神様なんて大嫌いと少女たちは叫ぶ~山元桜の愛と友情~

ダイ大佐 / 人類解放救済戦線創立者

バスケ少女と学院の聖母と学院の君と

「え、桜――何?」札幌市南区にある私立澄川女学院、中等部の階段下で小柄な少女、七瀬真理愛ななせマリアは親友の山元桜やまもとさくらの鬼気迫る顔に驚いた。


 真理愛はショートボブでくせ毛の見事な金髪に碧い瞳――一目で外国人の血を引いている事が分かる美少女だ。


 その美少女が胸から下がったイコンに縋って、必死に断罪に耐えようとしている。


 一方、桜は真理愛より頭半分高い、黒髪をポニーテールにした美少女だ――その美しさも今の雰囲気で台無しだったが。


 真理愛の左頬を掠めて桜の右手が壁にぶち当てられた―—真理愛は思わず首をすくめる。


 余りの音に穴が開いたのではと壁と桜の手を心配した。


「私に隠れて浮気してたって聞いた」新婚旅行中に浮気された妻の顔で桜は真理愛を問い詰める。


「誰がそんな事――」


「隠したって無駄――これ!」桜はスマホに写った画像を真理愛に見せる。


 写真には真理愛と黒髪を伸ばした美少女が二人で歩いている所が写っていた。


「一昨日の下校時に静香先輩と歩いてたでしょう! ちゃんとネタは上がってるのよ!」


「だから、静香先輩は私を助けてくれただけで、今だってたまにお喋りする程度の仲で――」まずいまずいまずい、真理愛は自分の動悸を意志力でコントロール出来ないか必死に試みていた。


 静香先輩――学院の理事長の孫娘で女生徒達の憧れの君――澄川静香は確かに真理愛を助けたのだが、それ以来何かと付きまとってくる。


 一昨日は物陰に連れ込まれてキス――頬にだが――された。


 そこ迄写っていたら流石に言い逃れ出来ない。


「私というものが有りながら――最近真理愛は冷たいわよ――やっぱり静香先輩に――」桜はうろたえた様な、怒っている様な、舞い上がっている様な変なテンションで真理愛を糾弾する。


「落ち着いて、桜」真理愛は次の瞬間にも問題のシーンが写ったスマホを見せられるのではないかと恐怖に身をすくませる。


「静香先輩とは本当に何もないのね?」桜は舎監のシスターもかくやという形相で真理愛を睨む。


 しかし、桜の糾弾は突然の終わりを迎えた。


「桜センパーイ。こないだの写真の代金って、あれ、取り込み中っスか?」


 桜の後ろから真理愛と同じ位の背丈の、眼鏡を掛けた少女が声を掛けてきた。


 ギギギギと桜はゼンマイの切れた玩具のような動きで後ろを振り返る。


「あら、庵ちゃん。ごきげんよう」真理愛は助けが来たとも知らず呑気に返事した。


「ごきげんようっス。真理愛先輩」


「じゃ、じゃあごきげんよう! 八坂庵やさかいおりさん! 七瀬真理愛さん!」桜は罠から解き放たれたエゾシカの様に飛び跳ねると、一目散に二人の前から逃げ出した。


「どうしたのかしら? ともかく助かったけど――」真理愛はほっと息をついた。


 改めて庵を見る、一学年下の中等部二年、中等部では唯一の新聞部所属、授業中でもごつい一眼レフカメラを下げ、ネタになりそうな事件を漁って校内を徘徊している。


「真理愛先輩も大変っスね」庵はファンサービスに疲れ切ったアイドルを見るような目で真理愛を眺めた。


「そう? 桜はちょっとおかしい所も有るけど良い友達よ」真理愛はついさっきまでの狼藉を忘れた様な返事を返す。


「先輩のそういう所、出来れば直した方がいっスよ」


 真理愛は首を傾げて疑問符を頭上に浮かばせた様な笑みを浮かべた。


「……まあ良いっス。それでは真理愛先輩、ウチもこれで」ぺこりと一礼すると庵は駆けていった。


 予鈴が鳴る――真理愛も次の授業に出る為、教室に向けて歩き出した。


 *   *   *


 山元桜は焦っていた――真理愛が学院の君に盗られそうな事がその主な原因だが、情報を集める為――と個人的な趣味を満たす為――に庵に真理愛の素行調査を頼んだのが結構な出費となって懐を痛めていた。


 桜はスポーツ特待生、バスケットボールの選手として女学院に入っていた。


 実家は裕福とは言えない。


 中学生ではバイトも殆ど出来ない。


 特待生には月々の小遣いが出るがそれでも足りない。


 桜が当てにしていたのは成績上位者に出る奨学金だった。


 給付型で後々返さなくても良い。


 しかし真理愛を追えば勉強する時間が減り、勉強の時間を増やせば真理愛を追う時間が減ってしまう――二律背反だった。


「どうすればいいって言うの――神様ってホントに――」桜は放課後の体育館でぶつくさと文句を言いながらフリースローの練習をしていた。


「荒れてるねぇ。さ、く、ら♡」腐れ縁の斎藤梓さいとうあずさが抱き着いてキスをしようとしてきた。


「みんなの前でやめて」桜は自分と梓の間に腕をこじ入れるとテコの原理で引き離そうとする。


「居なければいいの?」梓は目を輝かせる。


「そういう問題じゃ――」腕がほどかれた。


 梓の唇が桜の唇を奪う――桜は死を覚悟した。


 ファーストキスを奪われた感触は無かった――恐る恐る目を開ける――二人の間にクリップボードが挟まっていた。


「良かったぁ~~」桜はほっと胸をなでおろす。


「盛らない盛らない」顧問の女教師が横に立っている。


「やだなあ、親愛の情を示すスキンシップですよ。ス・キ・ン・シ・ッ・プ」梓は平然と言ってのけた。


「元気が余ってるなら校庭十周」


「ほら案の定。ざまあ見なさい梓」


「山元、お前もな」


「え?」桜は固まる――周りで練習していたバスケ部の選手達が笑い出した。


「夫婦二人で仲良くねぇ」


「絵面的に桜がお父さんかしら」


「式には呼んでね」


「何で私まで――」桜の抗議はあえなく無視された。


「頭を冷やしてくる様に」顧問は冷酷に言い放った。


 外は曇り空だった――雲が厚く夜と間違えそうなくらい辺りは暗かった。


「貴女のせいよ――梓」全速力でとは言われなかったので二人は流す程度に走る。


「さいですか」梓は何処までもお茶らけている。


「真面目な話。中等部の聖母様の事?」梓は微笑みを引っ込めて、真剣に桜に問いかけた。


「う。いや違うわ——」桜は一瞬返事に詰まり、慌ててそれを否定する。


「やっぱり」梓は溜息をついた。


「聖母様は学院の君に見初められたって噂だけど――」


「そんな事分からないわ――!」桜は思わず叫んでしまう。


「分っかりやすいわねぇ」梓はもう一度溜息をつく。


「まあ私が居るんだし、良いじゃない」


「何で振られる前提なのよ」


「こういうとあれだけど、何か、上手くいかなそうに思えるのよね。あくまでだけど」


「もういいわよ! 梓なんかに私の気持ちは分からないわ!」桜はそれきり喋るのを止めた。


 ほんと無神経――! 桜は心の中で友人を罵る。


 腹を立てた桜は梓を引き離そうと全力で駆ける――しかし梓はピタリとついて来た。


「ついて――こないでよ!」ぜえはあと荒げた息で梓を拒む。


「桜、何かエロイね」全く息を荒げる事無く梓が切り返してきた。


「エロいとか――言うな!」


 残りの六周を全速力で二人は走り抜ける――。


「夫婦喧嘩?」陸上部の生徒達が話し掛けてくる。


「違うわ!!」桜は傍から見れば肯定にしか見えない否定を返した。


 *   *   *


 結局桜は夕食の時間ぎりぎりまで部活動に励まざるを得なかった。


 寮の大食堂での夕食の席は決まっている――本当は真理愛の隣に座りたかったが、叶わぬ願いだった――それもまた自分の恋路を邪魔している様で、呪わしかった。


「主よ――今日もまた、日々の糧を与えて頂き――」食事前のお祈りの時間についでといっては何だが、桜は聖母マリアに祈る――ナザレのイエスよりも女の子の言う事を聞いてくれそうだと思って。


 ――マリア様どうか真理愛と結ばれます様に、あ、マリアといっても貴女様の事でなく同級生です、あと奨学金がもらえます様に、あと特待生のお小遣いが増えます様に、街で見かけたスカートも欲しい、あとSwitchも下さい、あとシャニマスのガチャで浅倉透ちゃんのSSレアが当たります様に、あと私の望みは全て叶えて、あと真理愛と肉体関係になれます様に、あと――。


 カトリックでは同性愛は禁忌だが、そんな事は気にせず桜はマシンガンの様な速さで我欲の混じり切った祈りを捧げる。


〝勝った――これで私の望みは――これで勝つる〟シスターの祈りの言葉が終わる前に自分の望みを全て願い終わった桜は思わずガッツポーズを取る。


 シスターの祈りが終わる前に望みを言えたらそれが叶う――と思っている桜のいつものルーティンだった。


 シスター達は目を閉じ、生徒達も目を閉じていた為騒ぎにはならなかった――が、梓が呆れた様な、何か哀れなものを見るような目で桜を見てきた。


〝何やってんのよ、アンタ〟梓の目はそう言っていた。


〝失礼ね――大切な儀式よ、儀式〟二人は視線で語る。


 学院付きのシスターが祈りを終え、頂きますを言った――生徒たちもそれに倣う。


 かき込む様に夕食をたいらげると、競歩の様な壊れた人形めいたダッシュで――シスターの前で走る事は出来ない――食器を片付け、返す刀ですぐさま真理愛の元へ向かう――真理愛はまだ食事中だった。


 桜はもしゃもしゃと口を動かしながら真理愛におかしな所が無いかじろじろと眺める。


 服は――乱れてない、髪も――朝見た時のまま、肌は――見た所何もされた様子は無い――キスマークなんか有ったら許さない――。


「どうしたの? 桜?」真理愛が手を止めて怪訝な顔で桜を見る。


「あにょね、しょの――」シスターの一人も訝し気な目で桜を見た。


「先ずご飯を全部飲み込んだ方が――」


 桜は口いっぱいに頬張った夕食のビーフシチューを無理矢理ごくんと流し込む。


 胃の辺りが変な音を立てた――思わずむせる。


「うんっと。いや、今日は真理愛何してたのかなーって」ゴホゴホとせき込みながら取り敢えず何とでも言い訳が効きそうな言葉を返した。


「ちょっと待っててね」真理愛はあくまでマイペースに――本人は急いでいるつもりなのだ――食事を取る。


 この性格で真理愛は苛めにあっている――中島直美とその取り巻きにだ。


 直美は地元選出の代議士の娘――それも代々議員を輩出してきた家柄だ。


 学院に多大な寄付を収め、発言力も強い――その一族の娘の直美はそれをかさにきて気に入らない生徒を苛めている。


 最も苛めやすいと見た相手だけだ。


 大人しい子や、内気な子、そして直美が目障りだと思った子だ。


 真理愛はその全てを満たしている――混血児ハーフで孤児なのも苛めやすさに拍車をかけていた。


 最近それが度を越したものになりつつある事も桜の気がかりだった。


 桜が居る時には手を出さないが、隠れて、時には大っぴらに苛められている事は周知の事実だ。


「真理愛――」


「何?」食事を終えた真理愛が立ち上がり、食器を下げに行く。


「何でもない」桜は一緒についていった。


 夕食後は消灯まで自由時間だ、入浴は二十四時間いつでも可能だった。


 食堂の片隅から意地の悪い視線を真理愛と桜に向けてくる直美達を無視する。


 真理愛の写真を桜に売っていた八坂庵と腐れ縁の斎藤梓はそれぞれ思う所は有ったが、桜と真理愛が上手く行く事を願っていた。


 二人は目線を交わし合う。


 先行きは楽観できない――庵は学院の君、澄川静香が真理愛にキスした事も知っていたが、桜の精神安定を考えて黙っていたのだ。


 梓も桜が散った時に自棄にならない様気を配っていた。


「明日クリスタルタウンにでも行かない? 街でも良いけど」桜は意を決してデートを申し込んだ。


「土曜日だよね。構わないけど――?」真理愛は何故そこまで桜が自分に固執するか理解出来ない。


 桜が再びガッツポーズ――今度は心の中でだ――を決めた瞬間、その勝利を木端微塵にする声が頭上から響いてきた。


「良いわね、山元さん――その話、私も入れてもらえる?」豊かな黒髪を腰まで伸ばした学院の君――桜の恋敵、澄川静香その人の声だった。


「げ、静香!?――様――? 何で? いや? どういった御用向きでこちら迄――!?」明らかに挙動不審者の声色のオーバーリアクションを桜は返す。


「私がここに居ちゃ悪いの?」天使の様な微笑みを――桜には聖母を誘惑する悪魔の笑みにしか見えなかった――辺りに振りまく。


「いや、悪いというか、その、何と言うか……と、とにかく、真理愛とは私が先約なんです! 貴女――じゃなくて、静香様には悪いですけどそう言う事ですんで!」


「真理愛にも聞いてみないといけないのではなくて? ねえ、真理愛?」私の真理愛に馴れ馴れしい――桜は舌打ちする。


「何か言った?」


「いえ気のせいです。きっと。多分。神かけて」桜はとぼけた。


「良いですよ、先輩。桜も良いでしょ?」一縷の望みも虚しく真理愛は静香を受け入れた。


 その時桜は見た、静香が僅かに、しかし確かに、どうと言わんばかりの勝ち誇った笑みを浮かべたのを。


 この女――桜は激怒した――絶対、絶対真理愛は、こんな意地悪女には渡さない――桜は両手の中指をおったてた――心の中で。


〝神様なんて大嫌い――〟桜の思いは虚しく、泣く泣く翌日は三人でのデートになったのだった。


 *   *   *


「神様なんて大嫌い――」真理愛は親友の山元桜と恩人の澄川静香に挟まれて目を白黒させていた。


「真理愛、隣の席に座るのは私よね?」桜が詰め寄る。


「ええっと」


「いえ、桜さんは筋力をつける為に立つべきだわ。大会の予選も近いんでしょう」静香はあくまで余裕だ。


「それを言ったら剣道部の静香先輩こそ体幹を鍛えるべきですわ」静香に張り合って似合わないですます調になってしまう。


 三人は近くにあるショッピングモールへのバスに乗ったのだが、座る席を巡って戦争が勃発していた。


 二人掛けの席に座るのは真理愛は良いとして、静香が座るか、桜が座るか、という争いだった。


「三人で立てば――」


「「真理愛は黙ってて!」」真理愛の発言は二人に却下された。


 バスが走り出してから十分、段々ヒートアップしていく侃侃諤諤のやり取りを見ていた真理愛は遂に決断した。


 乗客たちがまるで不審者を見るような目で三人を見ていた――。


「静香先輩と桜が座りなさい――私は立ちます!」有無を言わせない口調だった。


「はい」「すみません」


 二人はしゅんとうなだれた。


〝それにしても――〟桜は三カ月前に買った勝負服、白のロングTシャツにジャンパースカート、スニーカーというスタイルだ。


 相手は理事長の孫娘だからどんなブランド物を着て来るのかと思ったら、澄川女学院の制服だった。


 一大決戦を想定していた桜は拍子抜けした。


 真理愛は学院のバザーで買ったスカジャンにパンツ、帽子だ。


 桜は前にもその恰好は見た事が有って、真理愛いわく十年以上前の戦闘機のアニメで主人公が着ていたのと同じデザインのジャンパーだとの事だった。


 真理愛がそのアニメを見て少し泣いたと言ったのを聞いて桜も観たのだが、戦闘機に興味のない桜にはちんぷんかんぷんだった――開始五分で桜は寝た――絵が綺麗で物悲しい雰囲気のアニメだったがそれが真理愛のハートを直撃したのだろうと桜は憶測した。


 堺雅人が主人公の声優だったが、それも桜にはピンとこなかった。


 ボーイッシュな格好も似あうのよね――桜は気持ちを切り替えて真理愛をしげしげと見る。


「山元さん。顔が気持ち悪いわよ」静香に突っ込まれる。


 名字で呼ぶあたり知り合いと思われたくないのか――つい勘ぐってしまう。


 いつの間にか真理愛をガン見――古い言葉だと桜は自己嫌悪に陥った――してたようだ。


 三人で雑談を交わす――こうして話している分にはいい先輩なんだけど、真理愛をかっさらわれるわけにはいかない。


「ふぅあ!」桜はデート本番に備えて気合を入れた。


 それを見て子供たちがクスクスと笑い出す。


「山元さん、大丈夫――? 具合が悪いなら先に帰った方が」


「大丈夫です!」ここで真理愛と静香を二人には出来ない――桜と静香の間に火花が散った。


 三人は自分たちを見つめる視線にはついに気が付かなかった――。


 *   *   *


「ウチらが居る事――バレてないっスかね」桜たちを学院から尾行していた庵と梓はささやくように恋を唄うのではなくささやき声を交わしていた。


 庵は普段の一眼レフではなくスマホの撮影モードで三人を監視していた。


「大丈夫、桜は論外として、真理愛も静香様もどこか抜けてる所が有るから」梓が応じる。


「学院の君と美少女二人のデート。爛れた三角関係に溺れる理事長の孫娘――これは売れる」ニシシと庵は笑う。


「あくまで私達の任務は桜を援護する事よ――死んでも骨くらいは拾ってあげないと」梓は平然と不吉な発言をした。


「梓先輩が言うと洒落に聞こえないっスね」


「褒められて悪い気はしないわね」


「褒めてないっス」


 バスの音声案内が終点、地下鉄の終着駅を告げた。


「いくわよ――」梓と庵はコソコソとバスから降りた。


 *   *   *


 桜、真理愛、静香の三人は最初に服を見て、ショッピングモールを散策し、一度昼食――といってもファストフードのハンバーガーだ――を食べ、宝飾店を冷やかしてから最後に喫茶店に入った。


 梓と庵も観葉植物を盾に出来るテーブルにつく、二人共一番安いソフトドリンクを頼んで三人を監視し始めた。


 これまでの所、桜は真理愛のエスコート役として及第点だった。


 一方静香もそつがない――実力伯仲だ。


 三人は頼んだスイーツを食べながら談笑していた。


 もうそろそろ任務完了か――梓と庵がそう思った時、三人連れの若い男が真理愛たちに近づいてきた。


「彼女ぉ、何食べてんのぉ」リーダー格と思しき一番背の低い男が柄の悪い声で真理愛に話しかけた。


「私達、急ぐんで」桜が二人を庇う様に立ち上がってこの場を離れようと促す。


「待ちなよぉ、少しくらい付き合ってくれてもいいじゃん。丁度三対三で数も合うし」


「その制服、澄川の生徒でしょ。一回付き合ってみたかったんだ」


「まだ残ってんじゃん。食べ物を粗末にするとお母さんに叱られるんだぞぉ」


「せっかく美人揃いなんだしサービス位良いだろ」


 桜たちはその声を無視して会計に向かう。


 店外まで男たちは付いてきた。


 足早に振り切ろうとして前にもう三人の男が立っている事に桜は気付く。


「ちょっと付き合ってもらおうか」前に立っている男が――不良というよりヤクザだ――ドスの効いた声をかけてきた。


「まずいんじゃないっスか?」少し離れた所で庵がオドオドと梓に言う。


「動画は撮ってる?」梓も緊張している。


「撮ってます――まさか梓先輩?」


「そのまさかよ――主よ、我らを助けたまえ――」梓は十字を切った。


 *   *   *


 桜たちは男たちに囲まれて店の裏側に連れてこられた。


 真理愛は顔を真っ青にして必死に立ち尽くす。


〝私がしっかりしないと〟桜もがくがくと震える脚を叱咤した。


 静香だけは落ち着き払っている。


「誰が私たちを襲えと言ったの」静香の声が響く。


「こいつ全然怖がってねえ。直美の言った通りの女だぜ」最初に絡んできた若いチンピラが呆れたように言った。


「直美?――中島直美の事ね」静香は表情一つ変えずかまをかける。


 チンピラはしまったという顔をした――それで静香の疑念は確信に変わった。


「どうせ先生の力でもみ消せるんだ、やっちまいな」体格のいいヤクザに言われてチンピラが襲い掛かってくる。


 桜は動けなかった。


 真理愛は目の前の出来事になす術もない。


 真理愛を庇う様に立っていた静香は体を捌きながらスナップを効かせた左手の甲、正確には指の背でチンピラの目を叩く――古武術の霞掛けだ――もろに反撃を食らったチンピラは呻き声と共に地面に転がった。


「――野郎!」残りの男たちが突進しようとした時、甲高い声が辺りに響いた。


「そこまでよ! 今迄の狼藉は全部このスマホに録画してあるわ! 警察の厄介になりたくないなら、今すぐ消えなさい!」


「梓? それに庵?」桜は救世主を見た様な顔になった――史上最高に間の抜けた顔だったと後で梓に笑われた。


 スマホを掲げた庵と手を腰に当てた梓がそこにいた。


 男たちは雷に打たれた様に動きを止めた――互いに顔を見合わせる。


「運のいい女共だ」ヤクザが捨て台詞を吐いた。


 梓を乱暴に押しのけると六人は通りへ出ていく。


 男たちが消えると静香が大きく息を吐いた――その手が震えている。


「大丈夫っスか?」庵が駆け寄ってくる。


「大丈夫――どうにかね」静香は親指を立てて合図する――その親指までもが震えるのを庵は見逃さなかった。


「梓ぁ!」桜は梓に抱き着くとわあわあと泣き始めた。


 真理愛は思案顔だった。


「どうかしたんスか? 真理愛先輩」


「いや、最初から警察に通報するか、スマホの緊急通報のボタンを押して貰えてれば、ここまでピンチにならなかったんじゃないかなーって」


「あ」梓と庵は顔を見合わせた。


「何で気が付かなかったんスか、梓先輩――!」


「そういう庵だって――!」


 五人は顔を見合わせると笑い出した――爆笑する。


「帰りましょうか」ひとしきり笑った後、静香の提案に全員が頷いた。


 こうして、波乱に満ちたデートは終わったのだった。


 *   *   *


 ――後に真理愛と静香は神に召喚されて異世界で戦う事となるのだが、それはまた別の話――桜はそれを知って神様なんて大嫌いとまたしても叫んだのであった――

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