第7話 メッセージ


 火薬によってキャノピーが吹き飛ばされた。次いで座席のロケットモータが作動する。俺は座席ごと射出される。


 上空に舞った。シートが自動的に切り離されて、パラシュートが展開した。


 空の向こうで三角の機影が火を吹き、煙を上げて落下していくのが見えた。俺のF3。爆発音とともに火花と爆煙。


 木端微塵であった。破片が飛んで四方八方に煙の筋を伸ばしていた。


 俺は敵機の影を探した。もう青い空に米粒大だった。やつも手傷をおっているはず。


 眼下は海だった。太平洋だ。風にあおられて俺は波間を舐めるように着水した。ベルトの突起をひねる。味方に位置信号を送った。


 二対一ではきついわな。


 結局、曲芸飛行の連続だった。まぁ、一機は落としたからいいってことにするか。


 波に揺られ、俺は列車のことを考えていた。


 駅で視野が狭かったのはブラックアウト。遮断機も俺のコックピットとリンクしてた。体が重かったのはG。そして、トンネルを抜けた時の衝撃。あれはソニックブーム。音の壁。


 列車が熱を発したのは熱の壁。マッハ3で機体は摂氏1000度を超える熱を持つ。マッハ10を超えて長時間飛行出来る機体はまだない。


 列車は戦闘機を暗示している。ホームにいた人達も俺に無関係ではない。顔はよく見えなかったけどなんとなく分かる。


 近所の野球のコーチや世話好きな大工のおっさん、幼稚園や学校の先生達。俺の人生で過ぎ去った人達だ。そして、二人の子供。


 あれはおそらく俺。


 小指の無いメカギオラに後悔したのは中学になってのことだった。買って貰ってすぐ飽きて、それからすっかり忘れていたところをネットでプレミアが付いているのに気付いた。


 電車でハンドミサイルなんて何で止めさせてくれなかったんだと自分を棚に置いて、中学の俺はおやじにあたったものだ。そして、包帯の子供。


 あれは風疹ふうしん。保母さんに幼稚園に来るなと言われたのが夏。花火大会の直前だった。


 公園の隅で、おやじと二人で花火をやった。おやじは感染を恐れていなかった。


 楽しかったのは今でも忘れない。あの時、俺は小さくて親父の気持ちはよく分からなかった。だが、自分より俺のことを第一に想ってくれたことは伝わっていた。


 大崎の駅で偶然、おやじを見たことがある。


 やつれていて、貧相で、疲れていて、家にいるおやじと全然違った。実際きつかったのだろう。俺のために欠かさず弁当を持たせてくれた。


 夕飯も作ってくれていた。俺の方が帰りが早いから、もちろんレンジで温めなければならない。


 そう、俺たちは親一人子一人の二人家族だった。母親は俺が物心つく前に亡くなったそうだ。顔は写真でしか知らない。


 そういう環境で育ったためか、俺はまだ独り身だった。おやじに孫の顔を見せたかったが、そのおやじも去年他界した。


 他界した。


 ………そうか。


 俺は海列車で包帯の子供を抱きしめた。あれは同情からではない。あの時、なぜかそうしなければならないと思った。


 おやじ。そういうことだったのか。






 俺をこの世に繋ぎ止める絆はもう、俺には何一つない。


 トンネルを走る電車のガラスに映ったあの顔。あれは間違いなく俺ではない。若い時のおやじ。


 あの海列車に俺が乗っていたらどうなっただろうか。おやじではなく、この俺なら早々に諦めていた。


 俺は今、おやじの墓の前にいる。


 戦闘があったあの日、G-LOC《ジーロック》した俺はおやじに助けられた。


 どういう理屈か全く分からない。おやじが俺に入れ替わったのか。それとも、おやじからの呼びかけがあの世界のあらわれとなったのか。


 いずれにしても、おやじだからあの世界から脱出出来た。おやじには帰って来なければならない理由があった。


 そして、その理由を俺は忘れてはいけない。


 育ててくれてありがとう。


 夢を叶えてくれてありがとう。


 そして、おやじ。


 愛してくれて、ありがとう。






               《 了 》

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海列車エアウェイライン 大崎➤無限区間 悟房 勢 @so6itscd

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