第12話 右耳のピアス その1
クリスマスの後はお年玉戦線だ。相変わらずイベントは終わらない。イベント帰りに夕食をご馳走がてらぎっちょんに話を聞いてもらおうと誘ってみた。
「飲みに行っても良いっすよ」
「私が捕まるんっすよ」
結局近くのファミリーレストランでドリンクバーのジュースとビールで乾杯した。
「そう言えばぎっちょって使ったらアカン言葉らしいっすね」
「えっ?!そうなん?なんで?!」
「なんか差別用語みたいな感じになってるみたいっすよ」
えーっ!どの辺が差別なんやろ?左利きってどっちかと言うと憧れやけど。
「ぎっちょぎっちょってからかわれたりして、嫌な思いした奴がおったんかもなー 俺は全然大丈夫やったけど」
「じゃあぎっちょんって呼ばれへんな」
「どうせやったら名前で呼んで欲しいっす」
ぎっちょんがちょっと赤くなりながら言う。
「たつき君やっけ名前?じゃあ、たっちゃんやな」
ぎっちょんはへへっとうれしそうに笑った。
「ほんで彼氏と別れて会社では大丈夫なんっすかその後」急にぎっちょんが話題を変えた。そうそうそっちが本題やった。
「結局私が自業自得の振られ女みたいになってる。部長にもデカい声で激励?されたわ」
後輩ちゃんは上手いこと略奪女と言うよりも一途で純粋な愛を貫いた健気な女の子という方向に世論を動かし、私はと言えば関係性に胡座をかいて旦那を蔑ろにした挙句捨てられた、鬼嫁みたいな扱いだ。確かにそういう所も無きにしも非ずだが…
部長は、
「アレや、最近はクリスマスケーキとかもう言わんのやろ?25過ぎたら売れへんとか。大丈夫や石田君は美人やから男がほっとかへん。色々ゆう奴もおるやろけど、人の噂も七十五日 三日見ぬ間の桜や 気にすんな気にすんな」とデカい声で私を恐らく慰めて周りの空気を凍り付かせた。
「三日見ぬ間の桜って何ですか?」と部長に聞くと、
「知らんか?今は言わんのかな?
世の中は三日見ぬ間に桜かなって歌があってな、三日家に籠ってて外出たら桜が咲いとったー言う句やってんけど、それが世の中はあっという間に散ってまう桜みたいにすぐ移り変わるゆう意味のことわざになったんや」
と教えてくれた。へーそう言う意味なんか。
よう知ってるやろと、それがなければそこまで嫌われないのに得意げに自慢する部長に、わー物知りですねーと棒読みで言った。
「でも確かになーと思って。元々の俳句の方が明るい感じして好きやけど、三日見ぬ間に桜が散ってしまうんやったら、見たい時に見たいもん見てやりたい時にやりたいことやらなアカンなって思ったわ」
ぎっちょんは黙って聞いていた。
「高校卒業したらどうすんの?アルバイト辞めてまうん?」ぎっちょんが辞めてしまったら寂しいなと思いながら聞いてみる。
「バイトの金で旅行行こかと思ってるんすよ」
「えー 良いやん!どこ行くん?」
「日本一周。とりあえず」
「外国じゃなくて?」
「外国も行きたいけど自分の生まれた国にも行ってないとこが山程あるから、海外はその後で良いかなって」
確かに。一番身近なものを知らずして遠くのものを求めてもな。青い鳥や。
「外国の人に日本のこと聞かれても答えられへんのはカッコ悪いから。まずは自分の国を見て知ろうかなって」
「良いやん。カッコ良いなあ」
「どのくらいの期間にするかまだ決めてないんすよ。金なくなったら行った先でまたバイトせなアカンけど……親には先の事も考えろって怒られたんっすけど、色んなところ行って色んな人に会って色んなこと知れたら、自分が本気でやりたい事が何か見つかるかも知れへんなーって。今行くから意味あるんちゃうかなって思って」
「まさに三日見ぬ間の桜やな。やりたいと思った時にやりたい事やらんと仕事とか責任とかが出来てきて、どんどん身動き取られへんようになってまうもんな」ぎっちょんが眩しくてうらやましかった。若さもその情熱も。「若いって良いなー」
私の言葉にぎっちょんは、
「桜さんも若いじゃないっすか」と真剣な顔で言った。
確かに。私もまだまだ若造だ。なのに何故ぎっちょんをうらやましいと思うだけで自分ではそうしたいそうしようと思わないんだろう。
私は若くないから出来ないんじゃなくてやらないだけ。無意識に最初から諦めている。
「ホンマやな。若かろうが若くなかろうがやろうと思えば出来るのに、何で最初からあり得ない事みたいに思ってしまうんやろ。ぎっちょんみたいな旅に出るのは私は無理って最初から決めつけてたわ」
きっと今情けない顔して笑ってるんやろうなと自分で思った。
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