第23話 噛み合わない会話






 おっと、思わず死語が出た。


「なんじゃら、ほい?」


 ……無意識に声も出ていたようだ。


「すみません、驚いたのでつい母語が出てしまいました」


「そうか、異世界の言語であればわからぬのも当然であるな」


 ……いや、なんで分かるんですか?


 なんなの〜、怖いよ〜。まじでこの美女なんなの? 急にお姉さんの使いか?とか聞いてきたり、俺が異世界人だってことを当てたり、普通は見破られないんじゃないのかよ! てか、こんな明らかにやばいお人がいるここってどこよ!


 ん? 名前なし?


 神の与えたもう知識(今後はアカシックレコードって呼ぶわ)には、なんも書いてない! ってか、ロロス・イスラームと違う大陸にいるやん。


「それで、お姉さまはなんと?」


 そのお姉さまって誰ですか!


 こっちが聞きたいです!


 幸いなことに、今度は口からポロリと心の声が漏れるなんてことはなかった。というか、怖くて出せなかった。やはりここは当たり障りのない言葉を選んで慇懃無礼に言ったほうがよきかな?


「え〜、そのお姉さまというのは誰のことなのでしょうか? 知り合いにあなたのような美人を妹に持っているような方はいませんので、もしかしたら勘違いという可能性も……」「あ゛っ!?」


 ひぃ……怖い。


 美人の怒り顔って怖くないとか言い出したやつ誰だよ。それ、 実は全然怒ってないってパターンだろ。


「んん、お姉さまにあったというのに忘れるとは、素晴らしい記憶力を持っているようね」


 咳払いの後に続いたのは皮肉であった。あっ、これ皮肉だよね? けど、本当に心当たりがないんよな〜。異世界にきてからまだ一週間も経ってないし、出会った人もせいぜい(ロロス・イラムースにいただけの人とかも含んで) 100人程度だろう。それとも、あの殺意のむっちゃ高い黒服のやつらかあの村に来た女か、どちらかに『お姉さま』とやらがいたのかもしれない。だが、残念なことに女の顔はあんま覚えてないし、黒服どもに至っては性別不詳、顔はチラリとも見てない。


「チッ、お姉さまの寵愛を受けていながら、こうも知らぬ存ぜぬで通すとは、わざとなの?」


 わざとじゃないです。


「その、お姉さまの名前とか教えてくれません?」


「……は? お前のような愚か者が聞き取れるとは到底思えないわ」


 なんて言われよう。俺の聴力まで否定してきたぞ、この女。


「もしも、聞いたら思い出すかもしれないので、教えてくれませんかね?」


「ふー、仕方がないわね。一度だけだから、その耳の穴かっぽじってよ〜く聞きなさい。んんっ、『◾️』」


 ……はっ?


 …………はっ?


 ………………はーっ!?


 なんなんだ。一音やないか。だがしかし、不協和音ばりにひどく音の入り混じったもので、不快の一言に尽きる。とてもではないが、聞けたものではない。一体全体、どうやったらあの女の美声がこうもひどく聞こえるようになるのだ? ここまでくると逆にすごいと言いたくなる。


「ふん。やはりお前の耳ではまともに聞き取れていないではないか。こんなにも美しい名前だというのに、まるでカケラも理解できていないとは、やはりお前は愚かだな」


 散々な言いようである。


 あれが美しいとはとてもではないが思えなかったが、美的感覚が違い過ぎるのか?


 いや、アカシックレコードを参照する限り、この世界の美的感覚と俺のいた世界での美的感覚に大きな隔たりはなかった。ならば、こいつ独自の感性であるという可能性もあり得る。かわいそうに、水の中にずっといて、お外のことを何も知らなかったんだね……。


「なんだ、その憐れむような視線は。先ほどから、まるで進歩が見られない。ここまでしてやったというのに、なぜお姉さまのことがわからぬ。……ハッ、そうか。お主、お姉さまと会っていないのか?」


「……その可能性が一番高いと思いますが」


 会ってないどころか、知ってすらいねぇよ。


「ほう、哀れじゃな。そのようなことはあり得ないと、排除していた考えじゃったが、ふむふむ」


 ニヤニヤとした笑みがとてもうざい。果てしなくうざい。まさにうざさの極致、その最先端にいそうな笑顔だ。


「本当に知らぬとは。だが、お姉さまの寵愛を受けていることは事実……。お主、我が宮に来るか?」


 おいおい、その宮って水中にあったりする? それ、どこのなんちゃら太郎さんよ。え? 気づいたら100年ぐらい経ってたりする系だろ? 分かるよ、俺には。けど、異世界だしな〜。まぁ、いっか!


「宮、ですね。招待してくれると言うのなら、行かない理由はないですね」


 その宮とやら、俺が生きれるような環境であることが前提ですが──という言葉は、口から出なかった。


「そうか! では来るが良い!」


 という、女の声に遮られたからだ。


「え?」


「ほれ、ここじゃここ」


 そうして女が指さしたのは、自分の隣、つまり貝の中に入れと言うわけだ。おい、それ大丈夫なやつか?


 なにか、他の方法はと口を開く前に、俺は急にその女に引き寄せられた。水の上をひとっ飛びである。謎の力で俺は気付けば貝の口の中。このまま食べられたりしないよな? ビクビクしているうちに貝は口を閉じていく。


 おい、潜るのか?


 今から潜るのか?


 知らんぞ?


 死ぬからな?


 俺、水中で息出来ねぇから、死ぬからな?


 俺の心の声は、結局心の中に留まり、貝は沈んでいく。


 ……おろ?


 水が入ってこない。


 え?


 何この超展開。


 やべぇ、これがファンタジーってやつか。


 てことは、宮も


 胸の高まりは止まるところを知らず、行先の光景が待ちどおしくて仕方がない。なにせ、こんな現代化学真っ青なやつらが住んでいるところだ。きっと、宮とやらもすごいのだろう。そもそも、水中にある時点で期待できる!


 生き残れるかどうかなんていう恐れはもはや彼方に、俺は楽しむことを決めていた。

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