夏神楽殺人事件
阿部狐
本文
令和の時代において、亡くなった人間が忘れ去られることはない。カメラロールの中で生き続けるからだ。それも、不特定多数の第三者の手によって。
今宵、金沢で行われた夏祭りも例外ではない。打ち上げ花火が鳴り響く中、石畳に倒れ込む浴衣姿の女性を囲うようにして、野次馬たちがスマホを向けていた。上空が賑やかな時間であるにもかかわらず、上を見上げる者はいなかった。
石畳には、割り箸や空き缶といったゴミが散乱している。しかし、誰も気にする様子はない。なぜなら、スマホが人々の視界を狭くしているから。
一度パシャリと音が鳴れば、堰を切ったように、それが全方向から鳴り響いた。友人らしき男女三人が「やめてください」と主張しても、一向に止むことはなく、時雨のように激しく降り注ぐ。
そのときだ。人混みをかき分けるようにして、あなたが現れた。
「ゴミも人も密集しているね。治安は最悪だよ」
黒い革靴に、スラックス。ワイシャツの上に黒いベストを着たあなたは、夏祭りには到底相応しくない存在だった。なぜなら、夏祭りはビジネスシーンではないから。
ところが、石畳には死体が転がっている。もはや祭りどころではない。となると、全身を黒で固めたあなたは、むしろ現場に適した存在のように思われた。
「ああ、人が倒れていたのか。ちょいと失礼」
濡羽色のショートボブを耳にかけながら、あなたは屈みこむ。黒い丸眼鏡の奥では、あなたの鋭い双眸が、倒れ込む女性の瞳孔を見据えていた。
その女性は、華奢で容姿端麗だった。頬は透き通るように白く、石畳に広がる鮮やかな赤色は、真っ新なキャンパスに描かれた林檎のようでもあった。
あなたが医者のような仕草を見せるものだから、友人らしき三人も、互いの手を握って固唾を呑む。それは野次馬たちも同様らしく、スマホのカメラ越しではなく、自分の目で様子を伺っているようだった。
「瞳孔が開いている」
あなたは、友人らしき三人に向き直る。そのうちの二人は男性で、残りの一人は女性だった。
「もう息はない。亡くなっている」
あなたが告げた途端、その女性が膝から崩れ落ちた。手を震わせながら、獣のように呻いた。今夜は満月が見えるというのに、石畳には濡れたようなシミが付着している。現場だけ雨が降っているかのようだった。
「さて、ここからが本題だ。泣いている時間はない」
一方、あなたは平然とした態度で話を続けた。あまりに無情だからか、野次馬からも「心がないのか」と批判されている。同調するように、男性二人もあなたを睨む。
ただ、あなたが口を開いた途端に、批判も軽蔑も、そして花火までも、嘘のように消え去る。辺り一面に咲き誇っていた花が、次々に枯れていくような恐ろしさを醸し出す。
「殺人犯が逃げてしまう前に、状況を整理する必要があるんだよ」
野次馬たちは「私服警察」だとか「私立探偵」だとか、あるいは「ただの目立ちたがり屋」だと喋っているが、当のあなたは気にする素振りも見せない。眼鏡をかけ直しながら、倒れ込む女性を見据えるだけだった。
「口から血が流れているようだね」
スマホを取り出したあなたは、腰を屈めて、ライトで女性の口を照らし始めた。しかし成果が得られなかったのか、低い声で「真っ赤で何も分からないな」と呟いた。
また、あなたは女性の口元を人差し指で撫でた。それから「ベトベトしている」と独りごちていた。
すると、友人らしき三人が近寄ってくる。二人の男性は、それぞれ短髪と長髪。長髪の方は、ビールが入ったプラスチックのコップを持っている。女性の方は編み込みの浴衣ヘアで、紺色の浴衣を着ていた。しかし、その浴衣は右足の部分が破れて、スリットスカートのようになっている。
あなたが三人に顔を向ける前に、短髪の男性が話し始めた。
「僕は森野だ。倒れているのは加藤。編み込んだ髪をした女が五十嵐で、酒を持っているのが葉山だよ」
葉山という男は、しゃくりあげる五十嵐の背中をさすりながら、ひどく神妙な顔つきになる。それから、あなたに睨むような視線を浴びせた。
「あんたは、これが殺人だと思っているようだな」
あなたが頷くと、葉山は声を荒げた。
「冗談半分で探偵の真似事をしているなら、今すぐ帰ってほしい。大切な友人の、しかも加藤の口をまじまじと見つめられては、すごぶる気分が悪い」
葉山にとって、あなたは野次馬となんら変わらないのだろう。それどころか、探偵気取りで事を進めたがるのだから、タチが悪いと思われている可能性すらある。
森野が宥めるものの、葉山は眉をひそめたままだ。一方、心外とでも言わんばかりに、あなたは頬を掻いた。
「気分の善し悪しで思考を中断するなら、警察はとんだ金食い集団になる」
「あんたは警察なのか?」
あなたは首を横に振る。それから五十嵐を一瞥して、次に森野と向き合った。喉を鳴らして、耳を触りながら、あなたは口を開く。
「加藤さんが倒れる前の状況が知りたい」
森野は物分かりが良いようで、しかし、困ったように「ううん」と唸っている。
「僕も分からないんだ。飲み食いしながら歩いていたら、いつの間にか加藤が倒れていて」
「飲み食いって、具体的にはどんなものだろうか」
「誰かが綿飴を食べていたな。ほら、割り箸に巻きつけるタイプのやつだ。それと、葉山がビールを飲んでいる」
そう言いながら、森野が葉山を指さした。当の葉山は、加藤に目を遣りながら言葉を継いだ。
「俺たちは、ずっと一緒に歩いていた。確かに道は混んでいたけど、誰かが加藤に毒を盛ったりしたら、絶対に見逃さないはずだ」
「どうして毒を盛られたと思うの?」
あなたが訊くと、葉山は「殺人なら、まず毒だと思うだろ」と抑えのきいた声で返した。それでもあなたが訝しげな表情を崩さないものだから、五十嵐さんが助け船を出した。
「葉山くんはK大の薬学部です」
彼女は既に泣き止んでいるようだ。そこで、あなたは五十嵐さんからも事情を聴くことにした。
「私が文学部で、森野くんが理学部。加藤さんは教育学部ですから、全員が別の学部に在籍しています。そして金沢出身の人はいません。その私たちが、どうして一緒だったかというと……」
「サークルの集まりだよ。文系は説明が下手だな」
回りくどいと思ったのか、森野が結論を話してしまう。それを不愉快に感じたのか、五十嵐は大きなため息をついた。
気まずい空気が流れる。そこで葉山は、ビールをぐいと飲み干して、勢いのまま切り出した。もちろん、あなたに向けて。
「あんた、俺たちの誰かが加藤を殺したって思っているんだろ」
あなたは変に誤魔化すことなく、首を縦に振った。野次馬たちが騒がしくなる。
「加藤さんが金沢出身ではない以上、小・中・高校の友人は少ない、もしくはいないと考えるべきだろうね。となると、彼女と接する時間が長かった君たちが疑わしいと考えるのは、理に適っているはずだ」
「無差別殺人だって有り得る」葉山が反論する。
「それなら凶器に刃物を選ぶべきだ。夏祭りほどの雑踏と混沌があれば、人混みに紛れて腹を刺すのは簡単だよ。無作為に抽出された加藤さんに毒を盛るよりも、よっぽど容易で確実だから」
そう答えたあなたは、顎に手を当てながら、どこか遠くを見つめた。それから少しして、「刃物か」と呟いた後に、再び葉山に向き直る。
「荷物検査をしよう」
葉山はのけぞり、睨むように目を細めた。そして「気が進まない」と息混じりの声を出す。しかし、五十嵐が「やましいことでもあるの?」と訊くものだから、葉山は荷物検査を受け入れるしかなかった。
まずは五十嵐だが、彼女は浴衣を着ていた。浴衣にはポケットがなく、物を持ち運ぶことができない。よって、検査の必要すらなかった。
次に葉山だ。浴衣ではなく洋服を身にまとっていたため、ポケットはあった。ただ、出てきたのは二つの長財布だった。葉山曰く、小銭が多すぎるからだという。あなたはそれを追求することなく、森野に目を向けた。
森野は甚兵衛姿だったものの、リュックを背負っていた。あなたは許可を貰い、そのリュックを開ける。中からは、ノートや筆記具といった大学生らしい道具が出てきた。しかし、包丁やナイフといった刃物は入っていないようだ。
すると、最後の最後で、固体が入った小瓶が姿を現した。
「これは、毒だね」
あなたが言うや否や、野次馬は声を張り上げた。それは森野を愚弄するものだったり、茶番劇だと殺人自体を揶揄するものばかりだった。森野は慌てて否定するものの、些細な仕草を取って「やっぱりお前だったか」と言われる始末だった。
「それ、塩化水銀ですよね。致死量は〇・四グラムだから、その小瓶でも、人を殺すには十分な量です」
五十嵐までも、森野を犯人と見ているように喋る。しかし、あなたは野次馬を黙らせて、森野の言葉を待つことにしたようだ。
「違う、本当に違う。大学の実験で使ったものを、間違って入れてしまったんだ」
野次馬が少しばかり去っていく。犯人は自明だと思っているのだろう。森野が話す度に、石畳の人口密度は小さくなる。
「ところで、葉山さん。だいぶ酔っているようだけど」
突然、あなたは話の腰を折った。警察が到着するまでの雑談か、それともあなたが多弁なだけか。どちらにせよ、話題を振られた葉山は、ひどく混乱しているようでもあった。
「まあ、何日も続けて飲んでいるから」
「マロリーワイス症候群、という病気がある」
またもや、あなたは話を遮る。先程からずっと振り回されている葉山は、呆れるように肩をすくめた。
「飲酒と嘔吐は密接な関係にあるということは、もうご存知かな。マロリーワイス症候群とは、何度も激しい嘔吐を繰り返した結果、粘膜が破れて、吐血する病気だ。医療の発達により、最近では致死率が極めて低くなった。しかし死亡事例も確かにあるものでね。不謹慎だが、私がこれを知ったときには、エーデルワイスを連想してしまって……」
葉山は退屈そうな表情を浮かべながら、空になったコップを道端に捨てた。彼の頬は、すっかり赤みがかっている。
間もなくして、葉山はあなたの話を妨害した。
「あんた。俺たちの中に、カップルはいると思うか?」
「一組くらいはいてもいいけどね。大学のサークルなら、尚更」
律儀に答えるあなたに、「そう思うよな」と葉山が言う。
「俺たち、普通の友達だよ。恋愛感情なしに、ただサークルのメンバーと遊びに来ただけだ。それなのに、加藤が倒れたり、あんたに絡まれたりで、本当に最悪だな」
あなたは苦笑しながら、どこか浮かない表情をする五十嵐に声をかけた。
「五十嵐さんの浴衣、右足の部分が破れているね。夏祭りの途中で破けたの?」
「いえ」五十嵐は浴衣の裾を持ち上げるようにした。「夏祭りに行く直前になって、破けていたことに気付きました。でも、一時間かけて髪をセットしなければいけなくて、直す時間がなかったんです」
あなたは「なるほど」と相槌を打ちながら、またもや顎に手を当てた。退屈な時間が続くからか、ただでさえ少なくなっていた野次馬も疎らになっていく。とはいえ、まだあなたを囲うほどの人だかりがあった。
「分かった」
野次馬が戻ってきたのは、あなたがそう呟いたときだった。
「分かったって、森野くんがやったんでしょ?」
五十嵐が戸惑う素振りを見せる。塩化水銀という明らかな毒を持っていた以上、森野は安易に発言できないようだ。代わりに、あなたが首を横に振る。
「説明しようか。凶器も、手順も、犯人も」
あなたは眼鏡をかけ直してから、三人に視線を向けた。
「まずは凶器だが、これは塩化水銀なんかじゃない」
五十嵐が怪訝そうにあなたを見る。「では、どうやって殺したのか」とでも言わんばかりの表情だ。それを推し量ってか、あなたは五十嵐を見遣って、おもむろに口を開いた。
「割り箸だよ」
しかし、五十嵐は眉をひそめて、釈然としない様子だった。それは葉山も同様のようで、あなたを鼻で笑い、それから「馬鹿げている」と吐き捨てた。
「割り箸で、どうやって人を殺すんだよ。腹を刺しても、折れるのは箸の方だ。それとも、箸に毒を塗ったとでも主張するのか。そもそも、俺たちは割り箸なんか持っていないじゃないか」
「そりゃあ、持っていないよ」
ところが、あなた自身も、さも当然のように「持っていない」と言い切った。あまりに脆弱な凶器で、しかもそれを持たずして、人を殺すことが可能なのだろうか。
とうとう痺れを切らしたのか、五十嵐が口を開こうとする。だが、あなたがそれを遮った。
「その割り箸は、道端に捨てられたんだ」
道端に捨てられた。森野が復唱すると、あなたは頷いて、道端のゴミに手を伸ばした。
「森野さん曰く、君たちはビールと綿飴を飲み食いしていた。ところが、綿飴の割り箸は手元になかった」
空き缶を手でどかしながら、あなたは一本の割り箸を手に取った。
「そこで、とある仮説が思い浮かんでね」
その割り箸は、通常の半分ほどの長さしかなかった。真ん中の辺りで折れていたのだ。
「葉山さんが道端にゴミを捨てたように、凶器も捨てられたんじゃないかって」
あなたは、その割り箸を握りしめながら、加藤さんの回りを闊歩した。
「加藤さんの口元はベタベタしていた。つまり、綿飴を食べていたのは加藤さん。彼女は、綿飴を食べている最中に転んでしまった。そして、割り箸の半分が喉に刺さってしまった。そこで、犯人は折れた側の割り箸を拾い上げて、道端に捨てたのだろう。捜査を撹乱するために」
葉山は小さく頷いているが、森野は「解せない」と呟いた。
「転んだだけなら、それは事故だ。どうして犯人が存在するのかが、いまいち分からない」
その問いに対しても、あなたは回答を持っているようだった。
「故意に転ばせた人物がいるからだよ」
野次馬たちの手が、背筋が凍るかのように震え出した。「本当かよ」と、声色にまで恐怖をにじみ出している。
「まず、森野さんは違う。割り箸よりも確実な塩化水銀という手段があるなら、人気のない場所で犯行に及ぶべきだからだ。しかし加藤さんは夏祭りで亡くなった。これでは、毒を使う意味がない」
それを聞いた五十嵐さんは、銃口でも突き付けられたかのように饒舌になった。
「森野くんが違うなら、私と葉山くんってことですよね。でも、葉山くんはそんなことしません。この三人の中なら、やっぱり森野くんですよ。加藤さんは、塩化水銀を飲まされて、口から血を吐いたんです。違いますか?」
間髪入れずに、あなたは首を横に振った。
「それなら、葉山くんが犯人だと言いたいんですね」
「違う」
その途端、五十嵐は何もかも察したように、口を開けながら顔を青くした。
「犯人は、五十嵐さん。あなただよ」
野次馬がどよめく。それから、パパラッチのように、五十嵐を撮り始めた。彼女は「やめてください」と悲痛な叫び声を上げながら、あなたに詰め寄る。
「説明してください。立派な名誉毀損です」
あなたは耳を触りながら、「塩化水銀から始めようか」と静かに語り出した。
「塩化水銀は致死性こそあるものの、吐血することはない。腎不全を引き起こすような、体を内側から壊す毒だからね。理学部の森野さん、ましてや薬学部の葉山さんなら周知の事実だろう。劇薬に対して中途半端な知識を持っている君だからこそ、『塩化水銀を飲まされて、口から血を吐いた』と主張できたんだ」
それなら、と五十嵐が葉山を指さす。しかし、その指は震えを帯びていた。
「葉山さんが、加藤さんにお酒を飲ませたんです。それで、マロリーワイス症候群を引き起こした可能性もあるでしょう」
あなたは、葉山と加藤の顔を交互に見た。
「何日も酒を飲んでいた葉山さんの頬は、すっかり赤みがかっている。一方、加藤さんの頬は透き通るように白い。それが何を意味しているか、聡明な五十嵐さんなら分かるはずだ」
五十嵐は、しかし、黙りこくるだけで返答しなかった。同時に、あなたに言い負かされたことを示しているようでもあった。
「さて、五十嵐さんが犯人だという裏付けもしようか」
あなたは、持っていた割り箸を五十嵐に握らせた。それから、またもや加藤さんの回りを闊歩し始めた。葉山も森野も、野次馬も、全員があなたに釘付けだった。五十嵐だけが、手に収まった割り箸を見つめている。
「まず、五十嵐さんの浴衣は右足の部分が破れていた。しかし、一時間かけて髪をセットする必要があった。だから浴衣を直せなかった。しかし、それは違う。足を動かしやすくするために、わざと破いたんだ」
「それなら、洋服を着ればいい。どうして浴衣にこだわったんだよ」
葉山の質問に、あなたは歩きながら答えた。
「夏祭りを楽しむためだ」
友人を殺害しながら、夏祭りを堪能する。またもや森野が「解せない」と呟くと、あなたは「女心を分かった方がいい」と返した。
「割り箸という脆弱な凶器、一時間かけたヘアスタイル。そして浴衣。五十嵐さんは、最初から、加藤さんを殺したいなんて思っていなかったんだ」
夜が更ける。あなたは月のスポットライトを一身に浴びる。
「加藤さんが亡くなったと知ったとき、五十嵐さんは涙を流していた。ただ、それは演技なんかじゃない。本当に気が動転していたからこそ、感情が溢れたのだろう。そして、取り返しがつかなくなったから、森野さんを犯人に仕立て上げようとした」
あなたは五十嵐の前で止まり、顔を覗き込むように腰を屈めた。
「本当は、加藤さんの顔や白い頬を、傷付けたかっただけなんだよね」
観念したのだろう。五十嵐は、こくりと小さく頷いた。
「私が好きになった人を、いつも奪い取って、いつも棄ててきたんです。今回だってそうでした。『五十嵐が葉山くんを好き』って、どこかで聞いたんでしょう。夏祭りの前日、加藤さんから挑発されたんです。『今回もごめんね』って」
それを聞いた葉山は、言葉を失ったかのように、口を開けたままだった。
「葉山さん。あなたが荷物検査を渋ったのは、二つの財布のうち、一つがコンドーム入れだったから。違うかな」
あなたが尋ねる。野次馬のひそひそ話が聞こえる中、葉山は素直に事実を認めた。
「『九時になったら、二人で抜け出そう』って加藤に誘われたんだよ。快感目的の性行為なんて、大学生なら当たり前にするからな」
「本当に当たり前なら、荷物検査を渋る必要もなかっただろうに。まぎらわしいな」
あなたは嫌味を交えつつ、五十嵐に歩み寄る。
「大学生の恋愛事情に興味なんかないけど、男性から夏祭りに誘われたら、女性は意識するものなんだよ。そうだよね、五十嵐さん」
スマホを取り出したあなたは、その画面を五十嵐に向けた。とあるSNSの投稿が表示されていた。
「令和の時代において、亡くなった人間が忘れ去られることはない。カメラロールの中で生き続けるからだ」
石畳に倒れ込む加藤の写真が写っていた。
「それも、不特定多数の第三者の手によって」
投稿の返信欄には、「尻軽女らしいよ」と書かれていた。
森野は呆れるように肩をすくめて、その場から立ち去ってしまった。葉山も続こうとするが、野次馬たちの壁が許してくれない。「ゴミは捨てられろよ」と罵られている。
五十嵐は大きなため息をついて、それから狂ったように笑い転げた。仰向けになり、月を見上げるようにして、感情の限りを尽くした。
未だに警察も救急車も来ない。夏祭りが、雑踏と混沌を取り戻していく。場を取り繕えるのはあなたしかいないだろうが、当のあなたは、いずこかへ消えてしまった。
夏神楽殺人事件 阿部狐 @Siro-i
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