交差点

香久山 ゆみ

交差点

 おう、久しぶり。何年ぶりだ? うるせえ、お前こそ老けたんじゃねえか。くたびれた顔してるぜ。は、しかし、齢は取りたかねえな。あ、とりあえずビール。ここくる途中でさ、あそこのでけえ交差点のとこで、ああ、そう、こないだ買ったシボレーの新車。お前呑まないだろ? 帰りの運転は任せたぞ。で、その交差点のとこで、赤信号に捕まったんだけどさ、目の前を、よぼよぼの腰の曲がった婆さんがのろのろ横断歩道渡ってやがってよ、まるで亀かっつうくらい遅えんだよ。腰曲がってっから地面見ながらとろとろとろとろ。んで、俺、片側四車線あるうちの追越し三車線目に停まってたんだけどさ、婆さんが目の前通った時に、一発でけえクラクション鳴らしてやったらよ、婆さん驚いて腰抜かしてやんの。は。まったく、齢は取りたかねえな。

     ●

 ね。今度旅行いこうよ。ホントは海外がいいけどさ、沖縄でも別にいいよ。ダメ? ちぇっ、ケチ。ふん、最近面白いことなんてなーんにもないわ。あ、そういや、さっきね、あんたン家に来る途中でさ。あそこの大きな交差点の真ん中で、バアさんが車に驚いて腰抜かしてんの。あたしの目の前で、コテーンと尻餅ついてさ。で、どうしたと思う? あたし、そのバアさんを蹴飛ばしてやった。なんてね。ふふ。もうやだ、そんな顔しないでよ。冗談よ。ね、あたしだって、いつかそんな風に老いぼれんのよ。うつりにけりないたづらに、よ。ね、だからさ、今若いうちに旅行しようよぅ。

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 わり、遅くなって。詫びにジュースでも奢るよ。ほらよ。なに、オレだって金ねえよ。小遣い少ねえし、中学生じゃバイトもできねえしなあ。塾に月謝払う金があんなら、マジオレらの小遣い上げてほしいよな。さっき、あの大っきい交差点渡ったとこにババアがいてさ、超ババア、魔法使えそうなレベルの、あ、こないだ買ったゲームクリアしたら次オレに貸してくれよ、マジ金なくてさ。代わりにマンガ貸すから。で、そのババアが、小さいカバンと買い物袋提げて、一人でふらふらあの狭い路地ん方に歩いてくんだ。そう、あの「ひったくりロード」。だからさ、へへ。そのジュース、そのババアからの戦利品。なんだよ、オレの冒険なんてそんなもんだよ、文句あっか。

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 私かい? 昨日新しいお薬出してもらったら、今日はなんだかちょっとぼんやりしていてね。買い物帰りに大きな交差点を渡っていたらね、信号無視の暴走トラックが、目の前をビュンってね。私あと一歩で轢かれそうになって、肝を潰したわ。やだね、私はちゃんと青信号で渡ってたわよ。幸い、手前の車線で停車していた車の運転手さんが、私が飛び出す前にクラクション鳴らして、危ないって知らせてくれたから、立ち止まって助かったんだけど、びっくりして腰抜かしちゃってね。私が急に尻餅ついたもんだから、うしろを歩いていたOLさんが私に躓いて転んじゃってね。ストッキングも破れちゃって、悪いことしたわねえ。でも、そのOLさん、親切に私が横断歩道渡りきるまで手を引いてくれて。ストッキング代を弁償しますって言ったんだけどね、とんでもない、結構ですって、笑顔でね。そのまま颯爽と行っちゃった。でね。交差点を渡り終えたのはいいんだけれど、私迷子になっちゃって。いつものスーパーからの帰り道なんだけど、近道してみようと、ちょっと道を変えたら、もうどっちが家の方向だかわからないの。いやね、齢取ると。でね、困ってると、中学生の男の子が声掛けてくれて、道案内までしてくれたの。でも、生憎お礼になるような物が缶ジュースしかなかったんだけど。あらやだ、ごめんなさいね、長話しちゃって。あなたが交通事故の話なんてするもんだから。でもね、世の中こんな風に捨てたもんじゃないんだから、あなたもこんな、なんだったかしら、あ、オレオレ詐欺? なんて電話を掛けるんじゃないわよ。ね。

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