第24話 暇




 その期待は早々に裏切られることになる。


 正確に言うと、期待の場所に辿り着くまでが長いのなんの。何分経ったのかは不明だが、少なくとも十分は経った。なのにまだつかない。まだかまだかと期待に胸を躍らせていたのは、とうの昔。今では暇で暇で仕方がない。


 貝の中ということもあって、広くはないし……いや、貝の中だから広くないってのは、背伸びができないとか歩き回ることができないということであって、例の美女とぎゅうぎゅう詰めになってるなんてことでは決してない。悲しいことに、俺と美女との間には人が一人寝っ転がれるほどのスペースがあるのだ。付け加えるとすれば、向こうはこちらを一顧だにせずぼうっと虚空を見つめている。どこかに思いを馳せているのかもしれない。


 そんなわけで、おいそれと用もないのに声をかけることも憚られて、この何もない貝の中で馬鹿みたいに座っているしかないのだ。……坐禅でもしてたらいいのかな? 坐禅なんてどういうふうにしたらいいのかなんて全然知らんが、確か正座するんだっけな?


 ……なんか虚しいぜ。


 正座をしても、慣れない体勢のせいか体が悲鳴を上げている。どうにかならないものか。


「なにをしておるんじゃ?」


 足の痛みで気づかなかったが、美女さんがこちらを向いていた。さて、坐禅をしている、と答えるのが正解なのだろうが、それではつまらないとと思う自分がいる。


「悟りを開こうとしている、かな?」


「なぜ疑問系なのじゃ」


「冗談だからです」


「悟り、とは大きく出た冗談であるな」


「悟りって、分かるんですか?」


「ふん、こちらの世界とそちらの世界の悟りの意味が同じかなぞ知るわけないじゃろ」


 確かに、そもそももといた世界での悟りすら理解できていない俺だ。この世界における悟り(というか翻訳的に適した言葉がこれしかなかった言葉)は、超人になるとかいうわかりやすい目安があるが……この時点で前世と違うことは明らか、か。けど、坐禅だけで得られる悟りってなんだろうな? 体幹がやばい超人とか?


「ん〜、どうしたら悟りって得られるんでしょうかね?」


 日本語の字面だけ見たらやべぇこと言ってるな、俺。


「悟りなど、精進していたらいつかは辿り着けるじゃろ」


 元の世界の僧侶が聞いたら発狂しそうなセリフだな。この世界でもそんな簡単にできるようなものではない……はずだぞ。異世界歴が一週間もない俺だってわかるぞ。っていうかそんな簡単にいうってことは……さては!?


「それでは、あなたは悟っているのですか!」


「なぜ悟る必要がある?」


 悟る必要があるか、だって? どういうことだ? ……おかしい、会話が全くと言っていいほど噛み合っていない。先ほどからチラリと頭の片隅によぎったことだが、俺と美女との間には埋められないほどの情報格差が広がっているのではないだろうか? というか、広がってるだろ。しかも、向こうは俺が知っていると思っている様子。


 今更かもしれなが、一体この美女は何者なのだろうかという疑問が頭をよぎる。初対面で『お姉さまが、お姉さまが』と連呼していたために、そこまで考えが回らなかった。素で忘れていた。


「……そう言えばお名前を聞いていませんでしたが、あなたは誰なのですか?」


「……言ってなかったかの?」


「言ってませんでしたね。間違いなく」


「ふん、ならば聞くと良い。我が名は『◾️』よ!」


 ……まただよ。あの不快な音っていうか名前っていうか、こいつといい、こいつの姉といい、なんでこうも判別できない言葉を使う? 揶揄ってるのか? それともマジなのか? ……後者、なんだろうな〜。この自信満々な顔を見る限り、理解していないなんて露ほどにも思っていなさそうだ。思わず溜め息が出る。


「お前、またわからぬとかいうのか?」


 溜め息が聞こえたのだろう、あり得ないという表情でこちらを見てくる。だがな、俺はお前さんの敬愛する姉の名前すら理解できなかったやつだぞ? その俺に似たような言葉を出してきて理解されると本当に思っていたのか?


「お姉さまの名前は確かにあまりに多くの意味を込もっているから理解されるとは思っておらんかったが、我が名すら理解できぬ頭だったとは……」


 いや、違いすらわかんねぇよ。不快な音っていう共通点しかねぇよ。


「はぁ、これではお姉さまの言葉を伝えられぬわけじゃ」


 ごろりと身を投げ出し、鬱々とした表情をしている。ときおりこちらに視線をやっては溜め息をつく、かれこれ数分はたった。


 ここに来て、再び俺は言いしれぬ不安を感じ始めた。つまり、目的の宮とかいう場所までに、時間がかかりすぎなのではないだろうかというとである。黙っている時間が長いから体感時間が長くなっているせいだとかそういうことではない。根拠は、ある。こいつらは泡が立ってからほぼ時間差なく現れた。そのように考えるとどうだろうか? 明らかに長い時間をかけていることは間違いない。だが、だからと言って貝の中にいるのだから外がどうなっているだとか、どのくらいの速さかなんてのはわからない。


 言いようのない不安が押し寄せてくる。考えたところで詮無きこととは言え、この長い沈黙の間何も考えないということはできず、そう言った思考が頭の中をぐるぐると回って肥大して、削げてまた肥大する。そんなことを繰り返していると、どうもやはり答え合わせというものをしたくなってくる。


 聞くか、と◾️さん(目の前にいる方、今後は妹と呼ぼう)を見つめる。だが、この様子ではまともに答えてくれるだろうか……。



 

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異世界人は死すべき存在である。 碾貽 恆晟 @usuikousei

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