7-2
「うわっ、すげぇ」
そこは一面赤色だった。俺は灯台の下に来ていた。するとそこは、『はまなす』の花が満開だったのだ。海風に揺れながら、その赤い花をきれいに付けている。群生しているのか、辺り一面に咲き誇っていた。それは圧倒されるような、そんな光景であった。
「やあ、転校生。今日も来たのかい」
「遥楓。すごいな、ここは」
彼女は、腕を枕にしてゴロンと寝そべっていたが、俺の言葉に少し体を起こして「ああ」と言ってまた仰向けになった。
「この時期はね、そうかもね。私はもう二年目で、いや、三年目か。まあ、もう見飽きたぐらいだけど、でも確かにすごい光景かもしれない」
「なんだ、昔から知っているのか。この場所を」
「小さい頃に親に連れてきてもらったことがあってね。道内一周の旅行をしたんだ。かなり昔さ。懐かしいね。その時は秋で、花は咲いていなかったんだけど、なんか強烈にここの海と潮と風の光景が残っていて。偶然だよね、近くに廃校があってさ。またここに来るなんて、思わなかった。でも、運命といえば、運命的なのかもしれない。いい場所だよ、ここは」
「そうだな」
俺も海と潮と風を感じながら、赤い光景を見ていた。
「そうだ、聞きたいことがあったんだよ」
「まあ、なにかあるとは思っていたけど。なんだい? 今度は何が聞きたいんだい?」
「学園長って、遥楓なのか?」
「学園長?」
「ほら、学校を創ったのは遥楓だろ? 理事長と言うか、学園長って遥楓なんじゃないか」
「ああ、えーと、うーんと」
彼女は少し考えてから言った。
「私は学校法人の代表理事ってことになるのかな。理事は他に四人いるけど、全部名前だけ。全部で五人いなくちゃいけないんだ。昔の仕事の知り合いさ。あと監事っていうのも二人いる。これも規定で決められているんだ。そうやって集めて書類作って、お金持って文部科学省に提出して『私立青空碧天高等学校』の名前で。アオゾラヘキテンって読む。青空も碧天も、どちらもアオゾラって意味さ。まあ、だから、法人の代表ではあるけど、学校機関の長、校長ではないかな」
「そっか、なるほどな」
「こんなところでいいかな、転校生」
「ああ、良くわかったよ。ありがとう」
校長は必ずいなければいけないと、先ほど調べた中にはあった。そうなると、校長も名前だけ存在するのかな。必要なときだけ出て来るだけ出てきて、あとは委任とかで。存在だけ、存在するのかな。
普通の高校を謳うわりには、教員は普通じゃないんだなと、そう思った。まあ、普通なんてものが、そんなものが存在するわけがないんだけど。
※ ※ ※
他のみんなを探すと、寮には誰も帰っていなくて、誰もおらず、ダレガキ荘に行くと榊原と朱音がいた。ふたりとも駄菓子を選んでいるようだった。今日のおやつだろうか。
「よお、お前ら。暑いな。買い物か?」
「矢澤……」
「やあ、矢澤くん」
俺も品を見てみる。ラムネ菓子、せんべい菓子、かばやき風菓子、丸い形のスナック菓子の袋、動物の形のビスケット菓子、ポテトチップス各種味、当たり付き棒状チョコレート菓子、伸びる飴菓子、アイス各種、その他諸々。
「さすがに品揃え豊富だな」
「そうだね、他に店もないしね」
「独占、寡占、専売状態……」
榊原は買い終わったのかビニール袋にお菓子を詰め込んで、ベンチに座って棒付きアイスを食べている。朱音も駄菓子を選び終わり、会計をしているところだった。アイスも買っている。俺もアイスでも買おうかしら。
アイスと言うよりは氷菓子に近い、そんなソーダ味のアイスを一つ買い、俺は二人の近くに立った。二人はベンチに座っている。ベンチはそれで満員だった。もう座れない。だから、俺は仕方なく傍に立った。風鈴の音がする。炎天下を避け、軒下で放課後にアイスを食べる。実に夏らしい学生の過ごし方のように思えた。
「なあ、学園長って知っているか? 校長先生でも良いんだけど?」
「学園長?」
「校長先生?」
「なんでも噂があるらしくてだな。その噂によると、学園長はつい最近、忽然と、突然と現れたらしい。つまり今までは居なかったわけだ。いや、名前だけとしてなら、居たかもしれないが、でも実際には居なかった」
「そういえば見たこと無いかも」
「んー……」
「誰から聞いたのか、誰が聞いたのか、誰がどうしてそんな噂になったのか。まるでわからないが、しかし、そんな噂になっているのは間違いない。この学校に学園長がやってきた。どうだ、なかなか気になるニュースだろ」
「そうだね、どうでもいいけど」
「確かにー」
どうでもいい、か。まあ、そう言われればそうなのかもしれないが。天の噂に振り回されているだけの俺も俺なのだが。
確かに、天の噂を全て真に受けて行動することはないはずなのに、俺はどうしてこんなことをしているのだろうか。それは、たぶん理由を作るとしたら、おそらく、友達だからだろう。友達の言葉を信じて聞いてみる。そんなことを、俺はしたことがなかった。それが普通の学生のことなのかと思って、それが普通のことかと思ったからやってみた。それだけのことだ。天も俺を騙すつもりはないだろう。何気なく話をしたその話の一つとして話しをしていたのだろう。からかいのつもりが多少あったとしても、そこに悪意はない。喫煙の与太話として、話されたに過ぎないのだ。だから俺もそれを
俺はアイスを、氷菓子を食して備え付けのゴミ箱に棒を捨てると、二人に別れを告げてその場を離れた。
寮へと帰る途中、購入した夕飯用のレトルトのカレーと駄菓子の類を入れたビニール袋をぶら下げながら、夕方でもまだまだ暑いなと、思いながら歩いていた。
残暑かな、ああ、残暑かな、残暑かな
矢澤久
しかし残念、残暑とは八月の七日、八日くらいの立秋以降のことをいうので、実はこの句は間違いである。今は八月の頭。まだ、その時季ではない。言うならば酷暑というところだろうか。
いやなに、授業で夏の暑さについての俳句を習ったから、それをふと思い出して、詠んでみただけなのだが、季語もろくに扱えないとは、俳人失敗である。
俺はガードレールの外側に腰を掛けて海を見ていた。海側は少し涼しいような、多分気のせいだけど、でもそんな気がした。海だから、そこは波の音がした。ざざーっと、引いては押し寄せて、また引いていく。夏の謎はまだ残ったまま。暑さと共に停滞したままである。
あの青空に伝説を 小鳥遊咲季真【タカナシ・サイマ】 @takanashi_saima
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