第13話 右耳のピアス その2

「一緒に行きます?」私の目を見ながらぎっちょんが言った。


行ってみたいと思った。ぎっちょんと二人で色んな所を回って色んなものを見て聞いて、楽しそう。

「…行きたいけどやっぱり無理。どこまでの本気でやりたい仕事やったんかはわからんけど、でも今の仕事でもっと出来る事やりたい事ないか探して見る。まだまだ本気で頑張れてない気がするし」

そうやっぱり行けない。もう私は旅に出ていた。今の会社で自分の仕事をする事が、ぎっちょんにとっての旅行と同じことなのだ。私にとっては。

「そうっすよね」ちょっと寂しそうにぎっちょんが笑った。

「今でも結構エエ男やけど、旅行から帰って来たらもっとカッコ良くなって女の子殺到するかもなー。そうなっても旅の話聞かしてな。絶対連絡してよー」

雰囲気を変えようと明るく笑ってそう言うと、ぎっちょんが真面目な顔で言った。

「今はどんぐらいエエ男です? 桜さんが付き合ってもエエと思うくらい?」

「うん。歳近かったら絶対付き合いたいわ」

「歳関係ないっすよね。年下やったらそれだけでダメなんすか?」

「いや、流石に八つも下やと世間体ってもんがあるからねー」

「別に誰かのために付き合う訳ちゃうし、お互いが好きやったらそれで良いじゃないすか」

ぎっちょんが少し強い口調で言う。


アレ…? この展開はもしかして…? いやいやいや高校生やし八つも下やし。ないないないそんな訳ない。しかも一応彼氏と別れたばっかりやろ自分。また一応って枕詞つけてもうたけど…


黙ってしまった私を見てぎっちょんは、

「帰って来たら右耳のピアス渡しに行っても良いっすか?」と超真剣な顔で言った。


おーっとーっ!!!

おいおいおい マジっすか?!真顔やし!

まてまてまて 考えろ考えろ考えろ

ぎっちょんが20の時 私は28

ぎっちょんが30の時 私は38

ぎっちょんが40の時 私は48

ぎっちょんが50の時 私は58

ぎっちょんが……いやもうエエか


シワとかシミとか気になるやろな

若い女の子にヤキモキして嫉妬するやろな

友達には犯罪者呼ばわりされるやろな

ぎっちょんの家族にはこの女狐がっ!って言われるかも

結構な歳になってから破局して結局独りぼっちの老後を迎えるかも

仮におじいちゃんおばあちゃんになるまで一緒にいても私の介護でぎっちょんが大変な目にあうかも…


でも……でもでもでも世の中は……


「今 ちょうだい」私は手を差し出した。


三日見ぬ間の桜だ。

不安なら想像だけでも山ほどある。

でも今この瞬間を逃したら見られない景色があるのなら後悔は後でしたら良い。自分の気持ちに鍵をかけて開けてみたらその時には桜は散ってるかも知れない。それは嫌だ、絶対に嫌だ。


「俺 まだ勇気と誇りをかけて女を守れる男になってないけど……」

「私もまだ勇気と誇りをかけて守って貰えるような女じゃないけど……なれば良いやん 一緒に」

「一緒に?」ぎっちょんが聞く。

「一緒に」私が答える。

ぎっちょんは私が差し出した手を強く握りしめた。


先の心配はそうなってから考えれば良い。

とりあえず春になったら一緒に桜を見に行こう。三日見ぬ間に散ってしまわぬように…


なあ、ぎっちょん あ、間違えた。

なあ、たっちゃん。

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三日見ぬ間の桜 大和成生 @yamatonaruo

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