第6話 追っ手


 ずっと歩いて悪いことばかりではなかった。一つ分かったことがある。トンネルに向かえば向かうほど体が軽くなっている。


 おそらくは列車が進んで行った方向に向けて重力は強くなっている。トンネルに向かう意外、僕に選択肢はない。


 どれくらい歩いただろうか。もうトンネル間近なはずだ。すでに無人駅を二つ越えた。順調だ。なぜか喉の渇きも忘れられた。進む度に体が楽になるので、文字通り足どりは軽い。


 ふと、警告音が聞こえた。またかと思ったが、今回は違った。音は後ろから聞こえている。


 レールに手を当てた。レールは微かに振動している。耳を当てた。音も聞こえる。嫌な予感がした。


 走ってみた。普段のように走れる。ほぼ、僕の世界と同じ重力だ。トンネルは目と鼻の先。


 僕は全速力で走った。ここは異世界だ。なんらかの理由で僕は紛れこんだ。もしかして、列車が爆発したのはそれが原因だったのかもしれない。だとすれば、後ろから来ているのはきっと追っ手なのだろう。ここまで来て捕まるわけにはいかない。


 トンネルが見えた。といっても、トンネルは山を掘り進んでいるわけではない。あるのは入り口だけだった。


 まるで空を切り取ったようである。姿かたちで確信した。あそこは間違いなくこの空間の出入り口。


 息切れなんて関係ない。僕は走りに走った。


 背後からガチャコンガチャコンと音がする。すごいスピードで音は近付いて来ている。振り向くとトロッコだった。二人の車掌が向かい合って、交互にレバーを上下させている。


 間違いなく追っ手。


 絶対に捕まるわけにはいかない。死力を尽くして走った。しかし、追いつかれ、倒されてしまった。


 二人に覆いかぶされ、それでも僕は抵抗した。二人を背に乗せたまま、這うように進む。


 バラストで顔は擦り傷だらけになっていた。目の前にトンネル。もう手が届くほどだった。


 僕は手を伸ばした。トンネルの境界に指先が掛ったのだろう、ふと、誰かの名前が頭によぎった。


 自分の名前ではないのはすぐに分かった。僕には息子がいた。


 妻はとうの昔に亡くなっていた。親一人子一人。


 息子には夢があった。パイロットになることだ。それも戦闘機。航空学生の一次試験を突破していた。


 大事な時期だ。突然僕がいなくなればあいつはどうなるのだろう。


 あいつはやさしい子だ。受験をおいといて僕を探すに違いない。


「離せ! 僕は帰らないといけないんだ!」


 仰向けに体を返した。そして、バラストを掴んだ。


 一人をぶん殴った。もう一人は足で蹴って引きはがす。飛びかかって来る二人を振り払おうと暴れまわって、のたくって、トンネルに飛び込んだ。





 俺は狭い空間に座らされていた。腰より上はガラスのドーム。前面は液晶ディスプレイと無数の計器。側面には幾つものスイッチ類があった。


 両手は股の間のレバーを握っている。そして、ヘルメットと酸素マスク。まさしくコックピット。


 俺はものすごい勢いで地表に近付いている。


 ディスプレイに描かれる機体の形状。エンジン部分が赤く点灯し、コックピット内は警告音で満たされていた。予備計器の針は右に左に動きが定まらない。渾身の力でレバーを引く。


 G-LOC《ジーロック》! 


 俺は戦闘中に意識を失ってしまったんだ。そして、攻撃にあった。操縦レバーは全くいうことを聞いてくれない。この機体はもう駄目だ。シート横のレバーを引いた。


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