皆川委員長、予算会議に挑む

南村知深

委員長、出陣。

 今日も灰色の憂鬱な冬空が頭上を覆っている。

 女学院高等部校舎の三階に位置するこの部屋の窓から少し視線を落とすと、葉を散らせた落葉樹が寒そうにしているのが見えた。

 ……きっと、彼女たちもこの寒空の下で震えているのだろう。私はそれをなんとかしてあげたい。

 そんなことを思いつつ窓の外を見つめていると、背後でドアが開く音がした。

 ゆっくり振り向き、そちらに目をやる。

 押し黙ったまま長テーブルに着く四人の女子生徒の向こう、部屋の入口に副委員長が立っていた。


皆川みながわ委員長、そろそろお時間です」

「わかりました」


 彼女の言葉にうなずいて、私はこれから始まる会議に出席すべく、歩き出した。


「委員長! 頑張ってください!」

「彼女たちの行方は全て、委員長にかかっています!」

「不遇な彼女たちの光となってください!」

「委員長!」


 長テーブルに座っていた四人が立ち上がり、縋るような表情で口々に訴えかけてきた。私は軽く手を挙げてそれを制する。


「大丈夫です。私は決してくじけたりはしません。彼女たちの為に、少しでも予算を勝ち取らなければなりませんから」


 言って、副委員長が待つドアをくぐった。



 次年度上半期予算検討会議。

 文字通り、各委員会から申請された予算案を検討し、学院から給付される予算を振り分ける会議である。

 この会議の議長は高等部生徒会長が務め、議員は各委員会(図書、風紀、保健等)の委員長となる。生徒の自主性を尊重する校風により、教職員の会議参加は認められていない。


「では、次年度上半期予算検討会議を始めます。お手元の資料をご覧ください」


 円卓の上座に着く生徒会長が開会を宣言した。

 容姿端麗、頭脳明晰、文武両道という非の打ち所のない才女であり、私に限らず生徒全員の憧れの人だが……今の私にとって彼女はである。

 おそらく、彼女も同じ認識のはずだ。

 そのせいだろう。宣戦布告のつもりか、


りくでら生徒会長。私のところに資料がありませんが」


 私が手を挙げて訴えると、生徒会長は無表情なまま隣の席の生徒会副会長に命じて資料を届けさせた。

 会議は資料に記載されていることの説明から始まり、各委員会からの予算案の具体的要望の演説へと移行した。

 私はそれらをじっと聞いていた。少しでも余計なものがあるとわかれば、そこを徹底的に追求して、少しでも我が委員会に予算を回してもらえるようにしなければならない。

 この会議は、円卓上の戦争だ。


「……以上です」


 予算案の説明を終えた図書委員長が席に着く。

 残る委員長は私だけだ。

 しかし。


「では、各委員会からの要望を全員で検討したいと思います」


 生徒会長は、私の予算案の説明を聞かずに次のステップへと移行した。完全に私を無視した形になる。


「待ってください。まだ私の説明が終わっていませんが」


 手を挙げ、生徒会長を睨みつけて言う。

 すると生徒会長は小さくため息をついた。


「……皆川さん。資料を最後までご覧になられていないのですか? あなたがたが提出なさった予算案は、初めからこの会議の対象外なのです。つまり、あなたに発言する権利はありません」

「な……! 我々の委員会が提出した予算案が、彼女たちにとってどれだけ重要なものか、おわかりになっていただけないのですか?」


 思わず激昂しそうになるが、ぐっと抑えて冷静さを保つ。ここで感情的になればなるほど生徒会長のペースに巻き込まれる気がしたのだ。

 そんな私の様子がおもしろいのか、会長はじっとこちらを見ていた。


「私とて、あなたのおっしゃることはわからないわけではありません。ただ、委員会として予算を割くことはできないと」

「それはわかっていないのと同義です。六居寺生徒会長は、彼女たちの現状をご存知でないのです。学院高等部に籍を置く私たちの仲間であるはずの彼女たちだけが、厳しい環境で学院生活を送っているのです。我々の委員会はそれを是正したいのです」

「お気持ちは良くわかります。ですが、それよりも優先すべきものがあることもご考慮いただきたいのですが」

「彼女たちだけが不遇であることを是正する以上に重要なことがあるとおっしゃるのですか? 本当に我々が提出した予算案要望書に目を通していただいているのですか?」


 猜疑の目を向ける私に、生徒会長は涼しく微笑んだ。


「もちろんです。生徒会長として、要望書には全て目を通しております」

「ではなぜ……」

「しかし、予算の額もそうですが、あなたがたに『冷暖房のある空き教室を一つ提供しろ』と言うのは無茶だとは思いませんか?」

「それは彼女たちに対する差別です。学院に籍がある以上、彼女たちにも学院の施設を使用する権利はあるはずです。……自由と平等を掲げる生徒会のおさのお言葉とは思えませんね」

「皆川さん! 会長に向かってそのような暴言は……!」

「いいのですよ、副会長」


 私の言葉が気に障ったか、生徒会副会長が声を荒げたが、生徒会長がそれを制した。

 しかし、生徒会長も私の発言を見過ごすつもりはないらしく、強い意志の宿る瞳でこちらを見た。


「良い機会ですので、皆川さんにははっきりと申し上げておきましょう」


 すっ、と生徒会長の目が細く鋭くなる。


「彼女たちには、というのがです」

「な……ッ⁉」

「よって、予算をあなたがたに振り分けることはありえません。むしろ、あの小屋の維持費をあなたがたの委員会とやらに請求したいところです」

「何ということを……それでも生徒会長ですか!」

「生徒会は、生徒の為に在るものです。あなたのおっしゃる『彼女たち』はかもしれませんが、ではありません」

「そ……んな……」


 まさか、あの生徒会長からそんな非情な言葉を聞かされるとは思わなかった。

 やはり……彼女は敵だ。


「しかし……!」

「いい加減になさい、皆川さん」


 言い返そうとする私に、生徒会長らしからぬ呆れ果てたため息をついて。


「我々生徒会は、皆川さんが勝手に作った『飼育委員会』を正式に委員会として認めないとはっきり申し上げたはずです。そもそも、正式な委員でもないあなたに何の権限があってこの予算会議に参加しているのですか」

「……!」

「関係者以外は即時退出をお願いします」

「いや、そんな、待ってください! 飼育小屋のウサギやニワトリにだって立派な学院の籍が……!」

飼育委員会あなたたちが裏庭の隅に勝手に建てた小屋だけでも問題ですのに、どこから連れてきたかわからないような動物に学籍があるわけないでしょう」

「で、ですが……」


 まずい、劣勢に立たされている。

 何か言い返さなくては――と思うのに、言葉が出てこない。


「もし仮に彼女たちに学籍があるのなら、この学院の生徒として毎日授業に出席し、定期考査で一定以上の成績を修めていただく必要がありますが?」

「ウサギやニワトリにそんなことできるわけが……」

「そもそも、彼女たちは入学試験も受けていませんよね。入試を受けていない、合格もしていない者に学籍が与えられることはない。当然だと思いませんか?」

「そ、それは……」


 うう……反論の余地が見当たらない……。


「彼女たちを『生徒』と認められない理由はご理解いただけましたか?」

「はい……」

「他にご意見はありますか?」

「ありません……」

「それは重畳。では、ご退室願います」

「…………」


 私は生徒会副会長と書記に両脇を抱えられ、失意のまま強制退出させられたのだった。



 ごめんね、みんな……。

 私、勝てなかったよ……。




     終

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皆川委員長、予算会議に挑む 南村知深 @tomo_mina

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