて、
「妹よ!」
「私に姉はいない」
「心に決めたお姉ちゃんがいるの?」
お姉ちゃんってやっぱり、何かの比喩なんじゃないか。
「……まさか! どこかに生き別れの本当のお姉ちゃんが? だからそこまで頑なにお姉ちゃんの存在を拒んで……」
だんだんとゲシュタルト崩壊みたいに言葉が錯綜しはじめてきたが、別に「頑な」というほど拒んでいるつもりはないのだが? というかなんだかどうでもよくなってきた……。
知り合ったばかりの赤の他人をいきなり下の名前で呼ぶよりは、まだハードルが低い呼称なのではないか、なんて――お姉ちゃん。お姉ちゃん。ううん、やっぱり妙な感じだ。
知り合ったばかりの赤の他人、もとい、これから家族になるかもしれない同い年の女の子――そんな相手を「お姉ちゃん」と呼ぶのは、やっぱりなんだかすっきりしない私なのである。
……知り合ったばかり、と再三強調するが、なにせ私はそれ以前から彼女のことを「知っていた」ものだから、よけいに――「お姉ちゃん」と呼ぶのは、違和感に加えて何か、形容しがたい感情を覚えるのだ。
友人の「彼女」を「お姉ちゃん」と呼ぶのは、やっぱりちょっと変じゃないか――と。
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